第36話○ジャンケン

 彼女の直ぐ後ろには俺の助けを待っている唐揚げさんたちが、そこかしこに溢れている!

 彼らは一度、彼女の手により強制収容所送りと決まってはいるが、まだ送られていない。

 容器につめられ護送車を待っている状態に他ならない。

 護送車は発車していないのだから、もちろんまだ間に合う。

 当然、彼らの中で彼女の手中に収まりたいと考えるものがいるはずなく、今の段階においても俺の助けを待っているのだろう。

 現にみながみな、必死の形相で涙を流しながら「ヘルプミー!」と声高々に叫んでいる!

 

 これはもう唐揚げさんたちを救うしかないだろう!

 

 そう決意をするのだが……


 決意をするのだが、さぁ困った。

 彼女と勝負をするとは言っても具体的にどういった勝負をすればいいのか分からないのだ。


 彼女自身、勝負の形式は何でもいいとは言ってはいるが……

  

 だからと言って…

 問答無用の殴りあいなどを提案するわけにもいかないだろう。

 仮にも男と女だし、さすがにそれはダメだろ。

 とは言っても、彼女も魔王と呼ばれているだけにそれでも俺と善戦くらいはできるのかもしれないが……

 もしかすると俺よりも強いのか……?


 さすがにそれはないだろう。

 今まで彼女の考えにはさんざん驚かされてきた。

 なので何かを考えているだろうとは思うのだが……

 でもだからと言って、無鉄砲な勝負などを仕掛けてくるとは思えない。


 とりあえずアイツの考えの真意とかが分からない。

 なので先ずはトラップを警戒する意味でも、その辺りを探ってみるべきなのだろう。


「えーっと……、真奈美。勝負はなんでも良いって言ってもね……」


 彼女を不審に思うあまり、俺の言葉が歯切れの悪いものになってしまった。

 そして、その俺の様子は彼女の方でも気づいたのだろう。


「そう?別にこれでもいいんじゃない?」


 彼女はチラッと俺の方を見ながら、俺の目の前に力一杯に握った右拳を見せてくるのだが……


 お前……

 マジで言ってんのか?

 さすがにアホすぎでしょ……


「なぁー……、お前……」


 想像はしていたのだが……

 だがそれはあくまでも想像でしかない。

 正直、彼女の言葉から本当に出てくるとは思わなかったのだ。


 そして本当に出てきた彼女の言葉と動作に俺は思わず言葉をなくしてしまった。


「んー?やっぱりジャンケンじゃダメだった?」

「えっ?ジャンケンなの?」

「そうだよ。ジャンケンだよ、信ちゃんなんだと思ったの?」

「あー……、いやー……まぁ……ですよねぇ~!」


 あー、ジャンケンか! 


 彼女の思わせ振りな態度と自分の間違いに思わず笑みをこぼしながら、俺は自分の考えを彼女に悟られないように彼女の考えに頷いた。


 とは言っても、この時に彼女に悟られたくない考えと言うのは、自分の考え違いなどだけではない。

 彼女が提案してきたジャンケンという勝負に対する正当な評価の方においてもだ。


 ジャンケン……

 ジャンケンは体力的なものなどは全く関係ない勝負。

 なので男と女が勝負をするということであれば、公平と言う点において考えると恐らくジャンケンというのは悪くない選択肢のはずだ。


 そう!

 公平な勝負になるとは思うのだが……

 ただ、その勝負だと公平すぎて……

 あまりにも運に左右されてしまうんだよね……

 

 もし勝負をすると言うのであれば、ここは絶対に負けられないと言うのは彼女も一緒のはずだ。


 それなのに一体なんで彼女はジャンケンを勝負として提案してきたんだ?

 ジャンケンに必勝法なんていうのは無いだろう……

 

 それとも何か……?

 アイツは運任せにしない方法というのがあるというのか? 


 俺はそう思いながら、彼女のことを一点に見つめる。


 そして、この時ふと思い出したことがあった。


 あれは確か今から3~4日ほど前のこと。

 俺は珍しく取引先のアポが決まらずに社内にいたのだが、その時に彼女の方は確か給湯室のところで友達と無駄話をして仕事をサボっていたはずだ。


 その時、彼女は……

 確か友達とジャンケンについて話し合っていた気がする……


 あれ?

 と思った俺は、何か手がかりを見つけた気がして、彼女と友達の無駄話をできる限り思い出してやろうと全ての力を振り絞り全神経を研ぎ澄ませた。


 友達「ねー、ジャンケンの必勝法って知ってる?」

 彼女「ジャンケンって運勝負じゃん?必勝法ってあんのぉ~?」

 友達「実は……あんのぉ~!」

 彼女「マジで?チョー気になるんだけどぉ~」

 友達「んじゃー、ちょっとやってみる?はい、さぁ……じゃーん、けーん」

 ……

 彼女「あっ……、負けた……」

 友達「でしょぉ~。まじすごくなぁーい?」


 って会話をしていたはずだ……

 そうだ、彼女は友達とアホ丸出しの喋りで何かを話していた。

 あの時は二人で今時、ジャンケンでそんなに盛り上がれるわけはないだろう?

 アホらしいなぁ…

 と思い軽く流していた会話だったのだが……

 それがこんな形で思い出す羽目になるとは全くもって予想外の展開と言える。

 何をしてどうなったのか、彼女と友達の実際の動作と言うものを俺はあの時見たわけではないからはっきりとは分からないのだが……


 だが、彼女が何かを仕掛けてくると言うのは最早疑いようのない事実と言えるだろう。

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