第14話◎誤解なんです!

 いい加減、最後にしてくれないかなぁ~と思うのは勿論。

 本当に、目の前の人物は先に進める気があるのかと思っていた頃、ようやく扉をノックする音がして……


「はい、お呼びでしょうか?」


 ドア越しに女性の声が聞こえる。

 恐らく店員さんだろう。

 先程、とりあえず場所は移動したいと彼女が言った後、リモコンで店員さんを呼んでいたから。


 とは言っても……

 エライ時間がかかったなぁ~などと思うが、彼女の要求に一区切りできた安心感は尋常じゃない。

 場所が場所だったとしたら、店員さんを思わず女神様と崇めることだろう。

 そして何度も何度も崇めた後はカード払いでお布施をしようとするはずだ。


 ただ…

 ないとは思うのだが?

 もしもお布施がカード払いできないと言うようなことがあれば、その時は態度を180度かえて即時撤退行動!

 

 勿論、俺がそれほどに感謝の意を示すと言うことは……

 

 彼女の方を見ると案の定、邪魔すんじゃねーよ、といったような表情がハッキリと伺える。

 

 いやいや、リモコンで呼んだのは貴方だからね……

 とは言いたいのだが、もちろん言えない。


 言えないのだが……

 それはそれで、心の中では


 リモコンという文明の利器が本能むき出しの原始人に勝った瞬間だ!と言うことで清々しい気持ちで一杯になっていた。


 勿論、清々しい気持ちになっただけで満足してはいけない。

 店員さんを呼び出したのは、こちらなわけで彼女には彼女へ伝えなければいけない用件というものがある。


「あっ、すいませーん。会計お願いしまーす」


 と扉を開けながら用件を伝えたところ……

 店員さんが、何やら下を向きソワソワした雰囲気。


 ん?

 俺に惚れてるのか?

 それなら待っててね!

 もうすぐ悪魔との契約も終わりを迎えるからね!

 そしたら俺もめでたくフリー!五月さーん!

 カモーン!店員さーん!

 などと言う鋭い洞察力を見せつつ……


 一瞬、どうしたのか訪ねようとは思ったのだが、きっと俺には関係ないだろうと思ったのでその場は聞かずに流すことにした。


 それに店員さんもソワソワしたのも一瞬。

 その後は直ぐにいつも通りの対応をしてくれた。


 俺は店員さんから伝票を受け取り、後は帰るかと隣の彼女の方を見ようとした時に店員さんがソワソワした理由に気づくことになる。

 

 と言うのも……


「もー、信ちゃん。扉開けるなら開けるって言ってくれないと~」


 と言いながらモジモジしている彼女がいた。


 俺にピッタリとくっつくようにして…

 そしてその中でも問題作となったのが、神の右手の位置である。


 モジモジするなら先ず最初に右手はどけなさい!

 

 彼女はいつでも神の右手を発動できるように俺を掴んでいるわけなのだが……


 そうなんだよね……


 うん。


 店内には

 【寒いお外でも大丈夫♪本日直火DAY!】

 何て言う張り紙が貼っているわけなのだが……


 何が、直火DAYだよ!畜生!

 対象商品10%OFFじゃねーんだよ!

 こっちは、戦意を100%OFFにされてんだよ!

 という感じで……


 神の右手が直火状態となっているのだ……


 なので恐らく店員さんは、扉が開いた瞬間の俺と真奈美の状態というのを確認するのは勿論。

 多分、彼女は自分の中で俺と魔王様との事を自分の中で期待するように想像を膨らませたと言うのだろう。

 全く、それは誤解だと言うのに……

 もしも俺が膨らませるとしたら……

 おっと!

 その先は俺のポリシーが許さない!

 とにかく私が求めている相手と言うのは対戦相手ではない。

 交際相手を求めているのであって、それはもちろん魔王なのではなく、俺としては貴女の方がいいのだ!

 そして、きっと彼女も俺と同様のことを考えていたのだろう。

 それ以外に動揺した理由など言うのは考えられない。

  

 まさかこのような辺境の地においても大魔王様の恐怖と言うのが届いているとは思わなかった俺……

 気がついた瞬間に時間を巻き戻したくなるのだが、そんなことはできない。


 地球の自転を強制的に反転させて、強引に時間を戻すほどのとんでもパワーも勿論だが持ち合わせていない。

 精々できることと言ったら、慌てて彼女と距離をとり顔をこちらに向けてもらわないようにしっかりとロックすることくらいだろうか…

 とは言っても仮にやった場合……

 彼女がどういった仕返しを行ってくるのかというと……

 俺の横にいるのは古より伝わる悪魔よりも心が狭いと聞く彼女だけに、万が一にも早まった行動をとってくることだろう。

 

 現に彼女は、今だって俺を人質にとっている。

 その様はどこかの巨大高層ビルに陣取りながら、ヒロインを握りしめ暴れている巨大モンスターのようだ。

 辺り一面のビルは勿論、地面が震えてしまうほどの大きな声で周囲を威嚇している。

 実に卑怯なやり方だ。

 そんなに強く俺を握りしめないでくれ!

 いや、強い弱いどころの話などではない。

 行為自体をやめろということなのだ!

 いくら丁度よい形だからとは言っても、そもそも握るものではないのだから……


 そして時間がたてばたつほど彼女の方もそんな俺の考えや様子に気づく。


「ねぇ~、信ちゃん!そんなに我慢できないなら言って欲しいんだけどぉ~」

 

 何て言葉を宣ってくるのだ。

 我慢できない?

 何をどう考えれば、そんな勘違いが生まれてくるんだ?


 俺が我慢できないのはお前への憎悪だけだぞ?


「えっ……、そうじゃなくて……あれは間違えただけなんだよね。とりあえず伝票もらったから会計に行かないか?」

「そうね、ここではどうしても遠慮しちゃうからね!」


 はぁ~貴方は何処まで人様に迷惑かけるんですかぁ~?

 と思いながらも、とりあえず彼女がブーツを履いてくれる事に俺は安心していた。


 帰り支度が整い、伝票をもってレジの方へ行くと、レジにいたのは先程やりとりをした店員さんだ。


 彼女を見た瞬間思った。


 神はまだ俺を見捨ててはいないのだと!


 思えば……

 そう!

 彼女が先程、俺たちの席に来た時。

 こちらが身構えるよりも早く繰り出してきた魔王の卑怯な攻撃により、彼女はあらぬ光景と言うのを目撃してしまうことになった。


 その際に彼女は色々な感情が頭の中を駆け巡ったことでろう。


 ともするとそれは自分の頭の中では処理ができないことなのかもしれない。

 

 少なくともその時現場にいた俺は、彼女に対してそう思っている。

 それであれば、先ずは彼女への誤解と言うものを解かねばならない。

 

 ここを綺麗に潰しておかねば、万が一のことが考えられる。

 彼女が自分で処理しきれなくなった時、誰か第三者に頼ると言う可能性。


 自分の家からも程よい近さにあるこの居酒屋。

 恐らく俺が全世界が待ち望んだ勇者として苦戦しながらも魔王との最終決戦に勝利した後も俺はこの居酒屋に通うことになるはず。

 もちろんその時には一度ならずとも二度三度、そして隙があれば店員さん!

 貴女を口説こうとも考えているのだが……


 そんな居酒屋だけに大切にしていくべきだろう。

 俺が知らない状況の中で誤解だけが、光の早さのごとく回ってしまうことは絶対に避けねばならない。

 後世にまで語り継がれる伝説と言うのは、いつだって素晴らしいものでなければいけないからだ。

 魔王に屈した勇者の話など、笑い話にしかならないではないか!


 そして今回、彼女がレジにいると言うことは、それが即ち神の与えてくれた機会なのであろう。

 神は言っている。

 俺に誤解を解き、これからは清く正しくいやらしく生きていきなさいと!


 俺は確信していた!

 

 確信していたのだが……


 不幸と言うのは予告なくやって来るものですよ、と言わんばかりに……


 なんと、ここでも魔王が飛んでもないことを口走る。

 全く、お前はどこまで俺の邪魔をすれば気がすむんだ!


 レジの前で伝票を受け取った彼女は、レジ機に指定入力を済ませながらチラチラと俺たち二人を見てきた。

 

 彼女は気づかれないように見ていたのかもしれないが……

 数々のスパイを見破った俺の目は誤魔化されない!


 それを目撃した俺は、内心でホラホラ来ましたよと思った!

 でも焦らないでね!

 時間はたっぷりあるからね!

 などと思いながらとりあえずは頃合いを見ていく。


 恐らく彼女の方も先程の事に想像を膨らませて、そして気になっているのろう。


 だが現状でこちらが客である以上はあまり深くは聞けない。

 そうも思っているのだろう。

 全く分かりやすいなぁ~と感じると同時に、やはり自分の考え通りに誤解を解いておく必要があるのだろうと感じたので


「どうしました?」


 とさりげなく質問したところ店員さんは


「あっ……すいません」


 と頭を下げた後


「良く来ていただけますし、仲良いですよね」

 

 何て言う言葉で切り替えしてくる。

 この言葉を聞いて店員さんは、やはり俺の予想通り勘違いをしていると思った。


 なので、自分の保身のために俺は彼女の勘違いを解くべく言葉をかけようとした直後……


 俺と店員さんの間に一つの影が割り込んできた。

 その影の正体は…

 

 そう!


 いにしえの彼方から全ての人を不幸にしてきたと言われ恐れられている魔王様だ。

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