後日談-2 今日という日の栄光

    ◆


「なんで風子姉さんは加勢を?」

 ビッグゲームの開始前、家を出るところで、私、鳳嵐は風子姉さんに尋ねている。

 すでに朝ちゃんと夕ちゃんは駆け足にケージへ向かっている。私の声は聞こえない位置だ。同じことを考えたようで、風子姉さんは自然な調子で答えた。

「ペーパーバッグには、恩義もあるし、それに、あのままだったらビッグゲームがつまらないでしょ?」

「つまらないって?」

「ピースを取るのが、二つの陣営のどちらかになっちゃう。まだそこまで深刻ではなかったけど、例えばピースを大勢が協力して手に入れて、何かしらの決まりで、大勢の中から順番にでもピースが配られる、みたいになったら、どう思う?」

「それは確かに、つまらないかも」

 自力でピースを奪い、自分のものにする。

 あるいはファミリーでピースを手に入れて、ファミリーがそれを好きなようにする。

 それがビッグゲームの不文律なのかもしれない。

 そしてその不文律が崩壊するのを防ぐために、風子姉さんは、ペーパーバッグを中心とする、対アサイラム勢力に加勢したのか。

「でもさ」私はちょっと食い下がってみた。「あそこでアサイラムが撤回しなければ、どうなっていたの?」

「実はね」

 パチリと風子姉さんが私にウインクした。

「インターセプトと秘密裏に話を進めていたの。だからインターセプトがあそこで中立を宣言するのを、私は知っていたし、大きな勢力である彼らが中立となれば、他の小さなファミリーは、それに従い、中立に立つかもしれない。これでアサイラムの支配の及ばない勢力がもう一つ、成立する」

 こういうのを政治力というのだろうか、と私はぼんやりと考えた。

 とにかく、と風子姉さんが歩きながら言う。

「私は局面を複雑化した上で、自分たちをそこへ放り込むこという手段を使って、争いを終わらせた。その辺りは、終わってみればインターセプトも気づいているし、ペーパーバッグでも猛虎辺りは気づいているでしょう。あとは、アロンフォックスも」

 猛虎か。私はその名前を聞くだけど、ちょっと胸が高揚した。

 私は人づてに聞くしかなかった、伝説的な猫のシーカー。

 誰にも負けない、その苛烈で、非情な行動は、語り草だった。

 私がシーカーとして目覚めた時は、まだその噂が強い光を放っていて、憧れていた。でも時間とともに噂も薄れ、誰も口にしなくなった。

 でも私は覚えていた。

 その猛虎の戦いを、この目で見ることができた。

 それがあの抗争に一枚噛んだ明日羅、その一員としての私の、最大の収穫だったと言える。

 鐘が鳴り始めた。

 頭から耳が起き上がり、腰からしっぽが伸びた。

「急ぎましょう、もう二人は突っ込んでいるわよ」

 私たちは高く跳躍し、ケージへ向かう。

 ケージを通過した途端、直感的にピースの位置がわかる、手近な屋根の上に飛び上がり、見通す。

 今日は二つのピースが出現している。片方にはハウンドが二組、向かっているようだった。

 ならそれとは逆の方を目指すべきだけど、そこにはペーパーバッグの二人が向かっているのが遠くに見えた。

「こっちよ」

 先導するように風子姉さんが駆け出す。

 目指し先は、ペーパーバッグが狙っている方だ。当然、すでにいくつものファミリーの無数のシーカーが殺到している。

 朝ちゃんと夕ちゃんもその中に混ざっているけど、じりじりと先頭へ立とうとしている。

 私と風子姉さんは、ピースの確保は双子に任せて、退路の確保に動いている。

 離れた場所で、ピースの争奪戦が始まり、まさに阿吽の呼吸、目線や言葉の合図もなく、双子がピースを掴み、こちらへ向かってくる。

 行こう、と小さく風子姉さんが言い、動き出す。

 屋根を走り、蹴り、先へ。

 私と風子姉さんで、朝ちゃんと夕ちゃんを追っているシーカーに襲いかかり、追いちらし、跳ね飛ばし、妨害し、足止めする。

 すぐそばをペーパーバッグの二人がすり抜けていく。さすがに上手い。

「嵐ちゃん!」

 風子姉さんのその言葉で全てを理解し、駆け出す。追うのは、黒猫のシーカーと、ウサギのシーカー。

 ただ前方では双子にハウンドの一組が襲いかかっていた。迂回して、先回りしていたらしい。

 二対三の争いに、まず景山美澄が黒猫のシーカーの特性を発揮し、姿を消し、現れた時には奪い合いに参加している。

 私も即座に能力を解放、距離を一瞬で渡り、二対三対一に参戦。これで三対三対一だ。

 ほとんど揉み合いのようになり、ポーンとピースが弾かれる。

 弾いたのは、美澄だ。

 しまった、と思った時には遅れてやってきた、全力疾走の都成さんの手にピースは収まっている。

 彼が加速し、さっきまでくんずほぐれつしていた七人がそれを追い始める。

 必死なはず、熱くなっているはずなのに、どこか冷静に、楽しいな、と感じる自分がいる。

 この瞬間だけは、ピースを集めてどうするか、という大きく、重い課題を意識しないで済む。

 ただ走る。ただ奪う。

 それだけに集中すればいい。

 目の前を都成さんが逃げていく。いつの間に力をつけたのか、速い。追いつけない。

 黒猫の特殊能力をもう一度使うには、やや時間がかかる。

 負けか。悔しさが滲む。

 その時、屋根から飛んだ都成さんに斜め下から飛び出し、くみつくシーカーがいる。

 ウサギのシーカー。

 勇敢なるウサギ。

 二人がもつれてよろめくところへ、私たち七人が突撃していく。

 今日のビッグゲームは、まだ終わらないらしい。

 必死にピースを求めて、私は手を伸ばした。

 今日という日の栄光のために。



(後日談-2 了)

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