第48話○追い詰められる俺…
「ジャンケン、私の勝ちだよね?」
鼻を膨らませながら上目使いに言ってきた。
上目使いとは言っても……
可愛らしい女の子が狙った男子を落とすための目線ではない。
どちらかと言うとサングラスをかけた怖い顔のお兄さんがサングラス越しにコチラを見て威嚇するような目線に近いと言える。
いや、むしろ……
そうとしか思えない。
「えっ?勝負……?」
話を進めろ!
と言う俺の願いむなしく、彼女は俺との話を過去に戻してきた。
そして表情が表情だけに……
彼女の方としては、この場でケリをつける気まんまんなのだろう。
少なくとも今の段階では引く様子と言うのは全く見られない。
俺の方としても、どこかで出してくるとは思っていたのだが……
やはりとでも言えば良いのか?
余裕のない俺の気持ちなど関係ないと言うことか。
そうなると……
俺はここで究極の二択と言うものを迫られることになるのだが、俺には一切の余裕がない。
もちろん下卑た魔王のことだ。
俺が一切の余裕がないと言うのは100も承知なのだろう。
その段階で、俺に力づくで敗けを認めさせてケーキを奪っていく気まんまんとしか思えない。
「ねー……」
俺が答えられずにいると、彼女は無造作に顔を更に近づけてきた。
もはや距離などほとんどない。
彼女が喋る際に自然に漏れる息を感じられるほどに近い。
えっ…?
何?
俺の方も顔の距離があまりにも近くなったことで彼女の顔の表情を把握しづらくなっていた。
今までと全く違う彼女の顔に俺が気づいた直後。
彼女の次の行動が予測できなかった俺は一瞬、息があたり不覚にもドキッとしてしまうのだが……
こういう時に限って現実と言うものを実感してしまうことになる。
もはや彼女が顔を近づけ息が当たり僅かに体がピクッとなった瞬間でさえ、俺の菊姫様は先程の恐怖を感じてしまうようで……
条件反射のように大声をあげて泣き出してしまった。
まるで東北地方に伝わる鬼の化け物でも見たと言うのだろうか。
ただ、魔王を見ても菊姫様は元気に育ってくれないとは思うのだが……
むしろ……
育つとしたら、そっちの方面はやめてくれと言うぐあいにしか育たない気がする。
そして当然、今の俺がそんなお姫様を落ち着かせる手段があるはずもなく……
「いんぎゃぁ……」
俺も大した手だてがあるわけではないので、結局のところ菊姫様とただ一緒に無様な声をあげるしかない。
「信ちゃん。早くしないと……多分、もたないよ」
彼女はニヤニヤしながら自分の俺の顔を除き込んでくる。
恐らく俺の反応も予期していたのだろう。
そしてもちろん面白いのだろう。
彼女が言っている「もたないよ」の意味。
それは、もちろん目の前にいるこの俺と菊姫様の容態に他ならない。
今起きている出来事と言うのは彼女が原因だとしても、全てが俺の体の中で起きていることだけに言われなくても分かっている。
現に今、お姫様の体の痙攣は前にもまして大きなものになっているのだから。
こちらとしても、いつ大噴火を起こすかとビクビクしているんだ。
それに先程からやっている百面相も演技や悪ふざけで行っているわけではない。
だがしかし……
彼女の言う意図と言うのは『お前は限界近いのだから無理せずに敗けを認めろ』ということなのだろう?
それは分かるのだが……
こんな勝負があっても良いと言うのだろうか?
良いわけがないだろう……
そもそもこれを勝負と認めろよとでも言うのか?
アホか……
認めれるわけはないだろう。
「真奈……美ぃ……、おでぇ……」
俺の言葉に合わせるように、すぐさま入る両手の妨害に俺は言葉を続けることができない。
大口を開けたまま舌を細かく動かすことはできても、それが声まで繋がらなくなってしまう。
お前は二塁手から相手ピッチャーの球種のサインを送られたバッターなのか?
おい、お前!
そう言う非紳士的プレーと言うのは……
あー……、そうか……
目の前の対象に非紳士的プレーと言うのは無駄だよね。
「んー?何ぃ?ほしぃのぉ~?」
彼女は様子を伺うように聞いてくるのだが……
白々しいのにも程があると言うのは彼女のことをいうのだろう。
お前の行動が原因で俺は喋ることができないんだよ!
幸い今の動きは、ごくごく些細なもので、直ぐに俺は平常心を取り戻すことができた。
菊姫様の方も何とか踏みとどまってくれたようで……
後で落ち着いたら飴玉あげますので我慢してくださいね。
えっ?
飴じゃなくて鞭がいいって?
へっ?
貴方様は何を仰ってるんですか!
もう毒されてきちまってるじゃないですか!
ヤバイヤバイ、もう残り猶予時間もないと言うことですね。
一度は取り戻すことができた平常心だが直ぐに別な意味での焦燥感が芽生えてきた。
焦りを感じつつも今の俺には取り分け良い手だても思い浮かばない。
なので、そのまま僅かに残っている平常心で彼女の方を見るしかないのだが……
俺の方が『おい、お前。今のは何も触れずに行くつもりなのか?』と思っているのは、察しがついているのだろうに……
正反対に彼女の方は涼しい顔をしている。
その顔は『もはや機は熟した。我の望む答え以外は受け付けん』とでも言っているようにしか俺には思えなかった。
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