3-4 自由を謳歌する
◆
四月も下旬になったその夜、いつものようにビッグゲームでピースを奪い合っている時、私と都成さんは連携をとって、ハウンドからピースを奪い取ることに成功していた。
ハウンドは、アサイラムというファミリーのメンバーで、三人一組を誰が呼び出したのか、ハウンドと呼び、その三人組が三つ、存在する。
その時、一つのハウンドをやり過ごした私たちは、もう一つのハウンドに捕捉され、細い路地へ逃げ込み、身を隠した。
ピースを持っている以上、長くは隠れられない。
ゆっくりと移動しつつ、ケージに飛び込む機会、もしくは風子姉さんたちが陽動の行動を起こすのを待つしかない。
「私たちは」
話をする気になったのは、ほとんどとっさのことだった。
足を止めて、息を潜めているので、声は小さい。でも都成さんは聞いているようだった。
「一つの願望のために、ピースを集めています」
それは? とも聞かれなかったけど、私は勝手に喋った。
「三年前、母さんが病気で亡くなりました。朝ちゃんと夕ちゃんは、母さんを復活させることに躍起になっているんです。それが、明日羅の目的です」
「復活……?」
「ピースを三百個集めて、それで母さんを蘇らせる。都成さんは、そんなことができると思いますか?」
どうかな、と小さな声が返ってくる。
「そもそもピースを三百個、集めるのが難しいし、死んだ人が生き返るなんて、想像できないよ」
「私もです」
路地の上をシーカーの二人組が走り抜けた。こちらには気づいてない。
「風子姉さんが何を考えているかは、わかりません。ただ、私は否定的です。それに、そんなことが実際に起こると、怖くなる」
そう、怖いのだ。
「死というのは、絶対です。避けられないものです。その絶対を覆したら、何か、その、禁忌に踏み込むようで……」
それ以上、うまく言葉が出てこなかった。
「それでもさ」
都成さんが言う。
「嵐ちゃんは、お姉さんたちに協力したいんだろ? 違う?」
「協力、じゃないのかもしれない、と思うんです。ただ流されているだけというか。自分が本当にやりたいことを、やってないような」
「やりたいことって?」
私は手元の光の玉、ピースを眺める。
「私は、もっと強くなりたい。一番速く駆けて、一番高く飛んで、誰にも負けないシーカーに。おかしいですか?」
「いや、よくわかるよ」
急に都成さんの声に熱がこもった。
「実は俺もそう思っている。そんな風になりたいって。まぁ、今はダメダメだけど」
そうですか、と私は応じて、やっと都成さんを振り返った。
不思議そうに、こちらに向けられる無害そうな瞳。
「都成さんは、私たちと一緒にいても、損ですし、もう学ぶべきものは学んだと思います」
中学生に言われてもね、と笑う都成さんは、それで? と先を促してくる。
「このピースを差し上げます。それで、都成さんのやりたいように、戦ってみるべきだと思います。他のシーカーのこととか、ビッグゲームのことを、もっと知るべきです」
「それはもしかして、嵐ちゃんがやりたいこと?」
わかりません、と素直に答えた。
「私は風子姉さんと朝ちゃんと夕ちゃんの妹です。明日羅に入る以外に、道はありませんし、家族と袂を別つことも、ありえません。だから、私は一人になるなんて、考えなかったし、考えるとしても、遠い未来のこととして、考えるだけです。でも、そんな私と違って、都成さんは自由です。それを謳歌するべきだと、私は思いました」
何かを考えた素振りの後に、そうかもね、という返事があった。
「双子には謝っておいてくれ。俺は、他を当たるよ。今までありがとう」
「これを」
ピースを投げ渡すと、本当にいいの? と都成さんが首を傾げる。
「餞別です」
「それはどうも、ありがとう」
路地の外の様子を見てから、都成さんがもう一度、こちらを見る。
「また会ったとしても、次は敵同士かな?」
「そうなりますね。ケージまで、護衛しますよ」
「ありがたく、守ってもらうよ」
二人で路地を飛び出し、都成さんの設定したケージに向かった。シーカー二人に捕捉されたけど、私が一人で弾き返し、都成さんはスムーズに自分のケージに消えた。
少しすると鐘が鳴り始め、ケージが消えるとそこに都成さんが背中を向けて立っている。もう彼にも私にも、耳もしっぽもない。
振り返って、都成さんが苦笑いする。
「ピースを手に入れてみると、どう扱うか迷うな。決められなかったよ」
「ゆっくり決めればいいと思います」
「そうだな。こんな時間に一人で歩くのも危険だから、家まで送っていくよ」
今度は私がエスコートされて、深夜の神代の街を横断していく。
都成さんは口を閉じていて、私もあまり喋らなかった。会話もあまり成立しない。
住宅地に入り、家が見えてくる。玄関に人影がある。三人分。風子姉さんと、朝ちゃん、夕ちゃんだ。
「ここでいいですから」
うん、と都成さんが足を止める。
「今日はありがとう」
「次は本気で戦いましょう、都成さん」
「覚悟しておくよ」
私は彼に頭を下げて、小走りに家に向かった。
風子姉さんが笑って言う。
「おかえり。何があったかは、おおよそわかるわ」
私は頷く。
「都成さんを、追い出しちゃった。ダメだった?」
「構わないよ」
そう言ったのは朝ちゃんだった。ちょっと不機嫌そうだけど、強気な笑みを見せている。
「あんな足手まといは、いない方がいいと思っていたところよ」
「可能性はありそうだったけどねぇ」
フォローするのは夕ちゃん。
「さ、みんな、早くお風呂に入って、寝なさい。もう遅い時間よ」
めいめいに返事をして、家に入った。
それぞれに思っていることがあっても、決して離れることのない、本物のファミリー。
私はそれを強く意識して、その枠組みと自分の齟齬に対する結論を、先送りにした。
まだ、時間はあるのだから、と。
(第3話 了)
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