第4話 勇敢なるウサギの戦い
4-1 成長していく実感という高揚と興奮
◆
俺は明日羅と別れてから、次の行動を決めかねた。
それがはっきりと方向性を持ったのは、ある夜、ピースの争奪戦を眺めている時で、目の前で躍動する影に気づいた時だ。
他のシーカーが二人なり三人で行動している中に一人で飛び込んでいく。
知っている顔だった。
ウサギの耳と、しっぽ。
勇敢なるウサギ。大石里依紗だ。
かれこれ入学がから一ヶ月が経とうとしているけど、彼女とはすれ違うこともなかったのが、不思議だ。ビッグゲームでも、学校でも、会っていない。
彼女は激しい動きで、シーカーたちをやり過ごし、ピースに手を伸ばす。
その彼女の体が寸前で、別のシーカーに弾き飛ばされ、ピースを逃す。
二人組のシーカーがピースを手に入れ、逃げ始める。里依紗も、他のシーカーもそれを追っていく。
俺も離れながら、それを追跡。
顛末を見てみたかった。
結局、ピースはどこかのファミリーのケージに運び込まれた。追いすがったシーカーたちが落胆した様子で、散っていく。
その中に里依紗の姿もある。俺は素早く彼女に近づいた。
彼女もこちらに気づいているようで、足を止めて出迎えた。
「私が負けるところを見て、面白かった?」
「そんな悪趣味じゃないよ。ただ気にはなっていた」
「ストーカーとして訴えてやりたいわ」
「大石さんは何が目的なの?」
ズバリと踏み込んでみたが、返事は飄々としたものだ。
「ただ楽しむ」
「今、楽しい?」
「まあね」
強がりを言っているわけでも、何かをはぐらかしているわけでもないな、と俺は考えていた。
「ピースを奪われたのに?」
「そういう素人じみたことを、まだ言っているわけ?」
睨みつけられても、俺はまだ素人みたいなものだしなぁ。
「ピースは一晩に一つか二つ。それに対して、ファミリーのおおよその数は十を超えている。つまり、大抵は負けるのよ。ピースを奪われるわけ。それが当たり前なの」
「じゃあ、負けても気にならないってことかな」
「そこまで負け犬根性が染み付いちゃいない」
今度は本気で怒っているとわかったので、ごめん、と謝るしかない。
「でも、勝てなかったら面白くないだろ」
「二元論的に考えればね」
「二元論……」
「勝てば嬉しくて、負ければ悲しい、というほどシンプルなわけないでしょ、ってこと。あなた、自転車には乗れる?」
急に話題が変わったけど、意図がありそうだ。
「一応、乗れるね」
「じゃあ、自転車に乗れない時はつまらなくて、自転車に乗れるようになって楽しくなった?」
えっと、どういう意味だ?
理解しきれない俺に里依紗が補足してくれる。
「つまりね、自転車に乗れるように練習するでしょ。補助輪を一つにしたり、親に後ろから支えてもらって、押してもらって、そうして乗れるようになる。思い出してみて、初めて補助輪を両方外して、乗る練習をした時のこと。思い出せる?」
なるほど。そういうことか。
「少しずつ技術が身についていく過程も、面白い、って言いたいわけか?」
やっと理解したね、と里依紗が頷き、頭上から響く鐘に視線を向けると歩き出した。
「送っていくよ、どこに住んでいるか知らないけど」
「ストーカー行為はお断り」
そっけないな。
「じゃあさ」
無理矢理、横に並ぶ。これじゃ本当にストーカーかもしれない。
「大石さんは、負けても、自分が努力することに面白さを見出しているってことだよね。ピースを集めて、何か叶えたい願いがある? それともピースはすぐに能力の強化に使うの?」
「これでもファミリーの一員でね。自由にはいかないのよ」
そう言われて、そのことにやっと意識が向いた。
彼女はファミリーに所属しているのに、一人で戦っているのだ。記憶を探って彼女の所属するファミリーの名前を思い出した。
「サナトリウム、だったよね。仲間は戦わないわけ?」
まあね、と言いつつ、彼女は市街地とは逆の方へ向かう。
「仲が悪いとか、そういうこと?」
「これでも円満にやっています。ねえ、いつまでついてくるつもり? さすがに私もプレイベートは大事にしたいんだけど」
本当に嫌そうなので、ここで別れることにしよう。近所なはずだけど、プライベートは大事だよな。
「じゃ、また、学校で」
「はいはい。気をつけて帰ってね、都成くんも」
ちょうどコンビニの前だった。店内からの光の中で、ひらひらと里依紗は手を振って、そのコンビニとクリーニング屋の間の通りを進んでいった。
俺も帰るしかない。
明日以降の方針を考えたけど、形はどうであれ、一人でいる俺と、一人で戦う里依紗には共通するものがありそうだ。
それに、さっきの彼女の話も、印象的だった。
自転車に乗れるようになるまでの期間の、喜び、もしくは、興奮。
それはきっと、シーカーとして実力をつけていくことと、重なるんだろう。
俺も自分がこの一ヶ月で成長しているのを感じる。
教えられた、ステップと呼ばれる現象かはわからないし、ピースはまだ取り込んでいない。嵐に譲られたピースは、まだケージの中にある。
だから、全く理由も思い当たらないし、説明もできないけど、それでも俺は着実に前進していて、その前進は、ピースが手に入るとか入らないを別にしても、十分な面白さ、楽しさを俺の中に生んでいるわけだ。
もしかしたら、里依紗もそれを楽しみに、ビッグゲームを戦っているのかもしれない。
そんな彼女には何か、叶えたい願望があるのだろうか。それはやっぱり気になる。
そして彼女の所属するファミリー、サナトリウムの実態も、興味があった。
入りたいとは思わないけど、ファミリーというものを俺はよく知らない。明日羅は家族だったし、赤の他人のシーカーは、どうしてファミリーを形成するのか、そこを知りたい思いがある。
そんなことを考えているうちに、家にたどり着いていた。姉御は今日は夜勤で、家の中は暗い。
さっさと寝て、明日へ備えるか。
(続く)
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