第23話○パンがなきゃ…

 彼女はコンビニで買い物カゴを持ちながら手当たり次第に食材を選んでいたはずだ。

 この光景は間違いない、ハッキリと見ていたし覚えている。

 その光景を見ていた俺は彼女に多すぎると言って、そのまま小さな言い合いになったはずなのだが……


 最終的には彼女が自分でお金を払うと言い出したはずだ…


 うん!

 そこまでは覚えているのだが……


 もしかしてそれって……

 あれか……?


 自分の金で買ったんだから私の好きにするわよ!

 的なやつか?


 おいおいおい、真奈美さん!

 それはいくらなんでも心がセコすぎないですか?


 俺はそう思って、と言うよりその言葉が喉元まで出かかっていながら再び引っ込めてしまった……

 それは、彼女の顔が俺にとってはヤッパリ……

 と思わせる顔をしていたからだ!


「えっ?ちょっと待って、真奈美!」

「ん~?」


 パンをめい一杯口に頬張りながら返事をする彼女に、俺のムカつきは止まらない。


 恐らく今、彼女は口で呼吸できないはず。

 それならば是非、彼女の鼻を塞いでやりたい!

 

 もちろん……

 そんな自殺行為などできない。

 出きるわけがないのである!


 俺が腹に入れたのは、先程魔王から施しを受けたたこ焼きのみ。

 最終的にはほぼ1パックもらうことができたとは言え、食べたものはたこ焼き。

 成人男性が空腹時の欲求を満たせるほどの量などはあるわけがない。


 そしてと言うか、

 更にと言った方が良いのか、俺は横で彼女が食料を買い込むのも見ていたし、部屋に来るまでの間荷物を持ってきた。

 そしてその後は、台所で彼女が何かを作るのを目撃していたのだが……


 ここまで来ると俺は自分の中で何かを食えると言うのを期待している。


 いや、違う!

 期待と言う言葉では生ぬるいのかもしれない。


 ここは確信していると言う言葉の方が的確なのだろう!


 そんな空腹で何かを食えると確信している段階で、まさかのおあずけ?


(いや、料理自体は俺の目線の下にあるから、おさずけではないか?

 はー?

 上げる下げるの話ではないのだよ!

 と言うアホ話は置いといて……)


 それはさすがにあり得ないでしょう?


 辺り一面には彼女が作った料理の臭いが充満している空間で、俺だけが腹を空かせて耐えねばならないと?

 そんなのは無理に決まっているだろう。


 もはや彼女が何と言おうと俺には関係ない。

 俺は腹が減っている。

 何があっても我慢できない。

 心を決めた俺は、とりあえず目の前の皿に手を伸ばそうとすると…

 

 あれ?

 目の前にあったミートボールが無くなっている……

 ふと彼女の顔を見ると、パンを飲み込みきれていないのにも関わらず溢れそうなほど大量のミートボールを口にいれている彼女の顔がある……


 えっ?

 神速の域か!

 思わず二度見をする俺を横目にドヤ顔で俺を見る彼女なのだが……


「ねー、真奈美……お前、本気か?」

「んんんー?(何がー?)」  


 噛みながらこちらを向いて返事をする彼女。


「いや、これ全部、お前が食うってこと?」


 白パンが彼女の手元の皿にまとめられているのをはじめ、他にもおかずが7品ほどがテーブルに置いてある。

 女の子一人で食べる量にしたら、多い気がするのだが……

 そう思って彼女の顔を見ると……


「……」


 無言になりながらも何度も首を縦に振っている。

 

 えっ?


 本気か?

 本気なのか?

 本気と書いて『マジ』と読むくらいに本気なのか?

 それとも『ガチ』と読むほどなのか?

 気になって眠れないから直ぐにでも教えてくれ!


 とは言っても……

 多分無理だろ?

 お願いだから、無理だといってくれ…


 そして何度も首を縦に振った彼女は、俺に意思が伝わったと見るや否や再び食事の方を再開するのだが……


「なー、真奈美。お前、いくらなんでもこの量は多すぎないか?ほんとは俺の分も作ってくれたんだろ?」


 もー、食べたくて食べたくてどうしようもない俺は、彼女を何とか説得できないかと必死だった。

 

 『腹一杯なんて贅沢は言いません。おこぼれでも良いので、何か自分にいただけませんか?』そんな気持ちで俺は必死に彼女にすがっていた。

 

 もし仮に『汝の命と引き換えに汝の命をいただこう!』等というふざけた交渉をしてくる悪魔がいた場合。この時、俺は願い事にオニギリ一個を頼んでいたかもしれないほどに自分を見失っていた。


 だが、彼女の方も俺のそんな様子には気づいているのだろう。

 あわてふためき、すがりつくようにお願いする俺を尻目に、我関せずとばかりに食事の方に集中しているだけだった。


 さすがは魔王と言うべきなのだろうか?

 いや、悪の所業に【さすが】と言ってしまうと俺が屈したことになるのかもしれない。

 いつかは魔王討伐を夢見るものとして、それだけは絶対に見逃せないだろう。


 そして…

 もちろんだが魔王のこの行いをいつまでも見逃しておくこともできない。


 これは、もう少しきつく言うしかないだろう……


 まだ試合終了の合図は聞こえない!

 俺はそう心に決めて精一杯の力を振り絞り立ち上がった!


「なー、真奈美。こういう言い方はしたくないんだけど…お前、今ここにいるよな?んで、ここは俺の部屋だぞ。それにお前が買い物をした荷物を持ってきたのは俺だぞ!そしてどうせ、このまま食事終わったら食器洗ったりするのでまたキッチン使うんだろ?俺の部屋のと言うか、今食べている料理を盛り付けている食器も俺のものなんだし……そんな状況で、作った料理は自分だけ食べる?それはちょっと、あんまりじゃないか?少し身勝手すぎるだろ!」


 どうしても彼女が作った料理を食べたい俺は、少しだけ高ぶった感じで彼女に喋ってはいたが、とは言ってもそれは何も闇雲に言ったわけではない。

 持ってきたのは俺、そして今食べている場所は俺の部屋。

 そう言う事実を言っただけで、それならば俺が食事をする権利と言うのもまた確保されるべきなのだろうと言う主張だ!


 もし仮に最悪ではあるが、彼女が俺の言葉に腹をたてた後で帰ってしまった場合、それは第二ラウンドにおいて彼女の不戦敗を意味することになる。

 

 それならそれで多分、後々都合が良くなるはずだ。


 そして、この主張は彼女の方でも若干、思うところがあったのだろう。

 立派な大人の主張を聞いた、化け物は口の中の物を飲み込んだ後、次の食べ物を口にいれずに何かを考え出した。

 

 カウント9.9で立ち上がってからの逆転の一撃。

 俺は自分の才能にこの時、酔いしれてしまった!


 たぶん、俺の言葉は魔王に対して想像以上のダメージを与えることができたのだろう。

 間違いない、ここまで来たらあいつに片ひざをつかせるのも時間の問題。

 後一息だ!

 頑張れ俺!

 そう思い自らの心を奮い立たせながら、俺は彼女に更なるラッシュを叩き込む。


「それとも何か?お前の方で既に話し合いは終わったのか?俺の方ではまだ話し合いとか終わってないと思ってたんだけど……お前はあの居酒屋の結果を受け入れると言うことで良いのか……」


 彼女がチラッと俺の方を向いた……

 間違いない、彼女の心は揺れ動いているのだろう!

 ここは彼女から食料をせしめるチャンス!

 そう思った俺!


「なー、真奈美。このままの状態で話をするのか?それだと多分、お前の話を満足に聞いてあげられないと思うぞ。ほんと、そのくらい腹が減ってるんだよ……居酒屋から一緒だったお前は、それ分かるよね?俺に色々と言われてお前の方でもカチンと来て、こういう行動をとっているのかもしれないけど、でもほんとそれだと逆効果になっちゃうよ」

「んー……」

「なー、とりあえずさー。パンの一個でも貰えないかな?」

「パン?」


 目を大きく開けて俺に聞き返してくる彼女。

 やはり俺の説得は成功したのだろう!


「うん、そう。パン」

「そっかー、なるほどね。分かった」


 ニコッと笑ったことで彼女は俺の言葉を素直に受けてくれた。

 

 よし!

 俺の勝利!


 この時は、一瞬そう思ったのだが……

 続けざまに放たれた彼女の言葉に俺は直ぐ様、戦慄を覚えてしまう。


「パンがなきゃ ケーキを食べれば いいじゃない」


 彼女は箸で俺の背後を指した。

 俺は彼女の指した先を目で追ってみると……

 その先には、コンビニでもらった売れ残りケーキが存在感を露にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る