第28話○次なる獲物
自分で言うのも何ですが、あれほど見事な土下座が自分で出来るなんて思いもしなかったです。
親から幼い頃に言われた『アンタはやれば出来る子なんだから』の意味が本気で理解できましたよ。
それほどまでにプライドを捨てた説得でしたからね。
彼女もいつかは泣き落としに応じてくれるはず。
そう思いながら、俺は続けていたわけです。
もちろん時間もかけただけあって、彼女の表情も少しづつなんですけどね、優しい感じに変わっていきました。
僅かな変化も見逃さず、ひたすらに忍耐の時間を重ねて、ついには彼女になんでも言うことを聞くからとまで言い出すほどに、なりふり構わないで俺は彼女を説得しましたよ。
そしたら彼女、何て言ったと思います?
「だから、ケーキ食べなよ」
何てことを言い出す始末で……
この言葉に俺は、再び目の前が真っ暗になってしまいました……
それも危うく自分の足場を踏み外して目の前の真っ暗闇の中に吸い込まれそうになりましたよ。
彼女の一言と言うのは、今の俺にはそれほどまでに強烈な一言だったんですよ!
だって真奈美よ、聞こえるかい?
『かっらあげ!かっらあげ!』
俺の体内からの、この大唐揚げコールと言うものが……
これはね、お前から貰った唐揚げ様が原因なんだよ。
お前が俺に渡したたった一つの唐揚げ。
彼は俺の体内に入るとたちまち自らの身を捧げこう言ったんだ。
『我思うゆえに我あり!』
ビックリだよな、今から食される身であることは俺の体に入ったときから分かっていたはず。
それなのに今から食そうとする俺たちを前に、怯む素振りなどは一切見せず自分の存在意義と言うのを高らかにアピールしたんだぜ。
そして間を置かずに見えた彼の光輝く姿に、俺たちは全員心を奪われちまってな。
当初は全員であいつ一人を奪いあいとなるのは必死だとは思っていたのだが、ところが彼のそんな尊く気高い姿を見た者達は皆一斉に一礼をして迎えだしてな、それはそれは大切に皆揃っていただいたと言うわけさ。
だけどな俺たちのところまでわざわざ足を運んでくれた唐揚げと言うのは残念ながら一人だろ?
どれだけ素晴らしかろうと、たった一人の努力だけで足りるはずがないだよな。
皆で仲良く分け与えたので食せなかった者はいないとしてもな、当然満足感を覚えた者もいない。
そして今回来てくれた彼があれほどの人物だっただけに次に来てくれる者もきっと今回の彼と同等か、それ以上の人物になるのではと言う期待の声がみるみるうちに大きくなってな。
気がつくと俺の体の中で皆が大合唱を始めたというわけさ。
そんな皆が、もしも彼が最後の一人だったと知ってしまったら、どんな反応を示すと思う?
恐らく、その時に引き起こされる暴動と言うのは平和な日本に住んでいる俺たちには想像もできないようなものになるのは間違いないぞ。
それこそ、核戦争により文明や技術だけはない、全てが荒廃してしまった世界で繰り広げられるIQQI年と言った感じに物語がスタートしてしまうほどに恐ろしい暴動となることだろう。
当然だが、そんなことは到底受け入れることができない。
お前だって、そんな時代背景の元で俺と一緒に物語を育みたくはないだろう?
だから分かったかい。
原因の発端である真奈美。
お前には最後までその責任を取る義務があるのさ!
そう思い、俺は彼女の方を向くと……
彼女は、ケーキの箱を取っていた……
あれ?
気のせいか?
確か先ほど、俺に食えと言っていた気がするのだが……
そう思い彼女の方を向くと、ニコッと笑顔を見せる。
思わず『どこかのお店のメニュー表にでもあるのか?』と聞きたくなるほど見事なまでの笑顔だったのだが……
でも笑顔なんて値段つかないですよね……
いや、もし仮に値段があったとしても今は買わない。
だって、笑顔ではお腹はふくれないし……
え?
ふくれても買わないよ……
だって売るのが、あの魔王なんでしょ?
どちらかと言うと笑顔よりも……
アイツの絶望を買いたいのだけれども……
そう思った瞬間……
俺の真上に光が転倒した!
ん?
転倒?
倒れてどうする!
スコーンと見事なほどの綺麗なコケ方?
あまりにも見事な動作に首からいって怪我しないでくださいね。
といいたくなるほどのコケ方?
違う!違う!
そうじゃ……
そうじゃなぁい!
光が点灯した!
閃きが浮かんだという意味である。
決してコントのオチなどで周囲の目を集めるということではない。
笑いがとれればいいじゃん?
んー……
その辺りは微妙な問題だけに濁していきましょうね。
俺は今まで散々、彼女に料理を分けてもらうようにお願いしてきた。
だが結果はというと唐揚げ一個とたこ焼きワンパックという意味分からない成果でしかなかった。
今のお腹のすき具合を考えると、ハッキリ言って労力にみあってない成果といわねばならない。
俺の体内では、彼女に対して集団訴訟を行う準備は既に整っていると言えるほどだ。
カウントダウンは始まっている。
さぁーん…
にぃ~…
いーーー…
まー、待ちましょう!
先ずは冷静にいきましょう!
どうしてこうなったのかと言うと……
多分、俺は彼女にお願いをするばかりで具体的な対価というのを彼女に差し出していなかったのではないかと考えた。
確か……
別れ話は無しにするとかも言った気がするので、それが対価だと言えば対価なのかもしれないが……
だがしかし、今さらそんなことは綺麗さっぱり忘れて今は目の前の問題に全力を注いでいかなければいけない。
そこで俺が彼女に対して取る手段というのだが……
「あのー、真奈美さん……?」
「えっ……?何?やっぱケーキ一緒に食べたい?」
コイツ何言ってんだ?
さっき……
と言うよりは、今しがた俺に『ケーキ食べなよ』とか言っておいて、今俺に『ケーキ一緒に食べたい?』とか聞いてんのか?
俺はてっきり、自分の分のケーキはいらないから俺に全部食っていいよと言っていると思っていたのだがな……
どうやら、そう言う意味じゃなかったって事か?
もしもここで俺が『いらないよ』なんて言ったら無情にも一人で全部食うつもりなのか?
いや……
さすがに彼女と言えども、そこま……
うん!
全然あり得るね!
間違いなく、俺が要らないと言ったら全部食うんだろうな。
パックンチョ!
と言う具合に一思いにいくんだろう!
ヤツはそう言うヤツだ。
こういうのを舌の根も乾かぬうちに何て言うんだろうなと思いながら、彼女の突拍子もない言葉の前に俺が先ほど思い付いた名案だと思った計画。
これが表舞台に姿を表す前に跡形もなく砕け散っているのを感じていた。
【俺の真上に光が転倒した!】これは間違いを正す必要がなかったんですね。
多分俺の心配をよそに綺麗に首から行って生還できなかったというオチなのだろう。
だってしょうがないじゃないですか、魔王のフットワークがこんなに軽いなんて正直思っていなかったんですから……
右にいると思って見てみたら、左から。
そして左かと思って視線を向けると後ろから…
そんな攻撃が一度ならず試合の間中、常にですよ。
あれはハッキリと言って魔王が複数いるとしか思えません。
って、自分はある程度腹がふくれたから後はデザートに移るってことなんだろーが、こっちはまだメインの食事もまだなんですよ。
そんな段階で、ケーキを食べるかどうかを聞かれるとしても、そんなの料理を食べた後じゃなきゃ正確な返事なんてできないでしょうが!
俺は、そう思って彼女の方をチラリと向くと……
おいおいおい……
まさかと思ってはいたが、やっぱりかぁ……
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