第41話○俺、腹をくくる!

 唐揚げさん、目を覚ましてください!

 どれだけ甘い言葉を囁かれようとも騙されてはいけないのです。

 魔王の狙いはあなたの体だけなのですから。

 気を許した瞬間に、ヤツは何の躊躇も見せずに事務作業のようにパックンチョっと襲いかかってくることでしょう。


 貴方のことを思っているのは、俺だけだと言うことを分かって欲しいのです。


「もう待ちきれないから食べるよ!」

「食べるって……他にもあるからそっちの方を食べれば良いんじゃないのか?」


 俺はそう言いながら、彼女の後ろにあるアジフライやポテトサラダなどを指差すのだが……


「信ちゃん勝負しないみたいだから待っている内にお腹減ってきちゃって……それに別に何から食べても良いんじゃないの?元々、私が自分のお金で買ってきたものだし」


 待っている内にお腹が減っただと……?

 お前は何を待ったと言うのだ?


 俺を見ろ!

 俺を!


 最早、今にも餓死をしてしまいそうなほどに食料を欲している俺を見てお前はそんな事を言うのだ。


 恐らく写真のことなど全く分からない素人が、俺のことを撮ったとしても、その写真は創設されてもうすぐ100年は経つという格式ある賞も間違いなしと言うほどの作品が出来ることだろう。

 それほどに今の俺は飢えていると言うのが分からないと言うのか……

 

 ……


 彼女はそんなことは関係ないとばかりに真剣な表情で俺を見ている。

 まるで頭の中で『こう来たら…こう!』と何度も復唱しながらシャドーボクシングを繰り返すボクサーのように真剣な目をしていた。

 その内、体を左右の振り子運動を思わせるように規則正しく振るのだろうか…

 そんな気すらしてきたよ。


 容赦はしないということか……

 

 うん……

 そうだよね……

 貴方には人情と言うものは存在していませんよね。


 そして問題の唐揚げ。

 これらは魔王が自分で買ったもの、確かにそれは間違いのない事実だ。

 チーズインが一つも無いことが、彼女の言葉を裏付けていた。

 そして彼女の言葉が裏付けを増すごとに俺の意識にずっしりと響いてくる。

 彼女の言葉に反論することができない。


 ダメージを受けているわけでは無いのに、俺の動きが止まってしまった。

 ジャブすらも交わしているにも関わらず、何故だ……

 もはや空振りのプレッシャーにも俺にとっては彼女の驚異は変わらないというのか?

 彼女の事実と言う拳が俺と唐揚げさんの体に重くのし掛かってくる。


 彼女が今一番食べたいものと言うのはケーキであるはずだ。

 決して唐揚げではない。

 それだけに今の彼女の行動と言うのは、トラップにすぎないと言うのは俺の方としても十分に理解はしているのだが……


 ただ……

 今の俺がすべきことと言うのも理解している。

 それはケーキの確保ではない。

 唐揚げさんの救出に他ならないのだ。


 俺と唐揚げさんの手が繋がった、後は帰りの道順だけなのだが……


  彼女の言葉の全てがブラフだと言うことは俺が一番知っている。

 そして、俺にはまだまだ時間が足りていないと言うのも俺自身が十分に理解しているのだが……


「何言ってんだよ、真奈美。勝負するに決まってんだろ!」


 罠だと知りながら俺の口から出たのは、唐揚げさんの救出宣言だった。

 もちろん、俺の中での公平な勝負の段取りと言うのもまだ考えていない。


 だが、それでも……

 今の俺は抑えがきかなくなっていた。


 時として匂いの前には、人の意思と言うものは脆くも崩れ去ると言うのを俺は思い知った瞬間だ。


 そして……


 そんな俺の考えなど知ってか知らずか分からないが……

 

「そっかー、分かった。それなら早く勝負しようか」


 と下卑た笑みを見せながら魔王は言ってくる。

 ケタケタと笑い左右に細かく首を振りながら、欲望のままに行動したのを物語っているように今や彼女の口紅と口は若干のずれが見え、その両唇端がつり上がっているように見える様子が昔見た映画の悪役の顔に似ているような感じがした。 


 こい!

 お前はババ抜きのジョーカーと一緒だ!

 ここは俺と唐揚げさんがコンビとなる華麗な攻撃をお見舞いしてやろう。


 そして更に俺を驚かせたことと言うのが、彼女の口から発せられた言葉は俺に向けられていると言うのは分かるのだが、視線の方は明らかに俺からは外れているということだ。

 彼女の大きく見開かれた視線の先にあるのはケーキに他ならない。

 どこまで欲望に忠実な生き物であると言うのであろう。


 彼女はターゲットから決して目を離さずに、だが確実に俺の方との距離を詰め、後数十㎝と言う距離のところで動きを止めてからようやく俺の方を見た。

 今度はちらりとではなく、じっくりと見定め覗き込むような形で……

 俺の前で彼女は自分の皿をフォークで叩きカチカチと挑発を繰り返す。

 プレッシャーを与えつつジャンケンの準備はできたと言うのをアピールしているのだろう。


 彼女もこれ以上は絶対に待たないと言う意思表示に見える。


 それを見て俺は仕方がないと腹をくくった。


「もう後戻りはできないか……」


 一言そう言った俺は大きく息を吸い、その後彼女に負けじと睨み返した。

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