第34話○不思議な声

 魔王の睨みは一瞬では終わらなかった。

 と言うよりも一度俺に目線を合わせると、そこから全く視線をそらす様子が感じられない。

 そしてそらすどころか眉間にシワ寄せ、後ろには悪者独特といった感じの怪しげなオーラを漂わせる始末だ。

 

 まるで……


 おい、小僧!

 ワレ、嘗めた口を利くのも大概にせぇよ。

 こっちもなぁ、あんまおちょくられると抑えがきかなくなるんじゃ。

 それが例え言われたのがデビュー間もないヒヨッコだとしてもなぁ!

 明日も五体満足でお天道様の下を歩きたいんじゃったら、コッチの言うこと聞かんかい、ボケがぁ!


 とでも言いそうな表情をしていた……


 お前はバッドエンド映画に出てくる最後の最後に出てきて全てをかっさらう真の裏ボスにでもなったつもりなのか?

 ああいう映画は、続きも見たくなるような要素があるから成り立つものなのだぞ!

 悪者による無秩序な暴力だけで、人を呼べるわけがないだろう!

 少しは考えなさい!


 んー……

 それにしても……


 アナタカノジョデイタイノヨネ?


 俺の中では、彼女は俺とは別れたくないと思っていたのだが、それは気のせいと言うことだったのだろうか。

 少なくとも、あの居酒屋であったことは嘘だったのだろうか……


 普通、あそこまでのことをする相手に、ここまで非情になれないだろう。


 嘘や冗談で、俺の俺をボロ雑巾のように絞り、そして今では俺の食料を搾り取ろうと言うのか?

 どれだけの畜生なんだ……


 それとも何か……?

 アイツの中で俺への気持ちというのは食い物の次だとでも言うのか……?


 おい、お前が今まで俺にどれだけの迷惑をかけてきたと思っているんだ?

 いくらなんでも、それは無いだろう……


 そう思った直後……

 『その程度しか思われていないから迷惑をかけられてきたんだろう』

 と言う神の声がどこからか響いてきた。

 

 えっ……?

 そんな感じなの?

 彼氏とか彼女ってそんな感じでいいのか?


 だって……

 ともすると一生の問題になる可能性だってあるんだよ?

 

 だから

 『一生お前のマウントを取り続けると言うことなのだろう?』


 『いいか?

 過去の俺よ!

 お前が彼女と結婚した後の未来の俺というものを教えてやろう。

 先ず、お昼は毎日、弁当を渡される。

 おかずは塩鮭一枚、梅かゴマ塩が添えられているドカ弁。

 彼女いわく、これが彼女の中での心のこもった最上級の愛妻弁当らしいぞ。

 お前のお小遣いはタバコも吸わないならということで月に五千円に決められる。

 ちなみにこの時お前は通勤中にいた高校生二人組が「月の小遣い5000円だとやってられないから7000円に上げてもらった」と言い合っているのを聞いて心の中で涙することになる。

 マイホーム購入を理由に個人所有の銀行口座など財産の類いは全て没収。

 これは親戚や友人などからもらった金券の類いも全て含む。

 会社や友人の付き合いにより臨時出費を考えなければいけないとき、彼女に領収書の確認が義務付けられるんだよ。

 コピーはダメだ、複製ができるからな!

 絶対に原本を彼女の目にて確認させなければいけない。

 会社に提出?「その前に私に見せればいいだけでしょ?」何て言われるだけだぞ!

 有効期限は日付から3日以内という制限付き。

 そして心配とは名ばかりの24時間体制でGPSと追跡ツールの使用によりスマホやPCなど私生活の全てにおいて履歴と言うのが監視される絶対王政が始まるのだよ。

 いつしか、そんな現状に手が回らなくなったお前は、彼女に内緒でキャッシングに手をだし、月々の小遣いもその時の利息に消えていく。

 30万円借りたときの利息が月々約3500~4500円、遅れずに返済はできていても残高はほぼへらない。

 ギリギリの状態で毎日を過ごすことに疲れたお前は、ふとしたことをきっかっけにキャッシングの枠を増加してしまう。

 返済だけは滞っていないお前は、金融会社には優良客だからな、所定の書類を持っていくと簡単に枠を増額してくれるぞ。

 だが、それは一時の逃避にすぎず、あっという間に借金で首が回らなくなる。

 とうとう観念して現状を彼女に打ち明け自己破産を考えると言うと、

 「破産はダメ!家をとられるでしょ!債務整理にしなさい」何て言われお前は債務整理を選択することになるんだ。

 彼女のいう通りに行動したお前だが、そこから自らの失点をネチネチと責められることになり耐えかねたお前は離婚を余儀なくされる。

 そして慰謝料代わりと言うことでマイホームの名義を彼女一人に書き換えられてお前は全てを失うんだ。

 この時に残ったお前の現状は、返すあてもない借金と彼女の元にいる月一で会わせるという約束をしているにも関わらず約束の日には必ず体調が悪くなり、いつまでも会うことができない子供たちへの養育費だけだぞ。

 最初は頻繁に来ていた子供たちからの写真付きのメール。

 頻度も1週間に1回、2週間に1回と徐々に回数が減り、写真が付いていないどころか文面もどんどん短いものになっていく。

 大丈夫だ!

 仕事も忙しくてお前が気づくのは大分後になってからだからだ。

 そして気づいた頃にはアドレスと番号が代わっていて連絡先がわからなくなっていることであろう。

 もちろん、そうなってしまってからでは誰にも相談することなどは叶わなくなるぞ!

 どうしようもできない気持ちで彼女に子供たちへの思いを喋ったとき、彼女に「再婚するからもう関わらないで。もちろん養育費もいらない」と冷酷な表情でハッキリと言われたとき、お前はどのような気持ちなのだろうなぁ?

 そんな人生がお前の理想とするべきものであるというのであれば、素直に身を任せるがよいぞ』


 ……


 本当なのか……

 俺は突然聞こえた、この不思議な声の言うことがどうにも疑うことができず全身の力が抜け、その場に項垂れるしかできなくなっていた……

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