後日談-4 一人きりの戦い

     ◆


 私、坂崎瑞穂の前には、アサイラムの中でも最精鋭の三人が立っていた。全員の頭には黒い毛の耳、腰にはしっぽがある。

 愛らしい、という感じは全くしない。表情が険しく、眼光は鋭い。

「俺たちと敵対して、お前に何の得があった?」

 時間は二十五時になろうとしている。ビッグゲームが終わる頃合いだ。

 私は今日もひっそりとチャンスをうかがい、どこにも隙が見出せなかったので、帰るつもりだった。

 そこへこのハウンド三人がやってきた。

「得?」

 時間稼ぎのおうむ返しをしつつ、どんな説明なら満足するかな、と考えた。

 あの抗争、ペーパーバッグにアサイラムが宣戦布告して始まった、奇妙な不均衡は、すでに是正されて、ビッグゲームは元通りに戻っていた。

 私が果たした役割はそれほど大きくないけど、勢いでちょっと演説してしまったので、変な目で見られているのだろう。

 アロンフォックスなどと呼ばれる私には、仲間がいない。

 いないが、それは同じファミリーの仲間がいないだけで、実際にはいたらしい、とあの時、不意に気づいたのだ。

 あの時のペーパーバッグ、サナトリウム、明日羅、インターセプトさえ、私には仲間だった。

 そしてアサイラムは、敵だった。

「得はないわね、直接的には」

「直接的には?」

 黒犬のシーカーが顔をしかめ、鼻の上にしわが寄る。

「あなたたちが争い続けて、二つの勢力に別れたら、ピースの争奪戦が大味になるし、私からはチャンスが消える。何せ、私は一人だしね。だから、私は将来の私がピースをかすめ取れるように、あの場に加わった。悪い?」

 キツネめ、と一人の黒犬のシーカーが呟く。

 キツネで結構。キツネなんだから。

「後悔するなよ、アロンフォックス」

 そんな捨て台詞を残して、三人の黒犬は跳躍し、去って行った。

 まったく、ややこしいったらない。

 鐘が鳴り始める。今日のビッグゲームも終わり。

 体の身体能力が高いうちに距離を稼いで、急いで帰る。

 家に着くと、すでに家族は寝静まっている。ギリギリのタイミングで家の二階、自分の部屋のベランダに降り立ち、出てきたままで鍵かかっていないガラス戸を開けて、中に入る。

 ムズムズとした感覚とともに、耳と尻尾が消える。

 今日も家族には内緒で出入りできた。

 つい先日、例の抗争が決着した夜、ペーパーバッグの奴らと話しているうちに時間がなくなり、今日のように戻れなくなったのには、激しく緊張した。

 玄関のドアの鍵は持っていたので、閉め出されることはなかった。最初はどうにかベランダへ這い上がれないか、などと考えたけど、無理だった。普通の身体能力、女子高校生の力じゃ無理だ。

 というわけで、こっそりと玄関から中に入り、部屋に戻ったのだった。

 両親は私が部屋にいると思っていたようで、すでに寝ていた様子だ。

 あの時、部屋に入った瞬間ほどホッとした場面は、最近、ないな。

 ベッドに横になり、フゥっと息を吐く。

 家には家族がいる。学校に行けば友達もいる。

 でも私はどういうわけか、常に孤独感が頭の中にある。

 誰にも理解されない。誰とも協力できない。

 そんな諦めに似ている。

 だから家族と接する時や、クラスメイトと話していると、その諦めが消える一方で、まるで何かを演じているような気さえする。

 私は一人でいなきゃいけない、という変な先入観。

 誰かこの気持ちを理解してくれるだろうか。

 どうして私がアロンフォックスに選ばれたのか、それはわからない。

 何かの素質があったのか。何かの要素があったのか。

 シーカーとしてビッグゲームに参加することを、やめようとしたこともあった。一人でしか戦えないことや、一人で戦うなら不意打ちや奇襲しかないことに、うんざりもした。

 ただ、そのうちに楽しめるようになった。

 一人でも結構、卑怯でも結構。

 勝てばいい。

 そう、勝てばいいのだ。

 私が言ったことじゃないか。ビッグゲームは仲間を集める遊びではない。

 ピースを取ったもの、ピースを集めたものが、勝者だ。

 急に気力が湧いて、私は強く息を吐いて、やっと部屋着に着替えた。

 スゥッと眠り、目がさめると朝だった。母親が階下から呼んでいる。

 朝食の後、素早く支度をして学校へ向かう。歩いて行く途中で声をかけてくるクラスメイトに、軽やかに応じて、笑顔を交わす。授業のこと、宿題のことを話す。

 学校が見えてきた時、前方に都成勝利の背中が見えた。隣にいるのは、大石里依紗か。彼女が勇敢なるウサギだと私も知っている。

 私もあの二人に混ざれるかな。

 ふとそんなことを思ったけど、考えるまでもなく、そうする理由はない。

 友達と昇降口で靴を履き替える。ここで都成勝利と大石里依紗を追い抜いた。

「おはよう、坂崎さん」

 こちらに気づいて都成勝利が声をかけてくる。

 言葉を返すほどでもない、と意地のようなものが浮かんで、ひらっと手を振って応じる。

「知り合い? 他のクラスでしょ?」

 友達にそう言われて、私はどう答えるかちょっと考え、

「知り合いかな。でも友達未満」

 そうなんだー、という気の無い返事があった。

 教室で、授業の準備をする。

 私は一人じゃない。一人じゃないけど、戦いというのは、究極的には、実は一人きりの勝負かもしれない。

 どんな場所で、どんなことに挑んでも、自分の力がなければ、勝つことは難しい。

 他力本願という言葉もあるけど、自力のない人間に力を貸す奴はいない。

 そこまで考えて、ああ、とふと気づいた。

 私は都成勝利を認めていた。ペーパーバッグも認めていた。

 彼らは、強い。

 だから力を貸した。

 得なんて、何もない。

 ただの衝動のようなものだったようだ。

 強い相手と、渡り合いたい、という。

 どこか腑に落ちた感情がある一方で、この衝動は、仲間を求める心なのか、考えると、まだ何もはっきりしない。

 これから考えればいいか。

 チャイムが鳴った。

 そのチャイムに、野性解放時間の始まりを告げる鐘の音が重なった気がした。



(後日談-4 了)

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ビッグゲームで野性を解放せよ! 和泉茉樹 @idumimaki

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