第15話◎完璧なのは?

 魔王はいつも行うはずの予備動作などは一切行わず、目標を一直線にとらえることこそ正義と言わんばかりに最速で攻撃を繰り出してきた。

 あれほどの動きは歴戦の強者であるはずの俺も見たことがない。

 恐らくは、あれが武道の達人と言われる者だけが到達すると言われる無拍子と言うやつなのだろう。

 本気を出した魔王があれほどの所作を見せると言うのはさすがの俺も知らなかった。

 何人たりとも入り込めぬ空間。


 ああいった動作のことをヤバイと言うのだろうか?

 恐怖と言う感情はもちろんある。

 危険とか何か恐ろしいことが起こりそうだと言う感情も強くあったのだが、それ以上に今や魔王の所作には美しさや優雅さと言った不思議な魅力までもが漂い、いつしか俺は夢中になり酔いしれていたのかもしれない。

 

 そんな一種の陶酔感にも似た感覚を俺が抱いた直後……

 無情にも自分の最大の奥義であるファイナルアタックを俺と店員さんに向けて放ってきた!


 瞬間……


 彼女の両手が光輝き、すぐに指先から凍てつく波動が放たれる。


 先程までは、いつ進むのかを疑いたくなるほどに予備動作だけを何度も繰り返していたあの魔王はどこへいったのか?

 今この場で、予備動作を繰り返さなければいつ繰り返すのか?


 そんな俺の心などを嘲笑ってやると言わんばかりの魔王からの強烈な一言……


「私達、近々結婚するんです!」


 魔王は店員さんを恥ずかしそうに見つめ、俺の手を握りそう言い出す始末。 


 瞬間、俺の意識がどんどん遠くなっていくのが自分でもハッキリと感じた。

 ファイナルアタックによる凍てつく波動、これの付随効果によりもたらされる体温低下。

 この効果により、自分の運動機能が著しく低下するのは覚悟していた。

 覚悟はしていたのだが、それがここまでの効果をもたらすのは全くもって計算外であったのだ。

 

 その威力は凄まじいもので俺と店員さんは一瞬にして凍りつき、ただ呆然と立ち尽くすことしかできないのだから。


 運動機能の低下などと言う生易しいものではない。

 これは抵抗できない行動不能強制スタン状態と言うやつではないか……

 そして進行速度は自分が寒いと感じる隙もないほどに早いものだから、避ける時間もありはしない。


 受けるしかない+受けたら停止……


 魔王と言うのは一体いくつのチート機能を備えていると言うのか……


 魔王が割り込んできた瞬間に感じた身の危険。

 あの時は魔王の行動の早さに何となくしか感じることができなかったのだが、その正体と言うのはこれだったのか……


 考えるのも恐ろしい限りだ……


 こんなことであれば、俺の方でも事前対策と言うのを考えておけばよかった……

 

 とは言っても今となっては遅すぎる話である。


 強烈すぎる魔王から繰り出される攻撃を、全身の力が抜けて避けることも気力も削がれた俺は、ここでも次第に記憶が徐々に薄れていく感覚に陥っていく。


 まだ何もやりとげていないというのに俺は……

 インターバルの間に精も根も尽き果てたボクサーのごとく項垂れてしまうというのか?


 立て!

 立つんだ!


 なんて言葉がどこからか聞こえてくるのかもしれないが……


 そう!

 俺は立たなければいけない!

 正義の名の元に身の潔白を証明しなければいけないのだ!


 勃……


 おい!

 字が違う!

 絶対に間違えるな!


 その字は魔王相手には禁句となっている字だ!

 どうせなら、魔王を倒した報酬として目の前の姫様に報酬として要求するべき言葉でないのか?


 だからそう!

 俺!


 真っ白な灰となった状態から再び立ち上がると言うことなんだ!


 そう思い最後の気力を振り絞った俺だったのだが……

 どうやら事態と言うのは俺が考えるよりも深刻だったようで……


「わぁー!凄ぉーい!羨ましいぃ~!」


 何て言いながら店員さんは嬉しそうに手を叩いている!

 

 全く知らない赤の他人が結婚するかもしれないと言う情報など聞いて何が一体嬉しいのだろうか……?

 などと考えてしまったのだが……


 早い段階で鎮火作業と言うのを行わなければ後々、面倒なことになると言うのは昔、消防士さんに聞いた記憶がある。

 俺の中では小火どころかもう既に山が丸ごと一つ灰になっているのでは?

 と疑うほどに火の勢いは強い気はしているのだが……

 だからと言って見過ごすことなどできない。


 そう思い俺は最後の気力を振り絞り魔王の前に再び出ようと……


「おいおい、真奈美。結婚って、そーんな話してないだろ?あまり話を飛ばすなよ。それに会計しなきゃいけないから取り合えず後ろに下がっててな」

 

 と言った。


 と言うのも俺は今日、魔王と一緒に居酒屋に来た。

 ある程度の時間が経過し、料理も飲み物もそれなりに頼んだので今、レジ前でお金を払おうとしている。 

 そしてお金を払うと言うことであれば、それは即ち会社でも先輩で男性である俺の役目と言えるだろう!

 と言うことは、この俺がお金を払うと言う口実を理由に、目の前にいてふんぞり返っている魔王を後ろに下がらせる事ができる。


 俺はそう考えた!

 そう考えたと言うか……

 このお金を払う流れと言うのはいつもの流れなので、当然なんだと思う。

 それに今日、呼び出したのは俺なわけだし!


 魔王を下がらせた後は、それ即ち!


 ずっと俺のターン!


 を実践してやりたいわけで……

 後は野となれ山となれで店員さんの誤解を解くことに全力を注げると思っていたのだが……


 俺は一つ忘れていたことがある。


 今日の相手は、あの魔王なんだ。

 

 そう……

 いくつものチート能力を備えているあの伝説の存在。


 何故か本日、いきなりの覚醒を俺に見せつけ数々の仕打ちを行ってきた全世界の敵。

 

 そのあいつがここでも手をこまねいて見ているなど、そんなお気楽な考え……

 あるのか?

 

 いや……

 無いだろう!


 ちょっと考えれば分かりそうなこのからくりに、俺は気づくことができなかった。


 恐らく原因は凍てつく波動の効果に他ならないだろう。

 そうに決まっている!


 俺に退くように言われた魔王はチラッと俺の方を振り返った後…


「お会計、カードで!」


 そう言いながら彼女は店員に自分のカードを渡したのだ…

 いつもとは若干違う光景に俺は目の前で何が起きているのか理解できなかった。


 だが、その後……


「はい、ありがとうございます!こちらですね!それでは、お預かりします!」


 と言う店員さんの声に俺は自分の意識を取り戻した。


 と同時に、自分が唯一にして最後のチャンスを逃してしまったことに気づいた。 


 恐らくこの時に受けた衝撃と言うのは「僅か100メートル!ここを全力疾走で走り抜けることが出きれば、貴方も人間です。チャレンジしますか?」と生死を操る神様に聞かれて自分の輪廻天性を賭けてチャレンジした俺が、残り数センチでゴールに到達する瞬間、いきなり落とし穴に落とされてムカつく顔で「はい、残念!来世はボウフラでぇえ~すぅ~」と言われるのと同じくらいの衝撃だろう。


 気を失わなかっただけでも賞賛に値するのかもしれないが…… 

 ぶっちゃけ褒め称えられることと勝負の勝敗と言うのは無関係と言うことが多くあり、今回のレジ前攻防戦においても同様の事が言える。


 店員さんは彼女からカードを受けとるとリーダーに通して手続きを行い、彼女は手続きを済ませた。

 そして、会計をしながら店員さんに


「これから家に行きたいって言われちゃったのぉ~」


 何て言葉をほざいているんだよ……


 チゲーよ!

 全くチゲーの!

 そんなのあり得ません!

 だからと言ってチゲ鍋でもありません!

 全部彼女の妄想でございます!

 と俺が形振り構わず誤解を解こうと思ったときには会計は全て終わった後。

 

 そんな感じで立案当初は全く穴など万に一つもない完璧と思われた作戦だったのだが、いざ蓋を開けてみると魔王のチートを惜しげもなく駆使してくる形振り構わないゲリラ作戦の前に俺は大敗北を喫していた。

 

帰りのエレベータを待つ間、彼女がお得意の下卑た笑みを浮かべながら


「アンタの考えは分かってんだよ」


 と小さく呟いてきた時には、寒気しか感じなかった……

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