第42話○俺、モロに食らう…

 出来れば俺の有利な条件を見いだしたかったのだが……

 どうやらそこまでは時間が許さなかったらしい。


 だが、今となっては俺の方も腹は決まっている。


 こうなったら仕方がないので、彼女の策略は完璧に破るとして、その後に関しては運に任せよう。

 俺が彼女よりも行いが悪いと言うのはありえない。 

 そして、悪役が栄えたためしと言うのもこれまで絶対にないのだよ!


 無宗教の俺ではあるが今回だけは神様の方も大目に見て、きっと味方してくれるはず!


「よし、真奈美。じゃー、いくぞ!」

「うん」


 みるみる打ちに自分の心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じる。

 激しく高ぶる心臓を止められない。

 そしてそのまま激しく高ぶる心臓の音に合わせて俺の神経と言うのもどんどん研ぎ澄まされているように感じる。

 恐らくこの感覚と言うのは目の前にいる魔王も動揺のものを感じているのだろう。

 そう思って見ると彼女の動きと俺の動きが互いにシンクロしているかのごとく交互に展開されていた。

 もはや逃げ切れないことを悟った俺は、全勢力を注ぐべく更に精神を集中させるためにゆっくりと目をつぶり、そのまま時の流れに身を任せた。


 唐揚げとケーキを賭けた世紀のスペシャルワンマッチ!

 彼女が何を仕掛けてこようとも俺は必ず彼女の策略を阻止してやる!


「じゃーん、けー~……んっ……あっ……はっ……」


 突如、俺に未曾有の感覚が襲いかかってきた。


 そう!

 俺の俺にだ!


 最初の一瞬はフワッとした感覚だった。

 一瞬、俺の俺が『イエェーイ!自由だぜぇ~!』みたいな感じになったと思ったら、不意に何者かによって強制的に拘束され、そのまま締め付けられる。


 上に下に?

 右に左に?

 円書いてチョンみたいな感じに……

 って、俺の俺は絵描き歌ではないって……


 目を瞑っていた俺は当然、自分に何が起きたのか全く理解できない。

 確か俺は魔王とジャンケン勝負をしていたはずなのだが……


 そして

 理解が追い付いていないにも関わらず締め付けは、あっという間に強くなっていく。


 イタっ……

 痛い?

 えっ?

 ジャンケンなのに痛いの?


 えっ?

 何?

 どうした?

 何があったの……?


 自分自身に何が起きたのか理解できていない俺は、とりあえず状況を確認するべく目を開けてみた。


 すると……

 なんと、あろうことか目の前で俺に神の右手を発動させている彼女の姿が確認できる。


「あっ……ちょっ……んっ……」


 何とか止めようとするが声がでない。


 俺の声は彼女には届いていないのか、至近距離にいる彼女は俺の辛うじてでた言葉が聞こえているはずなのだが、そんなのは関係ないとばかりに一直線にもう一人の俺の方を見ている。


 ただでさえ禁じ手とされている神の右手なのだが今回、俺はそれを目を瞑った上での不意打ちで受けてしまった。

 全力の神の右手を不意打ちでだ。

 通常であれば、間違いなく意識を刈り取られていたであろう一撃だったのだが、俺は何故か耐えることができたのだが……


 もしも刈り取られていたとしたら、どうなっていたのだ?


 目標を一直線にみている魔王、彼女の手さばきと言うのも実に見事なもので右手一本にも関わらず、俺に息をする権利など無いと言わんばかりに逃れられないような手さばきを見せてくる。

 

 おい、魔王!

 俺はボロ雑巾なんかじゃないぞ!


 絞って出てくるのは……

 おふぅ~っ……


 痛い?苦しい?くすぐったい?全身がゾクゾクっとなる感覚など……

 俺の全身には休みなく様々な感覚と言うのが襲ってくる。

 それも発生源は一ヶ所だけで気がつくとあっという間に全身に広がっていく。


 未知のウィルスか何かと錯覚しそうになるのだが、俺のすぐ前ではこれでもかとばかりに原因が暴れている。

 とてもじゃないが耐えられない俺は、原因である魔王に止めるように言いたいのだが……


 先ほどから言葉を発しようと言う意思よりも、何故か分からないが自分の中で力が入らない。

 不思議な逆らうことが出来ないと言う感覚の方が優先してしまい声がでない。


 だが、このままでは俺の元から俺がフリーエージェント宣言をしてしまう。

 黙って指を咥えて耐えるだけと言うわけにもいかない。

 本来では咥えるのは指ではないし、咥える者も俺なんかではないはずだ。

 俺が俺を自分で咥える?

 俺にはそんな柔軟性は無い。


 今まで俺は、俺のことを大切に花よ蝶よと愛でながら育成に勤しんできた。

 それに俺はこの世に生を受けてから自分と言う存在には終身雇用の元で契約を行ってきた自信がある。

 なので今になって急に俺は自分におべっかを使うような必要も無いはずだ…

 一方で勝手に執心するものを見つけたから終審しますだと?

 一体、何がそんなに不満だと言うのだ?

 そんなことが今さら許されるわけがないだろう!

 もちろん、そんなことは絶対に阻止しなければいけない。


 俺はその思いで、各なる上は彼女には悪いが力付くで今回のことには当たらせてもらおうと右手を彼女の前に出した。


 すると彼女……


 自分の左手で俺の右手に何かアクションをとるような仕草を見せて…


「はい、私の勝ち!」


 なんてことを言ってきたのだ。


 ???

 コイツアタマダイジョウブデスカ?

 

 幸い、彼女は自身の言葉の後、力を多少抜いてくれたので俺は若干の余裕を取り戻すことができた。

 それにともない彼女の言葉の意味を理解しようと自分の右手の方に視線を向ける。


 そして見た瞬間、俺は彼女の考えを理解してしまい愕然としてしまった。


 俺はジャンケンの掛け声の途中で、彼女から神の右手の発動を受ける。


 それを理解した俺は神の右手を解除しようとして自分の右手を彼女の前に出すのだが……

 この時、俺が出した右手の形なのだが、これは五本の指を離して広げている状態なのだが、どうやら彼女の方では今の俺の手の様子がジャンケンで言うパーとでも言うのだろう。

 魔王はそんな俺の手に自分の左手でチョキを作り今、俺の前でドヤ顔をしている。


【魔王はこちらが身構えるよりも早くいきなり襲いかかってきた】

 だと……?


 パッと聞いた感じではよくあるRPGの最終戦のような雰囲気を漂わせるこの言葉なのだが……


「えっ……ちょっと……真奈美?」


 おいおいおい、勝負って……


「ん?なに?」


 何か文句でも?

 と言わんばかりの彼女のかおがそこにはあった。


 彼女の中では既に勝負は決まってしまったとでも言うのだろか……


 目の前にいる者の顔を見る限り、どうやらこれが彼女の中で正当な勝負だとでも言うつもりなのだろう。

 そう思った瞬間、俺の中で彼女に対して怒りが沸騰した!


 これは絶対に我慢ならん!

 ふざけるな!


「おい!こ……」


 そして、そのまま感情に任せて俺は彼女にもちろん怒りをぶつけようとしたのだが、再び今の状況に気づく。


 そう!

 今の俺と彼女との距離、彼女は力を緩めているとは言えしっかりと右手で俺を人質にとっている状態だからだ。


「ん~?何~?文句でもあるの~?」


 そう言いながら顔は上げず上目使いにニヤっと笑いながら俺を見る彼女に俺は全身から悪寒を感じていた。


「あふっ…」


 「文句でも~」なんて余裕を見せて言葉を発する彼女だが、直ぐに微妙に右手に少しだけ力を強める彼女に、俺は無様にへっぴり腰で顔をしかめるくらいしかできない。


 おいおいおい…

 お前…俺にしゃべらせる気はないのか?


 そう思いながら、苦虫を噛み潰した表情で腰をガクガクのノックアウト寸前と言う俺に対しても彼女は自らの手を緩めることはない。


「ねぇー、ねぇー。文句がないってことは私の勝ちで良いってことだよね?」

「いや、いあぁ…」


 彼女の言葉に対して、俺が喋ろうとした直後、いや正確には俺がしゃべっている途中になるのだろう。

 再び彼女が力を込めてきた。

 そして、その彼女の様子を見て俺はやはり彼女が俺に喋らせる気がないと言うのを確信する。


 と同時に、そのまま彼女はすかさず次の行動に移っていくのが俺の視界がとらえた。

 彼女のフリーとなっている左手。

 これが俺の右斜め後ろに回っていくのが見えた。

 俺の背後にあるもの……

 それ、すなわちケーキに他ならないのではないか?


 自分の中で精一杯の考えを働かせ周囲を見渡し俺は、自分のケーキの身に危険が迫っていること察知する。

 

 さすがに今、俺が危機的状況にあり言葉が思うように喋られないとは言え、両手の方は普通に自由がきく状態だ。

 そして、身長も俺の方が高ければリーチも俺の方が長い。

 なので力が入らないとはいえ、彼女の左手の邪魔くらいであればできると考えた俺はケーキを守ろうと右手を彼女の左手に合わせて伸ばしたのだが……


 これがダメだった……


 全くもっての失敗行為だったのだ……


 俺が右手を伸ばした直後、彼女は自分で伸ばした左手の進路を急に方向転換をしたのだ。

 具体的にどこに方向転換したのかと言うと…


 俺の真後ろだった……


 その状況を目で追っていた俺は一瞬目の前で起きている光景にもわからず彼女の行動の意味が理解不能になっていた。


 あれ?

 ケーキいらないの??


 普通に考えたら俺と彼女がケーキをめぐっての超至近距離での揉み合いのバトルに持ち込むのではないかと思ったのだが……?


 と言うか、今の状況だとそれしかなくないか……?


 ヤツはなにがしたいのだ?


 そう思った瞬間……


「ねー、信ちゃん」


 そう言いながら力を込める彼女に、俺はいつも(?)と変わらずに苦悶の表情とへっぴり腰で答える。


 なんのことはないいつもと一緒だろ?


 そう。

 いつもと一緒なのだ。

 だからそんないつもの行動だけに俺は彼女の行動と言うのが手に取るようにわかるのだ。


 どうせ途中で力を抜いて俺の反応を楽しむ算段なのだろ?

 そして、そんな俺を彼女は思う存分楽しんだ後は、これ見よがしにケーキをとる!


 そう言った行動に繋がっていくのだろう?


 もうワンパターンと言うものはわかっているのだよ!


 そう思い、どうにかこうにか待ち構えていた俺。

 そして、待ち構えていたと言うことは当然、対策と言うのも考え付くのが俺と言う完璧な種族なのだ。

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