第8話◎引き留める俺?

 確か彼女は「スマホって持ってるの私だけじゃない」とか言っていた……

 確かにスマホなんていうものは今や誰でも持っている。


 珍しくもなんともない。


 それこそ俺だって持っている。


 ん?

 そういえば、俺のスマホは……

 確かポケットの中に無造作に入れてるんだけど……

 あれ?

 無いよ……?

 なんでだ?

 おかしいな……


 そう思い俺は部屋を見渡す。

 今いる場所は居酒屋の狭い部屋の中。

 部屋にいるのは俺と真奈美のふたりだけ……


 どこかにあるだろうと真奈美の顔を無意識に見た瞬間、彼女は俺のカバンを指差していた。

 

 彼女に指を指された瞬間、この居酒屋に入ってきたときの記憶がよみがえる。

 確か俺は今日の話し合いは、自分の中でかなり大切な話をするつもりで邪魔をされたくないから、いつものポケットの中ではなくカバンの中に入れたんだった。

 そういう記憶が甦ってきたのだが……


 この時に疑問も一つ生まれてしまった。

 と言うのも、俺はこの居酒屋には真奈美と一緒に来たわけではない。

 別々に来た。

 それに今日の俺は外回りが中心で、彼女とは顔を合わせていない。

 

 それなのに……


 それなのにだ……

 

 何故彼女は俺のスマホがカバンの中にあると言うことを知っていたのだろう……


 そう思って俺は彼女の方を再び見てみると……

 彼女は自分のスマホを見ながら、ニヤニヤしている。

 そして何か頷いているようにも見えた……


 俺は少し前まで、確か気絶していたのだ……

 そう思った瞬間、自分の中に不安が一気に押し寄せてきていた。

 彼女のスマホの中身が気になる。

 そう思って俺は、彼女の方へ近づくのだが……

 俺が近づいたのに気づくと、彼女はスマホを自分のポケットに入れてしまった。


「ねー、真奈美?」

「何?」


 別れてもいいよと言ったことが影響しているのだろうか……

 それとも酒のせいなのか……

 彼女の声がいつもよりも低い感じがする。


「ちょっと、そのスマホ見せてもらってもいい?」

「はぁ~?なんで?」

「いや、気になるんですけど……」

「気になるってどういうこと?意味が分からないんですけど……」

「いやー、あのさー。何が写ってるのかなと思って……」

「別に何が写ってても、関係ないんじゃないの?彼氏じゃないんでしょ?」


 そう言いながら、彼女は視線を俺からそらす。

 と同時に俺は究極の二択を迫られていることに気づいてしまった。


 彼女は「彼氏じゃないんでしょ?」と言ってきた……

 もし仮に彼氏ではないと言い切ってしまったら、恐らく話はそれで終わりと言うことになり、彼女のスマホに何が写っているのかは一生の闇へと消えてしまう可能性がある。

 もしもその後、何かあった場合、どんなに素晴らしい名探偵でも解くことができないような完全犯罪と言うのが発生する可能性があるかもしれない。


 また、彼氏だと肯定した場合。恐らく彼女のスマホを確認することはできるのだろうが、+αで他の条件もつけられる可能性が出てくる。


 なので、ここは慎重に行動を選択するべきなのだろう。


「なー、教えてくれないか?」

「そんなに教えてほしいの?」


 教えて、とか彼女が言ってきた……

 と言うことは……

 やはり何かを隠している可能性は大きいように思う。


「そりゃー、まー。なんかさっきの様子だと面白そうなものがうつっているようだったしね。気になるよね」

「ふーん、そうなんだー。へー、それならさー。先ずは自分のスマホ見てみたら?」

「ん?自分のスマホ?」


 何か良く分からないが、彼女が俺のスマホを良く見てみろと言い出してきたので、俺はとりあえず彼女の指示に従い自分のスマホを見てみることにした。


 すると……


 そこには……


 とんでもない光景が広がっていた。


 俺は先程、彼女の連続攻撃を受けて、不覚にも気を失ってしまった。

 部屋の中には俺と彼女の二人だけ、そして俺が意識を失ったと言うことは、部屋には誰も止めるものがいない。

 彼女が一人だけと言うことになる。


 その後、彼女は色々と動いたのだろうな……

 なんかタガが外れたぜ!

 やったぜ!

 と言うような勢いで自由にのびのびしている彼女と俺の写真がスマホの中に広がっていたのだ。


 ただし、彼女は心の底からウェーイ!とかヤッホーイ!とか

 やっている写真がほとんどなのに対し、俺の方は目を開けている写真が一枚もない……


 それはそうだろう……


 その光景を最初見た時、俺は何かの間違いだと思っていた。

 きっと自分の目がおかしくなったのだ!

 次見た時には、別な光景が見えている。 

 

 そう思いながら何度も見返して見たのだが……


 自分の目と言うのは非常に正直なもので、何度見ても一度見た光景と言うのは変わらないと言うのを認識するだけだった。


 そして、俺はもう一つの考察を導き出す。


 俺のスマホに保存されている、彼女にとっては素晴らしい光景。

 

 この素晴らしいお写真は、きっと彼女のスマホにも保存されているのではないかと言う考察を……


 そんな事ってありえるのか?


 うん!


 恐らく……


 と言うか……


 彼女の性格からするとほぼ間違いのない事実と言えるのだろう!

 そう思ったので、俺は彼女に真相を確かめるべく視線を向けると……


 彼女は思いっきり、帰り支度を始めていた……


「ちょっと、ちょっと真奈美!何やってんの?」

「何って……、そろそろ帰ろうかと思って……だって別れ話ってことでもう決着ついたんでしょ?」

「いやいやいや!まだ話ついてないでしょ?俺聞きたいことたくさんあるから!ね?」


 ここで彼女を返してしまってはいけないと俺の本能が呼び掛けてくる!

 体裁など気にしない、俺は全力土下座で彼女を引き留めにかかっていた。

 

「あっ…、ごめーん。私ないからさー。もういいよ!」


 彼女は、そう言いながら帰り支度を完了させ席を立とうとしていた。

 先程まで俺に対して様々な攻撃を仕掛けていた人物と同じ人物だとはとても思えないほどにサバサバしている。


 だが……

 だからと言って……

 それが彼女の白だと言う証拠にはならない。


 と言うよりは、俺の中の本能が言っている。

 この女は絶対に黒であると!


 デルタゾーンは白なのかもしれないが……

 彼女の心の中と腹の中は真っ黒であると俺の本能が言っているんだ!

 

 そうこうしているうちに、彼女は俺とは一切視線を合わせずに立ち上がってしまった。


「じゃーねー……。ばいばい!」


 彼女から、その言葉が聞こえた瞬間、俺は形振り構わずに彼女を引き留めるためにある作戦をとることにした。


 日本人の最終兵器、土下座!


 丁寧に膝を降り頭と両手を地面につけて、これでもかと誠意を込め


「ごめんなさい、真奈美さん。僕が悪かったです」


 とりあえずこの言葉だけを言った。


 すると……

 一瞬、彼女の体がピクンと反応した気がしたのだが、目線の方は俺とは別方向。


 どうやらまだ足りないと言うのか?

 

 どうすればいいのか……


 そう思い周囲を冷静に観察すると……

 

 彼女の位置が目についた。


 彼女は先程、席を立とうとしていたのだが……

 俺が土下座をした今、再び彼女を見ると座っていたのだ。


 これはすなわち……

 話を聞くと言う証拠に他ならない。


 そう思った俺は、このチャンス!

 逃してはならぬと再び攻撃を仕掛けることにした。


「申し訳ございません。真奈美さん!」


 ひたすらこの言葉を連呼。

 案の定、一度言うよりも二度。

 二度よりも三度。

 言えば言うほどに、彼女の視線は俺の方を向いてくる。


 これはしめた!

 やはり千載一遇のチャンスだと悟った俺は!

 彼女に対して、いよいよ必殺技となる言葉を彼女に浴びせた!


「何でも言うこと聞きます!絶対に別れたいなんて言いません!」

 

 直後、彼女の動きが止まった?

 いや、もしかすると俺以外、この世界の全ての動きが止まったのかもしれない。

 そう錯覚させるほどの静寂さを辺り一面が包み込む。


 そして……


 時は動き出す!


 俺の言葉を聞いた彼女はゆっくりと俺の方へ歩みよってきた。


「ねー、信ちゃん!今の言葉ほんと?」


 彼女が俺に言葉をかけてくれた。

 一時期は絶体絶命を覚悟していた俺だが、なんとか帰り際直前にウルトラ逆転に繋がる大ジャンプを見せた!

 恐らく彼女と知り合って、これほどに喜びを感じたことはないと言うほどに嬉しかったのだ!


 そう思って、俺は上を見上げると……


 下卑た笑みを浮かべた彼女の姿があった……


 もしかすると俺は嵌められたのではないだろうか?

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