第3話 鳳四姉妹
3-1 叶うかもわからない願望
◆
私、鳳嵐がシーカーに目覚めたのは十二歳の時だ。もう二年以上前。
三人の姉はすでにシーカーとして活動していて、今までそのことに気づかなかったのが、不思議だった。つまりシーカーやビッグゲームは、資格を持たなければ知ることのない世界なのだ。
私は秋田中学校を出て、一人でゆっくりと家に帰った。
まだ誰も帰宅していない。一番上の姉、風子姉さんと一緒の部屋で生活しているので、まずはそこに荷物を置いて、制服から私服に着替えた。
一階に降りて、料理を始める。料理は大抵、私の役目だ。風子姉さんは忙しいし、朝ちゃんも夕ちゃんも、料理は嫌がる。それにあの双子は、どういうわけか料理をし始めると途端に連携が悪くなる。
料理がある程度、進んだとき、玄関でドアノブにくくりつけてある鈴が鳴った。
ドタドタと足音がして、双子がひょっこりと顔を見せる。服装は春夏高校のそれだ。
鳳朝凪と鳳夕凪は、外見はほとんど差がないけど、表情を作るとき、わずかに差がある。それでどちらがどちらか家族にはわかる。
「今日は何、嵐?」
「肉? 魚?」
勢い込んでほとんど同時に聞かれる。先に言ったのが朝ちゃん、あとが夕ちゃんだ。
「今日は手羽元の煮物。鶏肉」
その一言に、朝ちゃんが頭を押さえ、夕ちゃんは背を反らす。
「肉に賭けていた私の勝ちね」夕ちゃんが朝ちゃんの背中を叩く。「ひとつ私に譲るように」
二人はそのまま二階にある私室へ上がっていった。
二人がリビングに戻ってきて、テレビを見ながらああだこうだと芸能人のスキャンダルについて話している間に、私はポテトサラダを作り、味噌汁も作った。気が向いたので炊飯器の中にある白飯に具を入れて、混ぜ込みご飯にした。
そんなことをしているうちに、また玄関の鈴がなる。
「ただいま。いい匂いね」
風子姉さんが穏やかな表情をリビングに出す。
「「お帰りなさい!」」
双子がユニゾンで答えると、風子姉さんは笑みを見せて、「着替えてくるね」と顔を引っ込めた。
姉さんが戻ってきて、四人で食卓を囲む。父親は単身赴任で、母は、いない。
四姉妹で賑やかしく夕飯を食べ、片付けだけは双子が連携してやるので、任せられる。
片付けたテーブルで風子姉さんが私の勉強を見てくれる。風子姉さんは大学一年生だ。
仕事を終えた双子はテレビの前に戻り、今度はバラエティ番組でああでもないこうでもないと、やりあっている。
そうこうしていると、二十三時が近づいてくる。私は勉強道具を片付けて、一度、二階に上がった。服装を動きやすいものに変える。
一階に下りると、三人の姉が待ち構えている。
「じゃ、行きましょうか」
家を出て、ゆっくりと市街地を目指す。
正確には、私たち明日羅のケージがある場所だ。
鐘が鳴る。二十三時なのだ。
頭と背中がむずむずして、耳と尻尾が生える。風子姉さんは白猫のシーカー、朝ちゃんと夕ちゃんは三毛猫のシーカー、そして私は、黒猫のシーカーだった。
風子姉さんを先頭に走り出し、前方にケージが見える。
そこを駆け抜けると、直感的にピースの位置がわかる。まず双子が同時に地を蹴り、建物の壁を蹴り、舞い上がる。風子姉さんは地上を行く。
「例の人はどうなったの?」
風子姉さんに並んで、訊ねる。体験みたいな感じで、一人、シーカーを同行させると聞いていたからだ。
「すぐにやってくるわよ」
風子姉さんがそう言った時、横手から飛び出してきた影がある。身構えるけど、攻撃態勢じゃない。
年齢は双子に近い。
ぐっと風子姉さんが足を緩める。それで彼はついてこれるようになった。
「あなたが勝利くん?」
「ええ、はい」
シーカーは基本的に負傷しないし、息が乱れるはずもないのに、どこか彼、都成さんは苦しそうだ。
「今日は遠くから見ていなさい。私たちの仕事をね」
優雅とも言える口調でそんな言葉を口にして、しかも置き去りにして、風子姉さんが加速。私も追随。言葉と一緒に都成さんも遠く離れる。
神代市街の通りという通り、路地という路地を頭に入れているので、風子姉さんの先導は完璧だ。
路地から飛び出したところで、その通りをピースを手にしたシーカーがやってくる。ウサギのシーカーだ。勇敢なるウサギか。
ぐっと身を沈め、風子姉さんが突撃。しかしひらりとウサギが身をかわす。
私の体が一瞬、曖昧になり、次の瞬間には姿勢を乱しているウサギのシーカーのすぐ横に出現。
ピースを掠め取り、相手を蹴りつけておく。相手が手を伸ばすが、指先はぎりぎりでピースを掠めることができなかった。
風子姉さんにピースを投げ渡し、私は体勢を立て直して向かってくる勇敢なるウサギと一対一で、攻防を展開する。
少しの間で、勇敢なるウサギは諦めたようだ。すでに風子姉さんは追跡不可能なほど離れている。
「黒猫は卑怯だよ」
離れて対峙していたウサギのシーカーが、そう言って肩の力を抜く。
私は無言のままでその場を離れた。
ケージに戻ると、朝ちゃんと夕ちゃんが待ち構えている。双子は私と風子姉さんがいるところへピースを持ったシーカーを導く役目だった。
掲げられた手のひらにこちらの手のひらをぶつけ、三人でケージに入る。
風子姉さんがケージの中で、空中に連なるピースを見上げている。全部で八十九個、いや、今日のを含めて、九十個か。
この九十個は私がビッグゲームに参加するより前から溜め込まれているピースだ。つまり、三年以上をかけて、やっと九十個。
しばらく四人でその光景を見ていた。
私の頭にあるのは、疑念だった。
まず第一は、ピースを三百個も集めるのが可能なのか。
もう一つは、私たちの願望が本当に成就するのか。
死者を生き返らせる、なんて願望が、果たして叶うのだろうか。
「あ」
風子姉さんが視線を下げた。
「勝利くんのこと、忘れていたわ」
そうだった。
どこにいるのやら。
(続く)
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