第11話◎俺、墓穴を掘る……
「そっかー、私の行きたい場所かぁ~……ん~、どうしよっかなぁ~」
彼女が一見困ったような顔で俺を見ているのだが……
俺は彼女に思いっきり言ってやりたかった!
『おい!演技はたいがいにせいよ!』とだ!
パッと見た目はしおらしくもじもじとした仕草を見せてはいるのだが、時々漏れる負のオーラからは明らかに邪悪な何かを感じさせる。
とは言っても、まだ目標物の確認というものをしていないので、ここは引くわけにはいかない。
「まー、ただ。無理にとは言わないよ。別にこのままここにどうしてもいたいって言うなら別に構わないし……」
俺の方に拒否権がない交渉と言うのはもちろんなのだが、俺個人の能力を考えた場合、決してオールラウンドで戦える万能選手というわけではない。
と言うか、むしろ戦闘能力はないに等しい……
だから下手に動くよりは、ある程度の時間を稼ぐ意味で彼女にそれとなく留まることを要求したつもりだったのだが……
全宇宙の覇者と言われている彼女には、そう言った俺の考えなど小細工に等しいと言った感じでばれていたのかもしれない。
「いや、場所は変えるよ!直ぐにでもね!」
と態度急変と言った感じで、アッサリと決められてしまった。
全く最初から場所を変えるつもりであれば、先程の演技などしないでほしいものだ。
「そうなの?でも場所は決まってないでしょ?」
「んー、ハッキリとはね~。でもいくつかの候補はあるよ」
候補……
この言葉に俺は不穏な予感しか感じない。
逃げ場など最初からないのは知っている
知っているのだが……
改めて言われると、やはり身構えてしまうのだ……
恐らく全て俺にとっては却下と言えるような内容や場所なのだろう!
「候補ねぇ~。例えば?」
「ん~、信ちゃん。そう言えば明日、明後日の予定は?」
「……」
俺は彼女の質問に対して言葉が出なかった。
今日は金曜日、明日は土曜日で明後日は日曜日。
そこで、彼女が明日と明後日の予定というものを聞いているということは……
もしかして彼女は……
俺に対して100年戦争を仕掛けるつもりらしい……
大丈夫なのか?俺!
ハッキリ言ってこれはかなりナイーブな問題と言えるだろう。
体力的にも戦略的にも……
文字通り精も根も尽き果てる戦いと言うのに身を投じる覚悟をしなければいけない。
当然、俺としては今回の任務を全うするつもりだ。
それゆえに任務完了まで彼女から目を離すつもりなどはないのだが……
だからと言って、開始早々から自分の手の内をさらしてしまっても良いのだろうか?
決めるのであれば、ビーチフラッグスの試合のようにサクッと決めたいものだ!
じゃないと……
長期戦覚悟の意思表示を示した場合、彼女が籠城作戦で時間をギリギリまで使ってくるというのが目に見えてわかる。
任務さえ完了することができれば、別にそれはそれで構わないのかもしれないが、だがそれは彼女の隙というのを生みにくい展開と言えるだろう。
週が明けるとどうなる……?
彼女のことだ……
自分で作った捏造データを既成事実というものにすり替えようとしてくるはず……
そうなると、今日話そうと思ったことは地中深くまで持っていき、そのままそこを流れるマグマに然り気無く流して証拠隠滅と言うことになってしまう……
それはそれで面倒くさい。
避けなければいけない問題だ。
そう結論した俺は……
「あー…、明日と明後日は両方、半出勤の予定があるよ。両方ともお客さんの都合でね」
勿論、嘘!
全て彼女のペースに合わせるのは良くないと判断し、そう答えたのだが……
だが、それがいけなかった。
彼女は、いきなり舌打ちを盛大にしたかと思うと俺の首筋に回していた左手で、俺のネクタイを掴む。
そしてそのまま彼女は強引にネクタイを引き、俺の顔を強引に近づけながらドスの聞いた声でこう言った。
「おい!ネタは上がってんだよ!適当なことばっか言ってんじゃねぇーぞ!分かってんのか?おい!」
一瞬、神の右手の発動を受けた気がしたが、正直彼女の言葉の圧力はそんなものを受け付けないほど強烈なものだ。
彼女は目を大きく見開きながら無理矢理、俺と目を合わせる。
力強い言葉に合わせる形で彼女は左腕を前後に動かすことで、俺の顔も同様に前後に動く。
俺は以前見たドラマで、ガタイの良い人が同様の台詞を気の弱そうな人に投げつけていたのを思い出したのだが……
あの時のドラマでは確か最終的に気の弱そうな奴は悪人だったのだ。
だから俺は、あの時のドラマを楽しんでいたのだが…
今回のことは、どーみても彼女が悪人なのにと心にやるせない気持ちを抱えてしまう……
とは言っても、今の俺は彼女に対してはイエスマンでなければいけない。
ので、そんな考えなど秒速で吐き捨て
「あー、ごめんね。あー、でも、あれなくなってたっけかなぁ~?ちょっと、今予定確認してみるね!」
最初から嘘だと認めるのは、心証がよくないと思った俺は、少しでも体裁を整えることができればとこう言った。
これで、予定を確認したふりをすれば彼女に対して情状酌量を求めることができるのではないかと……
そう思いながらスマホを見ようとした時に気づいたのだ……
先程、俺が意識を広野の彼方に飛ばしていたことを……
そして、その時、彼女はウハウハやっていたのを俺のスマホに焼き付けたのだが……
恐らく彼女は、その時に俺の予定というものを確認していたのではないか……
全身から汗が一気に吹き出してきた。
自分が良かれと、バレるはずがないと思いもがいていたのは、単なる独りよがりでしかなかったようだ。
どうしようと思いながら、俺は恐る恐る彼女の顔を伺うように確認してみると……
やっぱりそうだ!
そこには何とも勝ち誇った顔をした彼女がいた!
その表情は『お前なぞ、我の手のひらの上で踊る猿にすぎん!』と言う声を発しそうなほどに勝ち誇った表情に見える。
背後からは神々しいまでのオーラが出てやがる!
もしかしたら彼女得意の右手と言うの名の念仏を使用して、俺は苦痛に顔を歪めるのではないかと覚悟をしたのだが……
いくら待っても、あの全身ゾワゾワっとする感覚に訪れない……
ん?
『待っても』とか言ったら期待しているように聞こえるので撤回しよう。
いくら覚悟を決めても彼女は念仏を唱えてこない。
それどころか……
「ん?どうしたの?スマホ確認しないの?」
どうした?
ホレ?
やってみろ!
と言わんばかりに彼女は俺に挑発を仕掛けてくるような仕草をみせる。
本来であれば、その隙だらけの鼻の穴に指を突っ込み、そのまま一本背負いを見事に決めてやりたいのだが……
もちろんそんな事などは絵空事だ!
親父の拳骨の痛さも知らないのに『俺は世界最強!』とか言っている子供の考えと同じくらいの絵空事にすぎない。
そして……
もはやここまでくると俺の考えは当たっているとしか思えない。
彼女には余罪と言うものが発覚してしまった瞬間だ!
とは言え、彼女の行動について今はまだ追求するべきではない。
時期は尚早と言える。
凄腕のスナイパーとして人知れず彼女に一撃を噛ますのは、もっと後にしなければいけない。
そう思いながら、俺は自身のはやる気持ちと言うものを静め彼女の方を見る。
「あっ…、いやそう言えば、今日仕事終わる時に代わってもらったの今思い出したから……そうだ……今、思い出したんだよ。あー、大丈夫だ!」
俺の方も彼女の行動に対して、いつでも全面降伏を宣言するわけにはいかない。
なので、最初の段階ではと言うニュアンスを残しながら、自分の言葉を訂正することにした。
「ふーん……、そうなんだ~。そっかー。うーん、どうしよっかなー。まー、今回だけは許してあげようかな……。って事は、明け月曜まで予定全くないんだねぇ~」
どうやら、彼女の中では俺は嘘をついていると言うことになっていたのだろうか?
そんな証拠などは微塵もなかったのだが…
そして、そう思うと同時に……
こっちの予定を押さえておいて今さら白々しいにもほどがあるなどと思ったのだが……
問題は、そっちじゃなかった……
明け月曜まで?
おいおいおい!
月曜は仕事だぞ?
そこは普通、日曜だろ?
お前は一体いつまでの勝負を仕掛けるつもりなんだい?
そう思った瞬間……
「それなら今から私の家に行こう!」
俺の蟻地獄ツアーが決定した瞬間だった……
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