第13話◎エンドレスおやちゅ~
怪物は俺がいつまでも行動を移さない状況に痺れを切らしたのか……
次なる卑劣な言葉を浴びせてくる。
「アンタ……、自分の状況わかってんの…?」
左手で俺のネクタイを強引に引き俺の頭が動く。
それに合わせて彼女は俺の額を軽く頭突きするように威嚇してくる。
全くそれでは80年代のヤンキーではないかと言いたくなるのだが…
勿論、俺にそんなことを言える自由と言うのは存在しないのだ。
彼女のこの言葉に、俺は絶望しか感じることが出来ない。
現実と言うのはいつだって残酷なものだということなのだろう。
そして、この非常なまでの一言を放った世界を滅ぼすほどの力を持つと言われる魔王は、うっすらと目を開け俺の様子を確認した後、やはり自分の勝ちと言うものを確信したのだろう。
ニヤっとお得意の下卑た笑みを浮かべ舌をペロリと出し自らの唇を舐める。丁寧に二度三度。そしてそのまま『お前を食ってやる!』と言わんばかりの表情を見せた後で再び目を瞑った。
今見せた舌の動き。
念入りにしてやったぞと言わんばかりに、見せつけていたが……
ハッキリ言って余計な動きにしか感じない。
恐らくこれまでの人生において数人は食べていることだろう。
とは言って、その内の一人は俺なのだが……
今となっては後悔しか感じていない。
許されるなら今すぐにでもリセットボタンを押したい気分なのだ。
だからと言って自分の感覚が出会う前に戻るわけでもなく、今となっては恐怖が助長されていく感覚しか感じない。
そして、その事から考えるに……
いつの間にやら絶体絶命の状況と言うのは通りすぎていたようだ。
俺と魔王との位置関係は、どこからどうみても今は明らかにアウトの状況としか考えられない。
そしてこのまま何もしないでいると、再び魔王が癇癪を起こし欲望のままに攻撃を放ってくるのは目に見えている。
次なる攻撃もきっと俺の想像を越えてくるのは間違いない。
現に今、また薄目でこちらの様子を確認していた……
全く、俺が気づいていないとでも思っているのか……
開いた口が塞がらない状況とはこの事なのかもしれないが、それと同時に逃げ場がなくなったのも事実。
事態の収集を考えるのであれば、俺は彼女の【おやちゅ~】をいつかは泣く泣く受け入れるしかない。
じゃないとミッションの成功などやってこないのだ。
心を決めろ、俺!
余計なことは考えるな!
無心だ!
恐怖の対象がゆっくりと1cmづつ近づいてくる。
「ん~~~~!」何て言う言葉はいらない。
だが俺は自らの使命を全うするために、その恐怖から逃げるわけにはいかない。
戦わなければいけないのだ!
そう!
負けるかもしれない?
そんなのは理由にならない!
昔の自らの土地を守るために命を懸けて戦った武士のように覚悟を決めるんだ!
この時、俺は自分が異世界に転生し神様からチート能力を授かった、どこかのラノベの主人公のような気分で彼女に向かっていった!
盛大な掛け声と共に!!
決して自分が大好きな物語を毎日読みあさり現実と異世界の区別がつかなくなったあわれな愚者などでも、様々な物を激安価格で提供できるようなお店などでも決してない!
俺は俺なのだ!
そしてほどなくして俺は知ることとなる……
所詮、気分と言うものは気分でしかない。
攻撃力も防御力も一緒。
防ぎきれない魔王の蹂躙をモロに受けながら俺は嫌と言うほど自覚することになる。
気分だけで自分が決して変わることはないのだと言うことを……
「おお、信也よ。死んでしまうとは情けない」
そんな声がどこからともなく聞こえた気がした。
意識がなくなりそうにはなるが、ここでなくしてしまった場合、また先程の再現になる可能性もある。
その際には持ち金が半分になるどころではない。
むしろ日々の会計はほとんどカード払いの俺にとって、手持ち現金が半分になる程度の被害ですむのであれば、それはラッキーと言わねばならない。
なので被害と言うのは、それ以外の形で必ずやって来る。
そしてきっと考えるのも拒絶しなければいけないほどの被害を被ってしまう。
そう思った俺は必死に自分の意識を立ちきられないようにと頑張っていたのだが…
もしかすると立ちきられた方が良かったのかもしれないと思えるほどに事態と言うのは悪化していくことになる。
俺は最初、一度で良いと思ったんだ……
一回やれば満足で、その後に場所移動だと……
と言うか、満足しろ!
と声を大にして言ってやりたい!
それに真奈美の先程の様子では、場所を変更したい感じはアリアリと言う感じだった。
元々、言い出してきたのは彼女からだ、当然と言えば当然なのかもしれない。
だから軽い気持ちで彼女のおやちゅ~を考えていた。
ささっと終わらせて、後は居酒屋を出ると言うことになるのだろうなと思ったのだが……
どうやら俺の考えと言うのは随分と甘かったようだ。
彼女は俺とのおやちゅ~が終わると…
瞑っていた目を開けた後、上を向き何やら考える。
その後、ぶつぶつ独り言を言ったかと思うと首をかしげて一言。
「んー……、心がこもってねぇーな!もう一回!」
この言葉を聞いて俺は自分の耳を疑ってしまった。
その疑いは尋常のないもので、俺は魔王の雄叫びを一瞬だが鼻で聞いているのか?
と思ったほどだからだ。
心がこもってない?
はいぃ?
誰が言ってんのかと……
この慈愛に満ちた俺と言う存在を掴まえて、貴方は心がこもってないと言うのかと、石抱にしてそのまま彼女に説教してやろうかと一瞬考えた。
俺に石抱をやるのは止めてくれ!
正直、癖になってしまったら困ってしまうから……
と言うのも……
彼女が俺に対してこんな強気に要求できているのは、あくまでもスマホを盾に俺の弱味を握っているからに他ならない。
神々から授かった伝説の盾など今のお前には必要ないだろう。
お前には神の右手と悪魔の左手と言うすでに、古から伝えられるものが存在するではないか……
一体、どれ程の権力をその手の中におさめたいと言うのだろう……
少なくとも人の弱味につけこんで自分の欲求を満たすと言う行為をしている者に俺は、心が……
等と言われる道理はないように感じる。
とは言え現状を考えた場合、俺の立場と言うのは非常に弱いものでしかない。
まだ自分の使命を果たしていない関係上、とりあえずはしたがっておくかと思い彼女の機嫌を伺いながら俺は最初の行程に戻っていたのだが……
俺が最初の行程に戻る度に、彼女も彼女で……
「フン!」と鼻息荒く息を漏らし「もう一回」と宣言してくる始末。
そしてそのまま、左手でガッツポーズ!
そんな中でも右手は定位置だが……
彼女がガッツポーズをする度に力が入る為、その度に俺がウッとなり顔は上を向き腰が一瞬引けるのだが……
そんな俺の状態が彼女にとっては、非常に面白い状況のようで毎回大爆笑。
文句を言いたい俺だが、彼女の行動を考えると何も言えない。
毎回心の中で少しは俺に遠慮しろと叫ぶのみ…
そして、そのまま上から下まで俺に何度も視線を往復させた後で、顔はごちそうを食べる子供のような表情で唇を何度も舐め上げる。
自分の気持ちを表現しているとしか思えない。
その動作を見た瞬間……
絶対、繰り返す必要とか無いよね?
と聞きそうになるのを我慢する。
ヘソ曲げられたくないという気持ちが勝ってしまい彼女の我が儘に付き合うことになるのだが……
1回?2回?
当初はそんなものだと思っていた。
だが3回過ぎても4回過ぎても全く終わる気配が見当たらず。
それどころか腕を回したり、首をならしたり準備運動までしだすだけではなく、あげくの果てに回数を重ねれば重ねるほどに彼女の顔はだらしなくなっていく始末。
もちろん鼻の穴もヒクヒクさせるオマケも忘れない。
そんな彼女の鼻からでる鼻息だが、恐らくこのまま2分ほど放置しておくと勝手に月まで飛んでいくのでは?と思えるほどの凄まじさを感じさせる。
そこまでくると目の前の彼女だが、俺にはいつの間にかとある時代劇に出てくる悪質越後屋にしか見えなくなっていた。
自分の欲求をあらんかぎりに満たしているのは確実なのである。
最早、俺の心がこもっているのかどうかなんて関係ない。
それほどにコイツ絶対楽しんでいるよね?と言う表情を感じさせる。
またそれと同時に、いつしか彼女の行動は俺の中で、前人未到の記録を打ち立てたスポーツ選手のルーチンと重なっているようにも見えていた。
多分、一つのことを成し遂げるには折れない心と言うのが常人には理解できないほどに大切になってくるのだろう。
もう何度目なのか回数なんて数えるのもバカらしい。
それだけは俺もぶれずにずっと思っていた。
恐らく先程は大層立派な格好をしながら俺に『情けない』と遠慮のない言葉をかけてきた老人も、思わず『情け容赦ない』と言いながら俺に先程の言葉は罵声だったと詫びを入れたくなるほどに同情してくれるのでは?と思うほどに回数を重ねたはず。
いつしか俺は、そんなことしか考えられなくなっていた……
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