第9話◎嘘つきのジレンマ
「ねぇー、ねぇー。今の言葉、本当に信じてもいいの?」
目の前にいる真奈美が俺に優しく聞いてくる。
口調は非常に優しいのだが……
その顔は何とも醜悪な表情をしている。
俺が言った「絶対に別れたいなんて言いません!」この言葉が嬉しくて嬉しくて仕方がないのだろう。
確かに俺だって絶対に言いたい言葉ではない。
言いたい言葉ではないのだが……
それ以上に今の彼女には野放しにしてはいけない理由というものが存在する。
彼女のあのスマホ……
あれだけは何とかしなくてはいけない。
あの箱の中には絶望しか詰まっていないのは明らかである。
逆に言えば、あれだけ何とか出来れば後はどうとでもなるはずだ。
そうすれば俺もウェーイ!とかヤッホーイ!とか言う顔を遠慮なくすることが出来る。
その為であるならば、どんな方法でも構わない!
何とかしてあれを奪う!
それのみに集中しよう!
という意図で俺は一先ず彼女に無条件降伏を宣言することにした!
「うん。もちろん信じてほしいよ」
彼女に自分の意図を気づかれたくない俺は、満面の笑みで答える。
「へー、それなら……もう少し話そうかな?」
先程まで、自分から別れの言葉を口にしていた彼女が俺ともう少し話してもいいと言い出した。
ここまではかなりいい結果と言えるのではないだろうか?
俺は心の中で特大のジャンプとガッツポーズを決めていた!
だが、油断をしてはいけない。
今は交渉の些細な一歩にすぎないのだ。
最終目標は、彼女のスマホの中のデータを確認して、場合に依っては消去という方法をとらねばならない。
なので、俺はここで交渉のための第二ステップ。
勇気の一歩作戦を決行することにした!
「あのー、真奈美さん?どうせ話すなら、お互い近寄って話した方がいいと思うんですけど……」
「ん?何?『さん』って……、いっつも、『さん』なんてつけないでしょ?出来るならいつも通りに呼んでほしいんだけど…」
俺はどうやら自分の保身を優先するあまり、自分の口調にもそれが溢れていたらしい。
普段、敬称なんて付けていないのに……
ただ、とは言っても彼女の方も今のやり取りというものを、それほど重要視している様子は見られない。
となれば、軽く流して次に進んでも問題ないのだろう……
「あー、そうだね!いつも付けてないから変だよね?いつも通りの方がいいよね!ゴメンね」
と言う軽い謝罪と共に、俺は自分の体を彼女の方へ動かそうとしたのだが……
ここで彼女が不意に左手を俺の方へ向けてきた。
「あーっと、信ちゃん!ちょっと待って!」
「え?何?」
彼女からの突然の停止命令。
予想もしていなかった行動だけに、俺は一瞬あっけにとられてしまった。
「えーっと……、その前に確認しておきたいことがあるんだけど……」
「確認?何?」
「えーっとね、信ちゃん!私の事、どう思ってるの?」
「えっ……」
俺は、そこで言葉が詰まってしまった……
「だって、信ちゃん。別れ話しに来たんでしょ?私はまだ好きなのに……」
「えっ…、それはだって……」
「別にいいじゃん、最初に信ちゃんが言ってきたことなんだから……」
「まー、そうなんだけど……」
「さっき、信ちゃん『何でも言うこと聞きます!絶対に別れたいなんて言いません!』とか言ってたでしょ?でも愛をもらえない人に言うこと聞くとか別れないなんて言われても全く嬉しくないからさ……」
頭の中に様々な憶測が渦巻いていた。
恐らく、彼女は俺を自分の側に近づけるのは、その分だけ自分のスマホを奪われると言うリスクが高くなるのを感じているはず。
だから、先ずは俺と真奈美の二人の関係が彼氏と彼女と言う強い絆で結ばれていると言うのを強調したいと言うことなのだろう。
確かに分かる!
分かるし、俺の方でも予想していた!
なので……
「何言ってるんだ?真奈美!それはさっきまでの話だろ?今日会うまでは確かに別れ話をするつもりだったし、現にしたよ。でも……」
「でも……何?やっぱり、あれが嫌だったんでしょ?」
彼女は自分の右手を俺の前に見せた。
一瞬怯んだが、ここで怯んでしまっては前に進むことができない。
「嫌なんて一度でも言ったか?」
俺は世界最大の大嘘つきになることを誓った!
いや、もしかしたらある意味では嘘つきではないのかもしれない……
若干複雑な思いが頭の中を過っていく……
「えっ?どういうこと?」
「いや、そのまんまだよ!」
「だから、嫌なんでしょ?」
「嫌と言う訳じゃないよ。ただ返事に困るだけで……」
「返事に困るだけ?」
「あー、返事には困るね。だって、考えてみろよ。今のこの部屋の状況!上を見ると天井と壁は繋がっていない。隣の声が丸聞こえ、こんな状況で大声なんて出せるわけがないだろ?」
「んー……、って事は理由は声だけなの?」
「そうだな、声だけだな」
「じゃー、好きか嫌いで言ったらどっち?」
「うーん。それは恥ずかしいことだから、あまり大きい声では言えないけど……どちらかと言えば好きかな?」
「うん、分かった。でもそれなら問題ないよね?」
彼女は、ここでニッコリと微笑むと無造作に俺の方へ近寄ってきた。
スクっと立ち上がり普通に俺の方に自分から自然に近寄ってくる。
その後、彼女は俺のとなりに普通に座り……
「ちょ、ちょとちょとっ…な…なに…なになにに…」
慌てる俺を尻目に彼女は不思議そうな目で俺を見つめ出した!!
「え?何って……もちろんさっきの続きなんだけど?」
今さら何を聞くの?
と言った顔で彼女が聞いてきたのだが……
本来であれば、アホか!と怒鳴り付けたいのは山々だ!
だが、今の状況を考えると……
俺には自分の使命と言うのが存在するだけに、彼女の行動と言うのを無下にすることができなかった。
「いやいやいやいやいや、聞いたけど!でもさっきの俺の話を聞いてなかった?」
「え?聞いてたよ!好きなんでしょ?」
アカン……
こいつはアホだ……
俺の頭の中でもう一人の俺がそう叫んでいる!
「いや、そうじゃなくて……声出るのダメだって言わなかった?」
「あー、言ったねぇー。でも、それは大丈夫じゃない?」
やっぱりこいつはアホだ……
さきほど店員はこの部屋の前に来た事実がある。
それだけに、次にまた似たような事案があり大声が漏れてしまった場合、もしかしたら店員は突入してくる可能性もある。
何故、彼女はその可能性を考えないのだろうか……
そんな俺の無言のプレッシャーなど感じるそぶりもなく、彼女は言葉を続けた。
「だって信ちゃん。さっき私に、いただきますさせてくれた時、声出さなかったよ」
彼女は当然のごとく言ってきた。
アンタなんてアナコンダの前には形無しなのよと……
彼女は大きく口を広げながら、そうアピールしてくる!
彼女は何て事を言うのだろうか……
それはあまりに酷いではないか……
確かに俺は、彼女の前に先程なすすべのない敗北と言うのを喫してしまった。
だがそれはあくまでも、俺の方にも色々な事情があったからに他ならないのだ。
なので、本来ならば彼女に滅茶苦茶怒る場面なのかもしれないのだが……
ここは耐える場面なのだろう……
「えっ…、いや、それはそうかもしれないけど……」
「んー、やっぱり、さっきの言葉って嘘だったの?」
ヤバイ、彼女が俺の渋りに対して反応してきた。
今、彼女の表情は俺に伺うような表情をしているのだが、このまま俺が頑なに自身の拒否を譲らなかった場合、恐らく彼女のエネルギーと言うのは負の方向へ進むはずだ。
そうなるとどうなるだろうか……
爆発してと言うことであればどうにか挽回のチャンスもあるのかもしれない。
いや、その場合、俺の第二次世界大戦は再びポツダム宣言を受諾することになってしまうのだろうか?
流石に二回連続と言うのは何としても避けたいところだ!
となると……
それを避けるように行動した場合。
たぶん対極な位置と言うのを考えるのであれば、彼女は帰ると言い出すかもしれない。
再び帰ると言う方向に彼女のエネルギーが傾いた場合、俺は彼女を再び説得することが出来るだろうか?
先程、俺は彼女を引き留めるために我が最大の奥義!
土下座!
を繰り出してしまった。
二度目は通用するのか?
いや…、無理だろう!
俺は土下座を上回る戦略と言うのを直ぐには用意することができない。
と言うか、無理だろう。
そのまま冷戦に入ってしまうような気がしてならない。
冷戦は絶対に避けた方が良い。
彼女の事だ、一度でも冷戦状態に入ってしまえばブラックボックスを遺憾無く発動させてくるだろう。
止めるものもいない状況でどこまでやってくるか……
恐らく彼奴らのように水面下であればルール無用と言わんばかりの手段にでてくるはずだ。
そうなってからでは遅すぎる……
俺は様々なものを捨てねばならなくなり、その俺が捨てた様々なものの上で彼女が下卑た笑みと高笑いをするのは目に見えているのだ!
だからと言って……
彼女の条件を全てが全て呑むことができない……
そんな気持ちで、彼女にうまい返事ができなくなっていたとき
「ねーぇ、信ちゃん!一ついい方法があるんだけど……」
彼女が俺の耳元で何か囁き出した。
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