8-2 在りし日の光景
◆
深夜、やはりピースを無視して、俺と美澄は向かい合っていた。
「良い? 簡単な連携技として、二つあるの」
美澄がそう言って身振りも付けて説明する。
「まず見せるのが、ブラインド。つまり目隠し。相棒の前に立って、相棒の姿を隠すこと。あまり効果はないけど、同じ軌道で移動して隠し続けることもあるね。だけど、それよりは一瞬だけの交錯で使う方が効果的。それがもう一つの連携技のスイッチングにつながる」
身振りが続く。
「スイッチングは、ピースを持っている相手をまず一人目が当たって行って、弾き飛ばされたら、二人目が即座に入れ替わって攻撃する、ということね。本当は二人じゃなくてもっと多ければ、これは非常に効果的」
さて、と美澄が手を打った。
「実際にやってみるけど、まずはブラインドから。ここからそこでやってみよう」
ここというのは、民家の屋根上で、そこというのは細い通りを挟んだ先の民家の屋根だ。距離は十メートルほどか。
二人で何度か行ったり来たりして、動きを確認する。
俺が初心者なのに、美澄は容赦しない。彼女は後ろ向きに跳ぶ、つまりこちらを見て動いているのだ。
細かな指示を根気よく聞いて、修正していく。
二回連続で、と指示があり、距離を広げて三つの屋根も含めて、その上を行ったり来たりする。
「ま、こんなもんね。初めてだし」
鐘が鳴り始めて、美澄は練習を切り上げた。
「あのさ」
二人で地面に降りて、俺は脚をストレッチしつつ、去ろうとする美澄に訊いてみた。
「ペーパーバッグのメンバーで、資格を喪失した人って、どういう人?」
ピタッと、不自然に美澄が硬直した。緊張したんだろう。
「いや、すまん」思わず謝っていた。「変なこと、質問した」
まあね、と歯切れの悪い口調で言ってから、秘密でもない、と美澄は呟いた。
「私は、恩人、って呼んでいるけど、今は、二十一歳か、二十二歳かな。女性でね、大学生だった」
するすると言われて、聞き漏らさないように集中し直す。
「私はシーカーに覚醒して、一年くらいが過ぎていて、適当なファミリーに参加したり、抜けたりをしていたね。黒猫のシーカーだから、どこも丁寧に迎え入れてくれるんだけど、どうしても馴染めなかった。あんたみたいに」
ちょっとだけ美澄の口元に笑みが浮かぶ。
「彼女とは今はもうないファミリーで出会って、意気投合した。彼女は深雪とも知り合いで、私と深雪を引き合わせたの。深雪は深雪で、別のファミリーにいたけど、やっぱり馴染めていなかった。なぜか彼女とは気が合ったみたい」
何もないはずの頭上を、美澄が見上げた。
「どういう話の流れだったか、彼女が、新しいファミリーを作ろうと言い出した。メンバーはどうするのか、私はさすがに聞いたわ。だって、話の中で出てくる名前なんて、彼女と私と深雪だけなんだから。そこで彼女が言ったわ」
美澄がこちらを見た。
どこか、泣き出しそうな表情だった。
「ファミリーは、三人だけだって」
「つまり、影山さんと八代さんと、その人?」
「そうよ。三人のファミリーなんて、聞いたことがなかったし、そもそも私も深雪も彼女も、それぞれにファミリーに所属していた。私はほとんど根無し草だったし、深雪も厄介がられて戦力に入れられていなかったから、どうとでもなったけど、彼女は所属していたファミリーに残留を強く求められたようだったわね」
それでも抜けたわけだ、と俺は考えていた。
何がそんなにその女性を行動させる原動力になったのだろう?
「結論から言えば私も深雪も元のファミリーを抜けた。私が深雪の過去を知ったのは、そうなってからだったわね。猛虎って呼ばれていたのよ」
な、何だって? 猛虎?
「八代さんが猛虎?」
「その話は本人に聞きなさいね。何にせよ、私と深雪はすぐに自由になって、彼女も後を追うように自由になった。ここで結成されたのが、ペーパーバッグ。三人だけのファミリー」
一度、目を閉じてから美澄は話を続ける。
「私達は必死に戦った。三人だけなのに、ほとんど毎日のようにピースを集めた。ハウンドは当時からあったけど、彼らは私たちを警戒して、常に一組を貼り付けていた。それでも彼女が一人で引き摺り回して、めちゃくちゃに乱したりして、爽快だったわよ、あれは。今、思い出しても、笑えちゃう」
笑えると言っているのに、美澄の声には別の感情が滲んでいる。悲しみ、もしくは、寂しさ、だろうか。
「彼女は私たちに年齢を教えていて、それは初めてファミリーを組む話題が出た時から、はっきりさせていた。残されていた時間は二年もない。その間に、やれる限りをやろうと言っていた。そして自分が抜けた後は、ペーパーバッグはどうしても構わない、とも教えてもらえていた。私も深雪も、その議論を先送りにして、戦ったの」
「それで、どうなった?」
「彼女が二十歳になる前日、私たちはやっぱりピースを一つ手に入れて、ケージの中で手のひらをぶつけ合って、歓声をあげた。いつも通りだった。彼女は特別なことは何も言わずに、翌日にはもう、やってこなかった」
さっと美澄が目元をさりげなく拭うのが、月明かりの中で見えた。
「それから深雪は戦うことをやめて、ビッグゲームを眺めるだけになった。私はピース集めを一人で続けたけど、さすがに一人じゃ、成果が上がらない。当時は色々と言われたわよ。バカにするようなこと、揶揄すること、色々ね。でも、私はペーパーバッグを残した。一人で戦った。そうして今に至る、という感じ」
そうか、としか言えなかった。
鐘はすでに鳴り止み、俺からも美澄からも、耳もしっぽも消えていた。
「まぁ」美澄が呟く。「昔話は、これきりにしましょう」
そうだな、としか返すことはできなかった。
(続く)
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