第40話○我慢の限界

 彼女はオカシイ。

 

 今までのやり取りで、どこをどう切り取ったとしても一回勝負を言い出せるような状況と言うのは存在しないはずだ。

 

 そう思い彼女の意思を再確認するように、俺は彼女の顔を見てみたのだが…


 ヤバイ……

 あいつ、目がニッコリと笑っている。

 目が女神のように穏やかだよ……

 首は縦に頷いていた。

 って事は本気か……?


 俺が見落としていたと言うことなのか?


「って、1回ジャンケンして俺が勝ったら、後ろの唐揚げ……」

「そう、もちろん全部が信ちゃんのもの。ついでに私もつけちゃうよ!」


 条件を確認してみたのだが…

 やはりそうだ。

 彼女が正気の沙汰ではないことを言ってきた。


 そして、俺と彼女の様子が気になるのだろう。

 チラチラと唐揚げさんたちがこちらを伺っているように感じる。

 『みんなー!!待っててねぇ~。絶対に助けるからぁ~!!』


 そうだ!

 俺が彼女にたったの1回勝てば後ろの唐揚げさんたちを俺にくれるなどと言い出してきたのだ。

 このチャンスを絶対にものにしてやる!


 一瞬、マジか?

 と思い再び聞き返そうに思ったが、その後の彼女の言葉「ついでに……」何て言う訳の分からない余計な言葉が聞こえたことで俺は異世界から現実世界に強制召喚された。


 正直、彼女は先ほどケーキ1個と唐揚げ1個が等価だと言っていたのだが……

 それが今になって何故、そんな魅力的な交換条件を提示してくると言うのだ?

 もしかして彼女は、そこまでしてもジャンケンに勝つ手段と言うのがあると言うのか?


 だとしたら……

 俺は聞いてないぞ……

 

 何が彼女をそうさせるのか?

 ケーキの魔力か?

 それとも俺相手にジャンケンなんかで自分が遅れをとるわけがないと言う自信か?

 いくらなんでもジャンケンを自信や気合いなどと言った無根拠だけで乗り越えることはできないだろう。


 ならば何故、彼女はあんなことを……


 正直、考えれば考えるほどに彼女の考えていることと言うのが分からなくなってきている。

 恐らくは、それほどに自分の考えが上手くいくと言う自信があるからだとは思うのだが……

 俺の方はまだ考えることが残っていると言うのに……


 だって……

 これから行う勝負と言うのは、あのジャンケンだぞ?

 あの単純な1/3の駆け引き勝負の中でそれほど完璧な作戦を組み込めるものなのか?

 

 と考えていると、どこからか良いにおいが漂ってくる。


 えっ?

 これは……?

 なんだ……?


 そう思い周囲を見渡すと、彼女が唐揚げさんを一度仕舞った容器の蓋を僅かながら開けていた。


「おい……真奈美。お前、何してんだよ……」

 

 俺の唐揚げさんたちに……


「別に……」


 別にじゃねぇーよ! 

 お前が「別に……」とか言っても殺意しか湧かねえんだよ。

 俺が持っているのはケーキであってクッキーとかじゃねぇんだからな!

 それに差し入れじゃないぞ。

 そこのところを勘違いしないでほしい。


「別にじゃないよね…。それ食べちゃダメだよ」

「ん~?どうせやらないんでしょ?」


 畜生……

 鼻をヒクヒクさせて、容器を自分の顔の方に……

 こいつ明らかに煽ってやがる。

 俺が考えるとか言ったら食う気だ。


 次から次へとよくもまぁ……

 何故こうもアイツは他者の嫌がることばかりを的確に行うことが出来ると言うのか。


 お願いだ……

 考えに集中させてくれ。

 

 彼女はフォークを手に取りだし、カチカチと鳴らしながらチラチラと俺の方を見だした。

 俺が視線を流すとその視線をわざわざ追ってくる始末だ。

 全くわざとらしいにもほどがある。


 特に舌をレロレロと細かく動かす仕草なんて、醜悪な妖怪の所業にしか見えない…


「おい、そう言うのは行儀悪いぞ!」

「えーっ!行儀悪いってことは食事中ってことで良いの?」


 俺の方をニヤニヤと見ながら言ってくる彼女だったが、その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の失言を悟る!


 しまったーー!!

 

 みるみるうちにフォークを唐揚げさんに向かわせる魔王!

 それは止めろーーーー!!!


 僅か数秒後に必ず訪れるであろう誰もが予測できる、そして確実に来るであろう残酷な現実。

 それを止めるには形振りなんて構っていられない。

 ここで俺の隠された能力を発揮させるしかない!


「ちょっと待ったぁーーーー!!!!」


 彼女の動作を見た瞬間、いてもたってもいられなくなった俺は魔王の妨害をするべく、思いっきり叫んでしまった。


 その様子は、男女が集いし会合にて自分の気になる女子に先に告白をされてしまった男子が、自らも意思を伝えるべく割って入る様に似ているのかもしれない。


 俺は今、唐揚げさんの正面で魔王を横にしながら礼儀正しく深々と一礼をしながら、唐揚げさんの返事を待つべく右手を真っ直ぐ唐揚げさんの方へ向けている。


 そう!

 俺と魔王は今、この時より愛しの唐揚げさんを奪い合うべく戦いの幕が切って落とされたのだ。


 唐揚げさんは俺の気持ちを組んで、きっと俺の右手をとってくれるに違いない。


 大丈夫だ!

 彼女を信じなさい。

 

 だが先手は魔王なんですよ…。

 この場面でアイツはいったいどれ程非常な手段を行ってくるのか…

 全くもって予想がつかない…

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