第4話◎質問の答え
「ちょ、ちょっと……真奈美さん?落ち着いて冷静に話し合いましょうか?」
俺はパニックのあまり、目の前の女性に普段はつけないのに『さん』を付けて呼んでいた。
苦肉の策には違いないが、何とかこれで一瞬でも彼女の意識をそらすことができれば……
そんなことを俺は思っていたのだが……
当然、そんな付け焼き刃が上手く行くのであれば、今こんな状況に陥ってる訳はない。
「4」
彼女は顔をあげ俺の方を見たかと思うと一言だけそう言った。
顔はなんとも感情がよみにくいと言えばいいのだろうか……
何とも言えないような表情を浮かべている。
一瞬、全身に不思議な感覚が走ったのだが、今はそんな感情にうつつを抜かしている暇はない。
どちらかと言うと立ちきるために今日という場を設けたのだ!
俺は自分の感情を彼女に見透かされたくないので、視線をとりあえず下に向けたのだが、その行動を彼女は良く思わなかったのだろう。
自らの唇を俺の右耳のそばに再び近づけてきた。
そして……
「いいの?」
とただ一言だけ呟く。
彼女の言葉から息が漏れたことで、俺の耳が刺激を受けてゾワゾワっとした感覚が全身を襲うのだが……
やはりここでも、そんな感覚に自分の身を任せている余裕などはない。
彼女は今、俺に「いいの?」と聞いてきた。
そして、彼女は先程から声に出している数字だが……
あれは恐らく、彼女のカウントダウンなのだろう。
何のためのカウントダウンなのか?
それは、きっと彼女が出した質問?
いや、もはや命令や使命と言った方が適切なのかもしれない。
それらに対する答えを彼女が待てる時間と言う意味でのカウントダウンなのではないだろうか!
そして、もちろんその答えと言うのは決まっている。
俺には選択肢が一つしか残されていないのだ。
だが、とは言っても良いのか?
ついさっきまで別れるつもりで話をしていた相手に対して、考えを180度変えて好きだと言ってもいいのだろうか?
もし仮に、ここで俺が意地を見せてノーと言う答えを出した場合。
きっと彼女の事だ!
他の質問なんてすっ飛ばして、恐らく先程の約束なんて無かったかのごとくとんでもないことをやってくるにきまっている。
そうなるとどうなる……?
きっと俺は耐えられないだろう……
誰が見ても異常と思ってしまうような雄叫びをあげながら俺はファイナルアンサーを迎えてしまうに違いない。
であれば……
やはり俺を守るために、ここは彼女の意思を組んで……
意思を組んで、イエスと言うのか?
でもそれは男としての尊厳と言うのを捨てることになるのではないだろうか?
さて困った……
俺はここで男をとるのか俺をとるのか究極の二択というのを迫られることになったのだ。
俺は
男をとるのか
俺をとるのか
行く方向はどちらか片方のみ。
どちらに転んだとしても自分の中で大ダメージは避けられない気がする……
そう思った瞬間……
「3」
また、悪魔の囁きが俺の右耳から聞こえてきた……
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……
納得いく結論が出る前に3まで来てしまった……
恐らく0=Ready Fight!ということだとするのであれば、残すカウントは1と2のみ。
だが残り少ない時間にも関わらず、まだ結果と言うものがでない。
どうにかしてここは彼女から温情を引き出す必要がある。
そう思った俺は……
「なー、真奈美。ちょっとさー、考える時間をくれないか?」
俺はダメもとで言ってみたのだが……
「ん~?時間?別にいいけどぉ~。どのくらいの時間?」
反応は意外や意外。
真っ先に却下されるのであろうと思っていたのだが…
なんと思いの外良い返事がもらえたのだ!
自分なりにではあるが、ここまでのやり取りは我ながらではあるが満点に近いといえるだろう。
後は、彼女からどれくらいの時間を引き伸ばせるか?
と言うことなのだが……
右手で俺を押さえ、俺の腹から胸の辺りで俺に体重をかけるような体勢でいる彼女。
先程まで左手は俺の首元にあったのだが……
今は、その左手が見えない……
俺の行動を制限しようとしていた左手。
彼女としても俺を押さえておきたいと思っているはず。
それなのに、今はないと言う矛盾。
俺は自分の素晴らしい洞察力を働かせて彼女の左手の行方を追った。
すると……
彼女の左手は俺の頭上、10~20㎝の辺りで発見する。
一瞬、近くにあり驚かせるなよと思った、左手。
全く何をしてるんだよと思い、彼女の左手を見ながら彼女の顔も確認してみたのだが……
彼女が再び悪魔に魂を売り渡したような顔をしている。
今日、何度も恐怖を感じることになったあの顔。
それを見た瞬間、俺は全身に悪寒を感じたが、そんな暇などないと思い強引に彼女の左手を確認してみると……
彼女は何と!
左手にリモコンを持っていたのだ!
「え?」
俺はその瞬間、思わず声が漏れてしまった。
それもそのはずで、彼女はリモコンでビールを注文しようとしていたからだ……
「ねー、気の抜けたビールみたいな声出してないでさー。注文しない方がいいよねって聞いてるんだけど~!どうなの?」
どうやら何度か、俺に聞いていたようなのだが、あいにく最初の方は聞き漏らしていたらしい。
そして何とか聞けた最後の問いによると…
彼女は確かに言った「注文しない方がいいよね」と……
恐らく彼女は俺が考える時間を欲しいといったことに対して、それならば俺が考えている時間ビールを飲みながら待つよと言う意思表示なのだろう!
ここは居酒屋、だからビールを注文するのは全く問題ない。
現に今、俺たちのテーブルには、お茶が二つと一品料理の卵焼きが一皿あるだけだ。
テーブルは空に近い状態と言えるだけに、追加の注文をするのは当然のことと言えるのだが……
問題なのは俺の格好。
多分、彼女のことだ。
自分が注文をした後でも、右手の権力を手放すことはしないだろう。
下手に交渉をしたりすると、彼女のことだ職権濫用のごとく力を行使してくることも考えられる。
人類の歴史の中で度々、偉人により成功してきたと言われる無血革命も一朝一夕に成功できたわけではない。
長い間の年月と言うものを必要としてきたのだ。
彼女が注文して店員が持ってくるという短い時間。
こんな時間で俺が無血革命に成功する確率なんて0に等しいだろう。
そうするとどうなる?
今の姿を店員に見られるということなのか?
確か先程、お茶と料理を持ってきた店員さん、女性だった気がする……
と言うことは……
女性に今の俺たちを見られるということなのか?
そうなってしまったら、多分ファイナルアンサーどころの騒ぎではないような気がする……
そんなことがあってもいいのだろうか?
いや、絶対にあってはならないことなのだ!
それにだ…
俺が彼女との別れ話を考えるきっかけになったのも元はと言えば酒が原因である。
その酒を今、彼女に飲ませることはできるか?
いや!
絶対に飲ませるわけにはいかない。
今飲ませてしまったら彼女はどれ程の感情を爆発させるのか想像など絶対にしたくない。
そう思った俺は、彼女の「注文しない方がいいよね」という問いに対して全力で何度も首を縦に振っていた。
「だよねー。うん、そうだよねー。じゃー、イエスかノーかどっち?はっきり言ってくれないと分からないよ」
と彼女が言ってきたので俺は彼女に注文しない方がいいという意味で、
「イエス!」
とはっきりと言ったのだが、俺の言葉を聞いた彼女は……
「信ちゃん、ありがとう!やっぱり私の事を好きなんだよね!」
そう彼女は言ってきたのだ……
いや……
真奈美さんよ……
それは何か違う気がするのだが……
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