第47話○逃れられない痛み
突然、何の前ぶりもなく襲ってきた魔王の攻撃。
大地には火に包まれた無数の岩が降り注ぐ。
防御方法もわからず無防備のまま受けている俺は、しだいに意識が薄らいできた。
そして、そんな意識の中で次第にどこからか声が聞こえてくる。
意識がなくなりかけている中で聞こえた突然の声だけに、俺の方でも直ぐに状況を理解することができなかったのだが、とりあえず本能のごとく先ずは声の方に顔を向けると……
「ねぇ~、信ちゃん。気づいてないと思ってたのぉ~?」
顔が近い……
なんと魔王が俺の顔の近くから声をかけてきていた。
自分の左中指が無事山頂に到達したことを確認して、ちょっとやそっとでは抜けることはないと言う自信があるのだろう。
彼女は余裕を見せつつ俺に話しかけてくるのだが……
俺の方は一切の余裕がない。
菊姫様の方も顔全体にピクピクと力を込め、いつ爆発してもおかしくない状態と言える。
俺は先ず菊姫様を宥めるには、敵がどの位置にいるのかを報告するのが最優先だと考えた。
なので状況を確認してみると……
彼女の左手は恐らくドリル攻撃の成果だろう。
しっかりと俺の菊の間にくいついている。
全く左手一本で、あそこまで掘り進んでいくとは驚きの威力に他ならない。
あの深さから考えるに恐らく部屋の至るところに体を縛り付けているのか?
と思えるほどにはがんじがらめの状態に見える。
俺の体を山と捉えると彼女の左手がピッケルと言えるのかもしれない。
直ぐに強制離脱を試みようとしても、ガッチリとホールドしすぎて無理だ。
そんなの構わないと、それでもなりふり構わない行動をとったら多分、俺は色々と失わなくてはいけないのだろう。
まだ人は捨てられない……
「ねー、ねー。返事してよ」
そう言いながら強引に彼女は体をわざとらしく小刻みに揺すってくる。
右手も左手も離す素振りがない彼女は、俺にピタリとくっついたまま強引に体を揺するのだが、俺の方はまだ悪魔の左手の衝撃に慣れていない。
習うよりも慣れろ?
バカも休み休み言え。
そもそも慣れたくもない……
仮に慣れるなら別な人を希望したい。
そうなると……
不意に揺すられることで慣れていない衝撃の方が再び襲ってくる……
「ゲハァっ……」
思いっきり顎を引きながら出る奇妙な叫び声。
一瞬、訳が分からなくなり不意にたち上がろうとしてしまう。
だが、そんなことなどは出来るはずもなく彼女の右手がそれを許さずとばかりに前方の俺をレバーのように引っこ抜こうとする。
一瞬、俺がゴムのように延び『あれ?どこでそんな柔軟性を手に入れたんだ?』なんて事を錯覚した直後、再び痛みが襲ってくる。
ただし今度襲ってくる痛みと言うのは前と後ろの同時にだ。
俺の前後でお互い息ピッタリのクロスボンバーを見舞ってくる。
「ブボォ…」
二倍?三倍?
いやいや、そもそも二つとも痛みの種類が違いますからね。
比べることなんてできないですよ。
今度は引いた顎が振り子運動を思わせるように前に出てきた。
そしてそのまま絶世の美男子とは決して言われていない俺が無様な泣き顔で再び声にならない奇声をあげ、体が無様に二度三度痙攣を起こしてしまう。
俺は自分の事なのに、どこか他人事のように……『名も無きモブキャラが登場と同時に消える感じってこんなのだろうか……』なんて事も思ってしまった。
別に押すとやられるようなスイッチ的な何かなどはないはずだ。
そして、そう思ったのは恐らく俺だけではないのだろう。
目の前の理不尽の権化も同様のことを思っていたのは間違いないはずだ。
「何それ!マジウケる!ねー、もう一回やっていい?」
何て言う魔王の言葉が聞こえるのだが、やられている俺としては当然洒落でやっているのではない。
そう何度もやられたら、マジで死活問題なんです。
と言うか……
お前、その気になれば絶対に出来るよね?
でたよ……
コイツまた俺で遊んでるよ。
そんなお前に俺が『一回とは言わず何度でも!』なんて事を笑顔で言ってくると思ったか?
言うわけがないだろ。
そもそも今以外でも一生お断りだ。
全力で彼女に向けて首を左右に振り、必死にダメだと言うサインを送る。
それに今、話しかけてきたのお前からだろ?
話を先に進めろよ!
話すことが山のようにあって、俺の反応を楽しむなんて二の次だろうが!
そして出来れば話すことにあやかって両手を離してほしいのだが……
でも仮に離すとしても、そーっとね。そーっと。
いきなり、パッと離されると痛みが全身を襲ってくるから、そういう嫌がらせ的なことはやめてね。
よくあるでしょ?
テレビとかで芸人さんが腕や足にガムテープをつけて、それをとるやつ。
あれって、みんないきなり剥がされて全身転がり回ったりしてるでしょ?
そういうのは止めようね!
でも……
あれって……
確か『ヤメロ、ヤメロ』は『やってくれ!』の裏返しなんだっけ?
えっ……
そもそも私、芸人さんじゃないからね。
一会社員でございますから……
リアクションのプロでもない俺がもう一度されても、またあんな反応出来るとは限らないからね。
なんて事をバレないように彼女に対して思っていると……
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