第10話◎成功させなければいけない任務
「えっ?いい方法?」
「もぉ~。分かってるでしょぉ~。言わせないでよぉ~」
彼女が発してきた『いい方法』。
はっきり言って俺の方としては全く見に覚えがないので、思わず彼女に聞き返す形になってしまったのだが……
彼女の方では、今さら何言ってんの?
みたいな感じで、顔を赤くし恥ずかしそうに俺の方を見ながら答える始末。
とても先程まで片ひざつきながら、週末に仕事のストレスから解放されたオヤジのごとく酒をかっ食らっていた女子とは思えない仕草だ。
俺は絶対に騙されない!
恐らく彼女の後ろには実はチャックが付いていて、中を開けるとオッサンが出てくるはずだ!
今まで散々、確かめただろ!と言う声がどこからか聞こえた気がするのだが……
それは気のせいなのかもしれない。
そして騙されないのはもちろんなのだが……
正直、このまま膠着状態が続いた場合、不利となるのは俺の方の気がする……
このまましおらしい態度をとっている彼女であるが……
いつまた先程のような光輝く不思議なパワーを全身に纏う伝説の超戦士へと変貌するかは分からない。
もし今の状態で彼女がそうなった場合、今度は酒というチートアイテムの力も加わることになる。
先程の素面の状態でもなす統べなかった俺だけに、今の彼女の状態をと考えた場合……
俺は死後、誰も耐えることができないと言われる無間地獄の方がまだマシと思えるような所業というのを経験しなければいけないのは明白な事実だろう。
何も悪いことをしていない俺が、地獄を越える辛さを味わうという矛盾……
本来、受けるべき人物は俺の目の前にいる人物だというのに……
「んー、分かってるって……どう言うこと?ごめん……ね?」
今の彼女は爆発要注意のニトログリセリン。
不用意に振動を加えた場合、いきなり爆発する可能性が大いにある。
そう思った俺は、知ったかぶりで墓穴を掘る事はしたくない。
なので彼女に正直に話した。
「そっかー……、知らないかぁ~……うーん、それじゃー。教えてぇ~あ・げ・るぅ~」
彼女はそう言いながら俺に顔を近づけてきた。
両手を俺の首の後ろに回しながら寄り添ってくる。
俺は身の危険を感じ、思わず南無三と心の中で唱え目を瞑ったのだが……
彼女はそんな俺を嘲笑うかのように耳元で……
「問題は声だけ何でしょ……?」
と囁いてきた!
「へっ……??」
彼女の行動が意外だった俺は、思わずそう力なく声を漏らしてしまう。
問題は声だけ?
確かこれは彼女の神の右手と言われる現象について話し合った際に俺がいった言葉だと思う。
あの時は……
ここは居酒屋で天井が、どーたらこーたらとか俺は言った気がする……
そして彼女は再び神の右手を発動させようとしているのだが……
その際に問題は声だけと言っている……
と言うことは……
と言うことはだ!
もしかして彼女……
声が漏れない程度なら神の右手を発動させてもいいとか思っているんじゃないのか????
いやいや!
そんなギリギリをせめてどうするの?
笑いをとるためにわざと狭い平均台の上を渡るのとは訳が違うのだよ……
もしも周囲にバレてしまった場合、俺たちは大変なことになるのだよ!
冷静になってくれないだろうか?
そう思った直後、俺は彼女からとっさに再び距離をとろうとしたのだが……
直ぐに考えが遅すぎたことを理解してしまうことになる。
先程まで俺の首の方に巻き付いていた彼女の右腕は、もう同じ場所にはない。
それもそのはずで、気がついたときには神の右手としての役割をこなす位置にスタンバイしていたのだ。
「ちょ……まっ……だから……それは……」
「え?だから、あれでしょ?声が出ない程度ならいいんでしょ?」
慌てる俺に被せるような形で発せられた彼女の言葉。
この時、俺の不安が的中していたのを確信したと同時に、数々の感覚と言うものが俺にふりかかってきた。
核戦争などにより人類滅亡までの時間を数えると言われる世界終末時計。
その世界終末時計が2分前なのか3分前なのか知らないが、俺にとってはそんなの生ぬるいものでしかない。
俺なんか先程受けた彼女の本気の一撃。
分どころか秒も持たなかった。
何故だ……
いや、予想は出来たことなのだが……
だが……
だからと言って、何故彼女はそう簡単に考えを飛び越えてくるのだろうか……
思わず咄嗟に俺は、違う違うとは言うのだが……
彼女は小動物のように首を小さく動かしてくる。
その仕草は一瞬見る分には可愛らしい仕草なのかもしれない。
だが先程の惨劇と言うものを体験している俺にとっては……
そんな感情などは微塵もない。
俺は、俺の感覚に再び制御できなくなるのかと言う恐怖を感じながら、直ぐに振りかかるはずの恐怖に身をすくめていると……
「ねー、信ちゃん。どうする?」
彼女の言葉と共に、右手の発動も止まった……
てっきり、再来となると思っていただけに……
拍子抜け?
いや、拍子抜けでは無い!
拍子抜けだと期待しているように思われてしまう!
期待は絶対にしていない!
どうやら俺の中の終末時計はまだ動きを始めていないらしい。
とは言っても彼女の行動が予想外だっただけに俺は思わず
「えっ?真奈美……」
目を丸くして彼女を見つめてしまった。
もしかしたら、場面と出来事が別な理由によるものだった場合は感動のヒトコマになったのかもしれないが……
今はそんなことにかまかけている余裕など無い。
「ん?どうしたの?信ちゃん?そんなに残念だった?」
んー、彼女がワケわからないことを言っている……
顔は満面の笑みなのに……
とんでもないことを言ってくる。
どうせ「残念だった?」とまで聞くくらいなら神の右手の発動は解除しても構わない気がするのだが……
彼女の右手はしっかりと定位置をキープしている。
全く人をおちょくるのは勘弁してほしいものだ。
と思ってはいるが、俺の中では彼女の機嫌を損ねるわけには絶対にいかない。
なのでご機嫌を取りつつも俺は慌てて全力で首を横に振る。
「そうだよねぇ~。うん、それならね、信ちゃん……場所変えてもいいよ……」
「えっ……どこ?」
彼女から予期せぬ場所変更の提案。
俺は彼女の言葉に一瞬の光明と言うのを見いだした気がしたのだが……
冷静になって考えてみると、世の中そんなに上手い話はないと言うのを瞬時に理解する。
俺の今回の最終任務と言うのは不可能と言われた彼女のスマホデータの確認と場合によっては削除に他ならない。
この任務は今までただの一人も成功者を出していないと言われるほどの最難関任務と言われている。
よもや最難関を通り越して、不可能な任務といわねばならないのかもしれない。
これほどの任務を俺は一人でこなさねばならないのだが、その際に最も気を付けなければいけないこと。
それは、バイオハザードである真奈美の接し方だ。
仮に彼女への接し方と言うものを一歩間違えた場合、彼女は俺個人への攻撃と言う手段にはあきたらず、不特定多数の者に影響を及ぼすであろう毒ガスによる無差別を対象にした攻撃に切り替える可能性が大いに考えられる。
当然だが、これは実行されてからでは遅い。
一度、目に入ってしまうと俺も相手も恐らく一生記憶に焼き付いてしまうことになるだろう。
必ず先回りしての行動を要求される。
そんな彼女が俺の提案する場所で納得できるのか……
多分?
恐らく?
いや、きっと!
納得できないだろう!
ファミレス?
居酒屋でいいじゃんとか言われそう。
近くにあるバー?
行くのかもしれないが、酒を飲ませたくない。
コンビニ?
いや、そもそも話自体できない。
身の安全を確保しつつ彼女の納得を得られるような場所と言うのが思い付かない……
もっと言うと、それは彼女も理解しているはずだ。
理解しているからこそ、彼女は俺に聞いてきている。
そして、その上で自分に聞くように誘導しているに違いない。
現に今、俺に見せている彼女の顔だが…
仮に『明日、世界が滅びますよ!』と言われてもサムズアップして『悔いなし!』と答えれそうな顔をしている!
『ねー、早くしよーよー。今日、金曜日だし、早くしないと行けなくなっちゃうよ~』
ほら出た……
もう、表情と言葉から自分で言いたくて仕方がない。
早く私にターンを回して!
という様子が如実に現れている。
だが俺はこのありえない任務と言うのを必ず成功させなければいけない…
だから目に涙をためながら……
「うん、分かった。真奈美の行きたい場所にしよう」
こう言うしかなかった。
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