第21話○決死の覚悟の果てにあったもの

 俺は彼女が買った商品が入っている買い物袋を両手に持っている。

 どう考えても、そんなにいらないだろう……

 そして彼女の方はと言うと戦利品とばかりに店員から貰っていた売れ残りケーキを持ちながら、コンビニを出たのだが……

 その顔は『我こそが魔王である!』と言わんばかりに満面の笑みが溢れていた。


 そのケーキで彼女は祝勝会でもやろうというのか、俺にとっては畜生会ともいうべき催しに思えなくもない。


「いやー、みんないい人だったねぇ~」


 追い討ちとばかりに魔王は、そんなことも言ってくるんですが、彼女の中ではあのコンビニ大虐殺が微笑ましい光景とでも思っているんでしょうかねぇ……

 それとも自身の勝利というのを噛み締めているんでしょうかねぇ……


 だとしたら、ヤツの心のあり方というのを疑ってしまうんですけど……


 って……


 あー、そっかー……


 俺はどうやら勘違いというヤツをしていたらしい。


 人ですらない魔王の心なんて疑うまでもないですよね。

 こういう些細な思い違いというヤツが、大事な場面で敗因となるんですね、了解しました!


 僅か1時間で何と90万人もの人間が魔王の餌食となったコンビニ大虐殺ではあるが、それが終わったからと言って俺の心の中がスッキリと言うわけにはいかない。

 友好的な条約なども結んでいない中で、思いのまま欲望のままに暴力行為を繰り広げられた後となっては、今俺の心の中は恨みの炎でいっぱいなのだ。

 それに彼女は南極条約において使用を許可されていない兵器を投入したのは明白な事実である。

 

 現時点では時間を戻すことは不可能なので、俺の失われた尊厳というのを取り戻すことはできない。

 だが、だからと言って彼女のやって来た所業というのが正当化されるのかというとそれもまた別問題だろう。


 ここは一発、ガツンと攻めねばならない!

 そう思った俺は


「なー、真奈美。なんでコンビニで、あんな嘘言ったんだ?」


 いくら仏のような心を持っている俺としても嘘までつかれると納得いかない。

 なので俺は彼女に改めて、そのことについて問い詰めるのだが……


「……」


 一切の言葉もない……

 と言うかこちらを全く見ようともしないで、気配を消しているかのように平然と歩いている……


 私は空気です、とでも言うつもりか?

 殺気を放つ空気と言うのは、さすがに無理がないだろうか……


 彼女の反応は無しとして、顔の方はと言うと……

 俺の考えを嘲笑うかのごとく……


 えっ?

 顔の方も無反応?

 これまたガン無視ですか?


 もしかすると……

 聞こえてない?

 

 いや……

 まてよ……


 いくらなんでも極悪非道な彼女とは言え、あれほどの行いを行ってしまったら自責の念というのが生まれてくるのだろう。


 と言うことはだ……


 きっと今、彼女の中では反省という言葉で埋め尽くされているのだろう。

 その反省の心が強すぎるあまりに俺の言葉など聞こえなかった。


 そう言うことなのではないか?


 そう思った俺は、再び彼女に声をかけようとしたのだが……

 俺が声を掛けるか掛けないかという絶妙なタイミングで、彼女が振り向いてきた!


 おっ!

 さすがに今のは、自分でも悪いと思ったのか?


 ナイスタイミング!

 正直、どういった感じで声をかければ良いのか迷うところだ。

 彼女の方から歩み寄ってくれるということなのだろう。


 そうだ、思えば彼女は確か俺とは別れたくないはず。

 恋人でいたいと思っているのだから、俺が彼女にマイナスイメージを持つようなことというのは避けたいはずなのだ!

 どうしてこんな簡単なカラクリというのものに気づかなかったのだろうか。


 そう思った俺だったのだが……


 振り向いた彼女は、お得意の下卑た笑みを浮かべ一瞬、俺を見上げたかと思うと直ぐに前を向いて平然と歩き出した。


「……」


 俺は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。


 何故、彼女はこっちを向いたのだ?

 なんの理由があって彼女は俺に下卑た笑みを浮かべたのだ?


 と言うか、本来ならばコンビニでその表情を遺憾なく発揮するべきだったのではないか?


 あの表情をするときの彼女……

 それは、ほぼ例外なく自分の思うように事が運んだときのはずなのだが……


 それならば何故、彼女は今のタイミングであの笑みを浮かべてきたのかだが、この状況で考えられるとするならば……


 今、俺と彼女は全く争い事を繰り広げていない。


 これは紛れもない事実である。

 そしてその事実から考えるに導き出される回答というのは……


 コンビニでのやり取り?


 えっ……

 嘘だろ?

 彼女は、あれほどの大虐殺というものを何とも思っていないということなのか?


 使用を禁止されている兵器を使っても平気だというのか?

 嘘をついても勝てば良いというのか?


 それはいくらなんでもあんまりではないですか?


 彼女は俺の彼女のままでいたいのではないのか?

 俺との距離を詰めたいと思っているのではないか? 

 俺との温度差を開くという行為は避けなければと思っているのではないか?


 そう思って、俺は再び彼女の行動を確かめようとした瞬間…… 


「ふんっ……」


 彼女が今、チラッとこちらの方を見た後で鼻で笑った。

 そしてその瞬間、俺は思い出した。

 彼女には人の血がかよっていないということを……


 彼女の真意が見えたこの瞬間、俺は足がすくんでしまい次の一歩が途端に出なくなってしまったのだが、恐らくそれは魔王にも【想定の範囲内】というヤツだったのだろう。


 彼女もまた俺と同じタイミングで足を止め、その直後ゆっくりと俺の方を振り向いてきた。


 見られていたのか……?


「ねぇ、信ちゃん」


 ゆっくりと低い声。

 だからと言って聞こえにくいというわけではない。

 しっかりと心の中に響いてくるような力強さを持っている。


 この声を聞いた瞬間、俺はただただ自身の中に恐怖という感情が生まれるのを指を咥えて眺めていることしかできなかった。


「えっ……何が……」


 言葉もこれだけ。

 これ以上の言葉を発してしまったら、その言葉と一緒に恐怖が溢れてくるかもしれない。

 そう思ってしまい、それ以上の言葉が出せずにいた。


 一歩、また一歩と彼女が近づいてくる。

 足がすくんで動けない、声がでない俺は彼女との距離がつまっていくのをただ黙ってみているしかない。


 これは、間違いなくヤられる……


 どっちの方?

 なんて聞かれたら、もしかして反応に困ってしまうことになるのかもしれないのだが、どちらにしても俺がただではすまないというのは明らかなのだろう。


 そんなことを考えていくうちに彼女の行動というものがどんどんスローに見えてくる。


 一瞬、あれ?

 そんなバカな?

 などと思ったりはしながら周囲を確認してみると、スローになっているのは彼女だけではなかった。

 僅かに降っている雪、遠くから見えるタクシーなど俺の確認できる全ての環境。

 そして、俺自身の行動というのも、スローになっているのをハッキリと感じていた。


 もはや怪奇現象の連続だけに、今さら俺の身に何が起きても構わない。

 そう思った瞬間、俺の頭の中にこれまで自分の人生で起きた様々な記憶というのが入り込んできた。


 あっ……

 これ、知ってる。

 確か走馬灯って言うヤツだ……

 あれって、確か死ぬ瞬間とかに見るヤツなんだよね……


 無意識にそう思ってしまった俺だが、そう思うと言うことは自分の中で死と言うものを覚悟したのだろう。

 俺は彼女が自分のすぐ前に来た瞬間、思わず目をつぶってしまった。


 一秒後か二秒後か分からないが、彼女が俺のところまで来たと言うことは、何か考えがあったと言うことなのだろう。


 具体的にはどういったことなのかは分からないが魔王のことだ。

 次に行ってくる攻撃も無差別テロが可愛らしく見えるような残虐非道な行いをしてくるに違いない。


 今のこの状況で、俺に抗うすべというのは思い付かない。

 そう思っていると……


「……、信ちゃん!信ちゃん!聞いてる?」

「えっ?」

「もぉ~、やっぱりそう!聞いてなかったんでしょう~!」

「あー、ごめん……」

「だ・か・らぁ~、何度も着いたって言ってるでしょ!」

「へぇっ?」

「もぉ~、期待ばっかしてたらダメだからねぇ~」


 何て言う彼女の顔を見ると俺の左側を指差しているのだが……


 どうやら俺は自分のマンションに無事?

 なのかどうなのかは不明なのだが到着したらしかった……


 俺は自分の人生の覚悟まで決め込んだのだが、どうやらそれは首の皮一枚の差で第二ラウンドまで持ち越されることになったらしい。


 彼女の言葉に俺はため息をつきながら、腰が抜けてしまった……

 もちろん期待などはしていないはずだ……

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