第20話◎核爆弾
一発もらう?
そんなのは最初から「想定の範囲内さっ。肉を切らせて骨を断てば良いだけのことだからね」と言わんばかりに、彼女は俺の右をもらいながら、大きく左足を踏み込んできたんです。
俺の中で勝利を確信できるほどの一撃だったのにも関わらず、それを彼女は受けきったんですからね。
モロにですよ……
正直、彼女の首はどうなってるんでしょうかね。
そしてその事に俺が気づいた時は、もう既に彼女に踏み込まれた後ですからね…
後は出来ることと言ったら歯を食い縛ることくらいでしたよ。
「絶対に実は出さない!」
彼女は一瞬、俺のことをちらりと見た後すぐに下を向いたんです。
その瞬間、正直、ヤッター!
これは初勝利か?
なんて事を思ったんですけど……
違ったんですよ……
何が違ったのかって?
それは、この後に発せられる彼女の言葉……
禁断の呪文……
彼女は下を向いた後、自身の右手を自分のお腹に優しく当てた後、すぐに俺の方を見て言ってきたんです。
あろうことか潤んだ瞳で……
自身を少女漫画のヒロインであるかのごとくイメージしていたんでしょうね。
周囲には突然無数の薔薇が現れましたからね。
一瞬にして魔王の幻惑魔法を食らってしまったと気づいた俺でしたが、でも大抵の勝負ってヤツは気づいた時には既に結果が出てるもんなんですよね……
そう、ちょうど今回の事のように……
あの破壊の呪文を……
そうです!
世の全ての独身生活を謳歌している男子であれば、誰もが恐怖にうち震えることになるであろう、あの言葉を魔王は一切、躊躇うことなく詠唱してきたんです!
「信ちゃん……気づいてたんだね……うん……私……出来たみたい……」
彼女のこの言葉を聞いた瞬間の俺の気持ちがわかりますか?
目の前が真っ暗になり
空気もなくなり
地面が崩れ
何も考えられなくなりましたよ……
もう、こいつアホか?
では済まされないですよ!
人類史上に残るシリアルキラーってやつでございますよ!
人の心なんて持ち合わせていないんですよ。
自己の目標のためならば、いかなる犠牲をも厭わない。
彼女つい一時間ほど前、人を気絶させた後で酒を飲んでいたんですよ!
それも中年のオッサンのごとくですよ!
そんなことしている女が出来てるわけ無いじゃないですか!
これまで、色々と彼女には洒落にならない行動はされてきましたけど…
彼女がここまでなりふり構わないなんて俺は知りませんでしたよ。
ここまで散々見せてきた下卑た笑み。
それを今ここで見せるのかと思ったらですよ、全く見せる片鱗も見えないでひたすらに演技。
全くビックリしますよね。
本来のお前は崖っぷちでアリバイを崩されてトリックを見破られた真犯人のごとく狼狽しているのがお似合いだってのに……
あれ?
それは、今のおれですか。
でも、今回の場合はそれも仕方がないと思いませんか?
何の前触れもなく核爆弾を投下してくるヤツがどこにいるんですか?
私が考えていたことなんか、せいぜいが真珠湾攻撃程度のことですよ。
それを彼女は……
意図も容易く飛び越えてきますからね……
これほどまでに人の道から外れているなんて事が私も前もって知っていたら……
もしもタイムトラベルというやつが使えて、過去の自分に出会うことができるとしたら、俺は過去の自分にどれ程恨まれてもいいから全力でこいつとの付き合いを阻止しますよ!
「いいか!過去の俺!こいつは南極条約に調印しておきながら、いざとなったら平気で核兵器を使ってくるようなヤツだ!悪いことは言わない!止めておけ」
とね……
だって、じゃないと今の俺が可哀想すぎるんですもん……
彼女、頭がおかしい以外の何者でもないですよ……
彼女は知らないんでしょうね……
世の中には絶対にやってはならないことというのがあると言うのを……
でも
そんな俺の絶望が深くなるほどに、周囲の感情というのは高まっていくようでして……
気がつくと俺の周りにいる人達の肩が再びピクピクと動き出してきたんです。
その動きは、パッと見た目は先ほどと似ているようでしたけど、でも明らかに先程よりは激しい震えでしたよ。
そして、そのまま周囲の一人の客が思わず堪えきれなくなったんでしょうね。
俺の方を振り返り、ニヤっと見ながら言ってきたんですよ!
「おめでとう!」
手なんか叩いちゃって、「いやー、めでたいめでたい」何てことも言ってくるんですけどね。
でも、それは明らかに嘘なんです。
だって、普通おめでとう何て言ってくる人が嘲りや軽蔑と言った表情の目をしますか?
あの時の、あの人の目は間違いないですよ!
そんな目をしていたんです。
そして、その一人が行動を開始すると後は申し合わせたかのように二人、三人と行動をする者は増えていくものでして、いつしか俺と魔王を中心に店内の人々が円を描き出してくる始末で、あげくの果てに……
「いやー、良い縁ですねぇ~」
何て言い出す中年サラリーマン。
おい、お前もなんだ?その嘲りの目は……
お前だって絶対気づいてるだろーが!
こいつの言ってることが嘘だってことが!
気づいているなら、声を高々に宣言してくれないだろうか!
そのためであれば、俺はどんな試練にでも打ち勝って見せるから!
「なぁーにぃ……あの人……」
俺の後ろでは、女子大生風の女の子二人組が出物腫れ物を見るような蔑んだ目で内緒話をしている……
聞こえていないと思っているのだろうがね、貴女方の声と言うものは此方にバッチリ聞こえているんですからね。
お願い、やめてくれ!
そんな目で見られると癖になっちゃう!
他にも俺の横で、真剣に手を合わせ
「年貢の納め時や……」
等と呟くヤツもいたりした。
おい、同士よ。
俺の言い分を聞いておくれ。
何も悪いことは一切していないはずの俺だが、彼女の策略により思わぬ形で晒し首を経験した俺。
こうなってしまうと、彼女に逆らう意思というのはすっかりとなくなってしまう。
俺は牙の抜けた狼として彼女に後を任せて、先にコンビニを出ようとしたのだが……
そんな、もう今となってはどうしようもないタイミングになって、真打ち登場!
とばかりに俺たちの前に姿を表したヤツがいた。
そう!
店員だ!
お気に入りのラブコメを見て抱腹絶倒堪能しましたよと言わんばかりの、その笑顔。
もしもそうだとしたら、主人公は俺ではないことを祈る。
さぞや彼女の蹂躙ショーは楽しめたことでしょうよ!
俺の中でのヤツの評価は、今や魔王の手先となっている。
そして、そんな魔王の手先は俺たちの反応を一頻り堪能した後で、いけしゃあしゃあという具合に偉そうに話に入ってきた。
「いやー、お二人様。おめでとうございます!こちらのお客様は、日頃から当店に来られますので、そんな方の運命の日に立ち会えたことに幸運に思います。そこで、こちらはお二人を祝うべく当店からのプレゼントになりますので、どうぞお受け取りください」
なんてことを言ってくるんで、思わず店員さんが持ってきた結構大きめな箱に目がいってしまったんですけどね……
見るなり、店員さんの行動に呆れて何にも言えなくなりましたよ。
持ってきたのは、縦横高さ共に10CM位の立方体の紙の箱なんですけどね……
見た瞬間分かりましたよ……
店員さんが持ってきたものがクリスマスケーキの売れ残りだってことが!
何が祝うべくの当店からのプレゼントだよ!
てきとーなこと言ってんじゃないよ!
売れ残りだろ?
U・RE・NO・KO・RI
売れ残り。
そんなケーキを見て
「えーっ、私食べれるかなぁ~」
何てことを言う魔王なんですけどね…
お前、余裕だろ?
この前、友達とケーキの食べ放題行ってきたとか言ってたろうーが……
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