第46話○神の右手、悪魔の左手
彼女は自分の体をこれまでにないくらい俺にピッタリとくっつけてきた。
はっきり言って俺は彼女の不意にきた行動の意図が分からない。
『今さらそんな事をされたところで、最早お前に対しては微塵も気持ちの高ぶりなどはないぞ……』なんて事を思っていたのだが……
実は彼女の真の狙いとは別のところにあったのだ。
彼女は俺と隙間なくピッタリとくっつくことで、背後から内部へと侵入できるスペースを確保していたのだ。
そして、そのまま彼女の左手は俺の背後にある隙間から、内部へと一気に侵入してくる。
彼女の左手はまるで目も眩むような財宝が最初からあると分かっている洞窟に入る盗賊のごとき暴れっぷりを見せつけていた。
歯向かう者は片っ端から。
そして目につくものは、とりあえず根こそぎ持っていく。
ヤツラ、悪者どもが通った後は髪の毛一本、塵一つ残っていない。
「ちょっ……ごひぇ……」
一瞬、俺は自分が豚にでもなる魔法をかけられたのかと思ってしまったのだが…
どうやら、そうではなく何が起きたのかを本能的にしか理解できなかった俺は、自分の脳が考えるよりも早く本能からの叫びを漏らしていたのだ。
恐らくは、反社……
あっ……、失礼しました。
反射の域を越えたのであろう。
そして、いつもであればそんな俺のことをあざけ笑っているはずの彼女だが、このときだけは違った。
いつものような勝ち誇った顔を一切見せない。
『我!ゴラァ!逃さんけんねぇ~!』とでも叫び出しそうな鋭い視線のもと、自身の左手を縦横無尽に暴れさせている。
せっかく今、『失礼しました』と謝ったばかりだと言うのに……
これではお前がへんな輩と繋がりを持ちテレビ出演の道は諦めた者のようではないか……
動画配信の道があるから良いだと?
お前の贖罪の気持ちはそんなものなのか?
はぁ?
料理ネタもいいねだと?
お前はバカか?
食材ではなく贖罪だ!
そんな感じだから、もちろん止まるはずはない。
『行き止まり?いいや、違うね。道は最初からあるものではない。自らの力によって切り開いていくものなのさ』
俺の背後で暴れまわる盗賊は、自分達の事を勇者とでも言うのだろうか……
絶対に場を間違えているとしか思えないような台詞をはきながら欲望の限りを尽くしていく。
そして程なくして一ヶ所にて盗賊は集まり動きを止める。
あれだけ自由勝手に欲望のままに暴れたヤツラとは思えぬ見事な隊列を見せながら、恐らく彼らは全員で立ち止まり相談でもしているのだろう。
この菊の間の奥に、恐らくは今まで誰も目にしたことがないような財宝が眠っているのであろうと言うことに……
お願いだ……
やめてくれ……
その奥などには財宝などは眠っていない。
財宝などではなく古より伝わる災厄が眠っているのだよ……
もし万が一が起きて一度起こしてしまったら最後、向こう数百年に渡って人が寄り付かなくなってしまうほどの病気をもたらしてしまうのだぞ。
そんなことがあって良いはずがないだろう……
だが得てして現実と言うものは残酷なもので、そんな俺の願いが非常な悪党達の元に届くはずもない。
やがて彼らは話し合いを終えた後で、魔王と呼ばれるボスの最終判断をあおぐべく視線を集中させる。
魔王は一瞬、目を瞑った後で一息し、直ぐに目を明けてニヤリと笑いながら一言『者共よ!笑え叫べ!欲望のままに全てに身を委ねるがよい!』
この言葉を合図に巻き起こる大歓声。
全員が全員、武器や盾を天高く掲げながら喜びを表現した。
そして直ぐに魔王を先陣としながら盗賊どもは、菊の間の扉をぶち破ってくる。
もはや辺り一面は地獄絵図でしかない。
あーなるとダメだ……
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
『お願いだ……やめてくれ……そっちの方は経験ないんだよ……』
一度始まった大虐殺。
そんな中で少数派である弱者の叫びなどは聞こえるはずもない。
欲望のままに身を任せた悪者の行いに、弱者はただ涙を流し全身を震わせることしかできなかった。
もはや自らの両手でのガードなど何の意味も持たない。
今までに味わったことのない痛みが背後から一気に襲ってくる。
その原因は至って単純なものにすぎない。
彼女の左中指による一点突破が原因なのだ。
鉄をも掘り進むと言われる魔王のドリル攻撃。
俺はヤツにこんな隠しコマンドがあるなんて知らなかった。
今さらどうやって受けきればいいのだろうか……
受けきった先に待っているものは天国なのか地獄なのか。
このままでは俺の最後の理性が両手をあげて逃亡劇何て言うことも直ぐに訪れるだろう……
まさしくこれは悪魔の左手。
一瞬だけ戻った意識の中で『とりあえず捨て身で体をよじらせようか?』と考えてみるのだが……
『あー……そうすると俺の俺が……』直ぐに自分の前に意識が飛ぶ。
捨て身と思っても、それはあくまでも思うだけで、実際に自分を本当に捨てることはできない。
神の右手を持つ魔王は、左手に悪魔を持っている人物だったのか……
あっちを受ければ、こっちが立たず……
こっちを受ければ、あっちがサヨウナラ……
全く良くできた攻撃ですね……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます