第22話○片鱗……

 マンションに着いた俺と真奈美は、その後お互いごく自然に何事もなく俺の部屋までたどり着いたのだが…


 正直、今のこの状況というのが俺には何とも予想外の事だった。


 最初はアイツの方も予想外なのか?

 とは思ったのだが……

 どうやらアイツの方は違うみたいで……

 正直、俺は対戦相手が何を考えているのか分からなくなっていた。


 今、この部屋の主な権利と言うのは俺にあるはずなのだが…

 何故か鍵を持っているのは彼女と言ういたって面倒くさい状況となっている。


 だからと言うか、当然と言うか…


 俺の中では部屋を入る前に彼女が何かを仕掛けてくると思った。


 それこそ俺の中では彼女がボスに行く前に必ず遭遇するフロアマスター的なウザさを発揮してくるのでは?

 と思い、身構えていたのだが……


 一階から二階に上がる際にも、二階から三階に上がる際にも全くそういった状況にはならなかった。

 とは言ってもエレベーターで移動しただけあって、もしかすると彼女の方でそうするだけの時間がとれなかったという可能性も考えられるのだが……


 俺が、気にしてチラッと彼女の方を見ると、彼女は俺の方を不思議そうに見てくるだけで……


「んー…?」


 何て言う感じで目をパチパチさせるばかり。


 俺の方としては、そう言う可愛らしい態度をとられてしまうと反応の方に困ってしまう。


 もう少し、今までの雰囲気同様に


「グヘヘェ!汝、此処を通りたくば我の言うことを聞け!」


 とばかりに悪役全開の対応というのをしてくると思ったのだが……


 来る途中で彼女は一切の変化というのを見せなかった。


 あれ?今までの事は何だったの?

 と思ってしまうほどに順調に俺は部屋の中にいるというわけなのだが……


 正直、それならば鍵の方は返してくれてもいいのになぁ……

 と思い彼女に聞いてみたところ……

 彼女の目が鋭くなったので、他の話でお茶を濁した。 


 なので彼女が何かを考えているというのは想像がつくのだが……


 そして部屋の中まで来たら来たで、また先程の居酒屋のごとく男と女の意地とプライドを懸けた真剣勝負が展開されるのかとも思ったのだが……

 それもなしで彼女は一直線に台所に向かい買ってきた食材の整理をし、そのまま何かを料理しているように思える。


 一瞬、あれ?

 などとは思いながら、ここでも俺は首をかしげはしたが、とりあえず時間があるようなので先ずは俺の方で先に着替えを済ませることにした。


 そして着替えが終わった俺は、居間で彼女が運んでくる食事を黙って眺めている最中で……


 最初は運ぶのくらいは手伝うつもりではいたのだが……

 元々キッチンもそれほど広いわけではない。

 

 そして彼女もそんな俺の状況に対して最初から気づいていたようで


「あー、信ちゃん。とりあえずは座って」


 などと言われて俺は、そのまま座って待つことにした。


 言われた通りに椅子に腰を掛けながら俺はただ単に料理が運び込まれる光景というのを眺めていると、彼女が


「はい、じゃー、後は食べましょうかねぇ」


 何て事をいいながら普通に食べ出すのだが……


 おいおい……

 なんだこの光景は?

 ごくごく普通の光景ってヤツじゃないのか?


 はっきり言って俺の中では全く納得がいかない光景と言える。

 と言うのも、何度も何度も耳にタコが出来るくらいに繰り返すが、俺は彼女と今日別れ話をするつもりで居酒屋に呼び出したし、途中までとはいえそういった話をしたつもりだ。


 それなのに…

 それなのにだ、今俺と彼女は自分の部屋で一緒に飯を食おうとしている。

 と言うか、むしろ彼女は飯を食い始めているわけで、どういった領分で別れ話からここまで話がこじれるのか正直なところ意味が不明でしかない。


 恐らく今までの考えからすると、彼女はどこかで何かを俺に対して仕掛けてくるというのは、最早疑いようの無い事実である。

 

 では……

 どこでだ……?


 百戦錬磨というかいかなる手段も辞さない彼女だけに、もちろん正確な時というのを見定めることは難しいと思う。

 だが難しいからと言って何も手だてを考えないでいるということは、彼女を相手にする場合、それは自殺行為に等しいというのは散々学んだ。

 なので、何度も何度も頭の中で思考を繰り返してみるのだが、全くそれらしい片鱗を見つけることができなかった。

 

 そして、そうしていると俺の横で彼女がこちらの方をチラチラと様子をうかがうように見ている。

 別に何か言葉を喋るわけではないのだが、恐らくは『食べないの?』とかそういった感じで様子を見ているのだとは思う。

 俺の方としても、状況が揃っていないうちに彼女を深くまで疑うというのは避けた方がいいのかもしれない。

 幸い、彼女は今日、この部屋に泊まると言っている。


 それであれば、話し合いをする時間というのはじっくりと取れるのではないか?


 何も急ぐ必要など無いだろう。


 そう思った俺は彼女がわざわざ作ってくれた料理、腹もすいている今。

 一口も食べる前に料理が冷めてしまっては、わざわざ準備してくれた彼女にも申し訳がない。

 とりあえず彼女の心意気にここは甘えようと、自分の箸と皿を探してみると……


 あれ?

 探してみたのだが、俺の分の箸と皿が見当たらない……


 最初は間違いなのかな?と思って、再度探してみるのだが……

 やっぱり見つからない。


 もしかして俺。

 今日色々とあったから疲れているのか?

 そう思って俺は何度も何度も自分が使うための皿と箸を探しては見るのだが……


 やっぱり見当たらないんですねぇ~……


 俺のやったという証拠でもつきだしてみろ!

 と笑いながら言っている連続殺人犯。

 そいつを何がなんでも逮捕してやる!

 と言う執念を出している刑事のごとく何度も現場を往復しましたよ。

 聞き取りもしましたよ!

 それこそ、ありとあらゆる事、全てをやり尽くしました!

 だが、そのかいなく手がかりというものは全く見当たらないんですよ……


 もはや見間違いと言うようなレベルなどではない。

 明らかに無いのは決定である。


 と同時に頭の中に入ってきた事があったので……


 俺は恐る恐る自分の向かいに座っている人を改めて見つめてみると……


 来たよ……

 来ましたよ……


 彼女のお得意。

 キメ顔フェイバリットポーズの下卑た笑み。

 ここでそれを出しちゃうんですね……


「フッフッフッ~!ねぇー。信ちゃん~。お腹すいたのぉ~?」

「えっ……、お腹すいたっていうか……食べるために作ってくれたんじゃないの?」

「ん?確かに食べるために作ったよ。ただし…私がね!」

「はぁぁああ~?」


 俺は正直、こいつは何て事を言ってるんだ?

 と言ってやりたかったのだが……

 これまでの彼女の行動を、ここでとりあえずは考えてみることにした。


 確か先程、彼女は「はい、じゃー、後は食べましょうかねぇ」と言ってたのを俺は覚えている。

 これは彼女が、俺にも食えと言っていることなのだろう?


 それに、その更に前。

 俺が着替えて居間のところに来た時。

 彼女は「あー、信ちゃん。とりあえずは座って」とも言っていた。

 これは自分が準備をするから、俺には座っててということなのだろう。


 更には記憶を遡って見ると、確か部屋に入った当初、彼女は自分はやることあるからとキッチンに入っていったのだが……

 別にあれだって普通の事だと思う。


 俺はそんな感じで、今日彼女と行ったやり取りというのを記憶が続く限り遡っていくのだが……

 

 意外と早くと言うか……

 先程のコンビニでの出来事で、少し引っ掛かることがあったのを思い出した。


 あのときの出来事は彼女の策略により、俺は周囲にとんだ羞恥をさらすことになってしまった。

 それだけに思い出すのは非常に抵抗がある。

 だが、だからといって放置をしていても本当に原因がそこにある場合、解決に結び付くことというのはないだろう。

 だから俺は断腸の思いで、あの時の彼女と俺のやり取りをもう一度思い出していくことにした。

 例外などと言うものは今の現段階では認められない。

 先ずは原因の究明というのに最大限の力を注がなくては解決の糸口はつかめないはずだ。

 確かあの時……

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