第3話◎彼女の望む答え

「ゴホっ……、ちょっと、ちょっと。ストップ!ストップ!もう無理……負け、負けです」


 とにもかくにも真奈美の体重を首で受けることになってしまった俺。

 結構、情けない様だったのかもしれないが、そんなのは関係ない。

 苦しいものは苦しいのだ。

 なんとか自力で脱出したいものなのだが、残念ながらそれほどの余裕がないので先ずは彼女にほどいてもらおうと自らの敗けを宣言した。


 俺はこの時、はっきりと自分が負けと宣言したつもりではあったのだが……


 どうやら目の前のお方は、俺の負けという言葉が信じられないようなのだ。

付き合うという関係は、お互いが信じ合うことで成り立つ関係のはずだと思っていたのだが……


 どうやら彼女の中では違ったらしい。「それなら付き合う意味なんてないよね?」なんて言葉をかけてやりたかったのだが、そんなのはもちろん怖くてできない!


 縮こまってしまっては、どうにもならない……

 いや、今の状況を考えると縮こまった方がいいのか?

 そんな自問自答を繰り返したからだろうか、俺は言葉がでなくなってしまった。


 すると、彼女は自分の体を少し持ち上げると言えばいいのか、寝ている状態の俺の右の辺りで正座をし俺の体に預けるような体勢になる。

 これにより今まで彼女の左手にかかっていた体重は、彼女の体の方に移った形になり、今までよりは少し楽に感じるようになった。


 ただし、そんな最中にも右手のホールドは崩さない……


「これで少しは楽になったでしょ。でもね、だからってあんまり変なこと考えないでね」


 体を俺に密着させるような姿勢となっている彼女が、今までよりはワントーン小さい声で俺に言ってくる。

 

 この言葉を聞いて正直、あー……やっぱりかぁ~……としか思えなかった。

 かなり強引な仕掛けを見せてくる彼女だけに、俺は焦りしか感じない。

 だからといって不利な体勢である今、彼女をあまり刺激したくないので先ずは彼女を安心させるために無言で頷く。


「良かったぁ~。通じたんだね。信ちゃん、ありがとう!それで、通じたついでに聞いておきたいんだけど……信ちゃん、まず最初に話し合う前に聞いておきたいことがあるんだけどいい?」


 俺の頷きを見て彼女は機嫌良くしたようで、左手で俺の頭を優しくさする。

 とりあえず、彼女の右手の状態もあるので俺は勝負時だとは判断できない。

 なので様子を見て彼女の気のすむように頭を撫でられていたのだが……


 彼女が一つ不穏な事を言ってきた……


 何か聞いておきたいことと言うのがあると……


 何を聞いておきたいと言うのだろうか……

 今の俺の状態を見て……


 ここまでくるに辺り、色々なことを聞かれていた気がするのだが、それらほとんどが彼女の右手の権力によって満足な回答と言うのを俺の中で出せなかった気がする。


 いや、彼女の右手の権力に負けず、俺が出すと言う選択もある気はするのだが……


 もしそれで失敗した場合、目も当てられない大惨事となり最悪、俺は一生の笑い者になりそうな気がするので、あまりそういった危険な橋は渡りたくはない。


 なので、ここで彼女から質問がくると言うのであれば、先ずは彼女に告げておかねばならないことがある。


「なー、真奈美。質問をしてもいいけど、この格好のまま話をするのか?」


 彼女は俺の質問を聞くと、俺から目線をそらした。

 だが、目線をそらしながらも右手はそのままという用意周到ぶり。

 ハッキリ言って恐れ入ります。


「んー……、そうだなぁ~。でも、それは信ちゃんの答え方次第かなぁ~。あっ……、でも大丈夫!質問に答える間は……」

「あっ……」

「可愛い!こんなこととか?」

「あっ……、ちょ……も……」

「こんなことはしないから大丈夫だよ!」

「今、したじゃん……」

「えっ?今は、説明するためにしただけだよ!それともしながらの質問の方をご希望ですかぁ~?」


 彼女の目が獲物を狙う獣のような目付きになった。

 と同時に本能的にヤバさを感じた俺は、彼女の機嫌を損ねないように全力で首を横に振る。


「はーい。良くできましたぁ~。それじゃ~、質問に移ってもいいかなぁ~」


 俺の完璧な動作に彼女は機嫌を良くした。

 本来であれば、強敵右手をどうにかして彼女とは話をしたい。

 もし仮に右手を除去して二人で仲良く向かい合って話し合いをするのであれば、正直彼女の顔色などは微塵もうかがわなくてもすむ。

 と言うか、話など切り上げて一方的に別れを告げて帰ってもいいくらいだ。

 それゆえに、彼女の右手をどうにかできなかったのが、悔やまれてならないのだが……


 だが……


 そうは言っても彼女の口から質問の間は余計なことはしないと言う約束を取り付けることができた。

 なので、先ずはこの質問に答えつつ俺は隙を見て彼女の右手の魔の手から脱出すればいいだけの話なのだ。

 恐らく、彼女は俺の大脱出劇と言うのを期待しているのだろう!

 だから俺は、彼女に思いっきり見せつけてやると心に誓った!


「うん。いいよ」


 俺は彼女に満面の笑みを見せて大きく力強く頷く。


「はーい。それでは、第一問です!私の事、好きでしょ?イエスでおこ……あっ……違う

か……あり得ないとは思うけど……イエスかノーでお答えください」


 ……


 この彼女の質問を聞いて、俺は目が点になってしまった。


 先ず最初、彼女は第一問と言っていたのだが、全部で何問質問するきなのか……

 彼女の性格から一つや二つとかで終わるとは思えない……

 さらに言えば、この質問と言うのは話し合いの前段階にすぎない。

 彼女の中では、後いくつもの行程を考えているのだろうか……

 自分の全身に寒気が襲ってきた……


 続いて彼女の質問内容。

 彼女は「私の事、好きでしょ?」って言ってきたのだが……

 俺と彼女は確か別れ話をしていたはずだ。

 そしてその内容には彼女も理解をしていたはず。

 何故なら彼女は俺とこういう体勢になる少し前、彼女は土下座で謝っていたからだ。

 恐らく理解していなければ、土下座なんてしてこないはずだ。


 そして最後の彼女のあの言い方。

 あれは明らかにイエス以外の答えと言うものを許さないときの言い方に他ならない。

 特に「あっ……」の後は、早口になげやりな感じで言っていた。

 明らかにノーと言うのは望んでいないのだろう。


 昼間は仕事もテキパキとこなしてくれる彼女。

 会社の評価でも彼女については聡明と言う判断を下すものが多くいる。

 そんな彼女が今の俺の気持ちと言うものを理解していないはずはない。


 なので俺はこの時、彼女に対して一つの事を悟ったのだ。

 彼女にとっては、俺の気持ちなどと言うものは関係がないのかもしれない。

 多分だが、俺がどう思っているのかが問題なのではなく、彼女自身がどう思えるのかが問題なのだろう。


 恋は盲目と言う言葉は聞いたことはあるが……

 彼女の場合は、恋は自己中と言うことなのだろうか……


 恐らくここで、俺が男気を見せて彼女に屈しないと言う姿勢を見せることももちろん可能だろう。

 これから自分に怒るであろう惨劇を全て受け止めると言う覚悟のもとに……


 だが、そうするとどうなるのだろうか……

 もしかしたら俺は俺でなくなるのかもしれない。


 ともすると無限の彼方まで俺の意識が飛んで行ってしまうことも考えられる。

 そうなると、俺の気持ちなど考えない彼女の事だ。

 これ幸いとばかりに自分の都合がよいように解釈するに違いない。

 そして後は野となれ山となれと言う感じになるのが目に見えている。


 そうなると俺は最悪、残りの人生を彼女が愛想を尽かすまで捧げるのだろう。

 

 そんなのは絶対に嫌だ。


 もしそうなったのなら、俺は自分を好き勝手に解釈をした彼女から逃れるために俺を介錯してくれる人間を探さなくてはいけなくなる。

 

 そんな人間、本当に見つかるのか?


 多分、見つからないのだろうなぁ……


 そう思い俺が自分の頭の中をフル回転させて、何とか現状を繋ぎ止める妙案を繰り出そうとしている最中、彼女は右手を定位置に置いたまま自分の顔を俺の右耳横にくっつけて、そっと囁いた。


「5」


 この彼女の一言で、俺は一気に冷静さを失ってしまう。


 はぁ~?


 5だと?

 なんだ、それは?


 5?

 数字?

 数字と言うことは、何かを数えていると言うことか?

 何を数える?

 今、この状況で数えるもの……

 

 恐らくは……

 制限時間か?


 制限時間?

 そんなこと最初は一言も言ってなかったな……

 

 なかったら違う?

 違うのか?

 ほんとか?


 いやいや、そんな事、ないだろ…

 本当にないのか?


 それを言ったら、今の彼女の行動もあり得ないのではないか?

 

 今の彼女は……

 

 そう思い俺は自分の頭を強引に横にそらして僅かな隙間から彼女の表情を確認しようと首を右に動かすと、彼女もそんな俺の動作に気づいたのだろう。

 自分の首をゆっくりと俺の方に向けたのだが、その時の顔が何とも快感に満ちているような顔を浮かべている。


 間違いない……


 彼女は全てを理解した上で、最終的には自分の考え通りに事が運ぶと確認をして経過を楽しんでいる。


 そう俺は確信してしまった。

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