第25話○チャレンジ

 俺はいつの間にか、彼女に何度もお願いしていた。

 だが、そのお願いはいつまでも聞き入れてもらえず、彼女はその度に箸で俺の背後を指し


「お帰りはあちらでーす!テヘッ!」


 何て言いながらふざけていた。

 普段の俺であれば、そんな彼女の行いも笑って冗談といい流せるかもしれないが、今だけは状況が違う。

 彼女の仕草に神経を注げるほど、俺の腹には余裕がないのだ。


 かといってむやみやたらに怒鳴り散らすことなどできない。

 なので空腹のまま余裕なく俺は再び彼女にお願いする。


「ケーキ?」

「うん!ケーキ!」

「ケーキダメヨ……オネガイヨォ~」


 彼女の容赦のない攻撃に、俺は目が点になり発せられる言葉は思わずカタコトになってしまった。


 思わず家ではお腹をすかせた子供たちが……

 などと続けそうになってしまったが、ここが俺の家だと気づき思いとどまる。


「ケーキオイシイヨー」


 彼女は嬉しそうに俺の様子を伺い、そして口調を俺に合わせてくる。

 明らかにからかっているのだろう。

 でも、ここで感情的になっては絶対に食事になどありつけない……


 それどころか、とんでもないしっぺ返しを食らってしまいそうな気がする……


 もはやここまでくると……

【余の辞書に『強気』と言う文字はない】

 と言えるほど、俺は彼女に媚びていた……


「アイムケーキ?」


 (なんだそれ…)

 

 思わず、自分の言葉に突っ込みをいれてしまう俺。

 いくら腹が減っているからとは言え、俺はケーキではない。


 そんな事は分かっている…

 分かっているのだが、もはやそれほどに俺の頭の中には余裕と言うものが消えていた……

 

 横をチラッと見るとケーキが『お前じゃないぞ!俺がケーキ!早くかかってこいや、コラァ!』

 と言うようなジェスチャーをしていた。


 もう……

 分かってるよ。

 

 でも、今の状態じゃ俺はお前を受け入れれるほどの余裕がないんだって……


 それとも何か?

 お前まで、そんな余裕のない俺を追い詰めたいと言うことなのか?


 そうか……

 分かったよ!

 お前までもが魔王の手先になったと言うんだな?


 よし!

 分かった。

 後で準備が整ったら相手をしてやるからな。

 待ってろよ!


 ケーキとはこう言ったし烈な火花を散らしはするが、もちろんそんなのはケーキ相手だからできること。

 彼女に対しても、そこまで強気になれる余裕もあればよかったのだが…


 もはや余裕がなくなっている俺は、ひたすらに彼女にお願いするしかできない…


 そして

 ここまで俺をさんざん笑い者にしていて彼女も、そんな俺のミスに気づかないはずがない。


「ノー。アイムケーキ、ノー。アイーニードケーキよ~」


 彼女に冷静に間違いを指摘される俺。

 

 レタスを食べながら言ってくる仕草が何ともムカつき具合を誘ってくる。

 もちろん先ほど俺が訴えたマヨネーズの方も、これ見よがしにかけられていた。


 このマヨネーズの件は、後で落ち着いた頃に内容証明で請求をしなければいけないと思っている。


 とは言え、先ほどの彼女の指摘だが……

 必要?食べるじゃないのか?

 一瞬そう思ったのだが、それでも「アイムケーキ?」は無いだろうと思わず恥ずかしくなり、下を向いてしまいそうになるが……


 コンコンコン!


 彼女はいきなり、テーブルを3度ほど叩く。

 一瞬目をそらしてしまった俺。

 予想していなかった音がしたために、反射的に彼女の方に目線を向けた。


 すると左手の人差し指をたて、自身の口の方に寄せ


「リピートアフタミー、アイニードケーキ!」 


 彼女は言葉を続けてきた。

 そして喋った言葉は先ほども聞いた「アイニードケーキ」なる言葉。

 意味はもちろん知っている。

 それも自分の言葉に続けとまで言ってきている始末。

 彼女が言っている意味はもちろん分かるのだが……


 今までの経験から繰り返せと言う言葉が少し胡散臭く感じてしまう。

 ここは様子みるべきと判断した俺は、そのまま目線を僅かにそらしてスルーを決意するのだが……


 そして、そんな俺の様子は彼女の方でも予測していたのであろう。


 彼女は自分の唇の前で立てている左人差し指を小さく左右に振りながら、彼女はテーブルから唐揚げを箸で持ち上げた。


 空腹の俺にとっては、そんな彼女の仕草が、たまらないほどに羨ましく感じてしまう。

 俺の視線には当然、彼女も気づいているようで、いたって余裕というような表情を見せる。

 

 もしくは『おいおい、にーちゃん!そんな防御じゃ紙と一緒だぜ!』とでも言いたかったのだろうか。


 『それはお前がチートアイテムを所持していると言うだけの話だろうが!』

 と叫んでやりたかったのだが……

 彼女が手に取ったのは、古から伝わる勇者の証である唐揚げだ。

 そんなものを無下になどできるわけがない。


 そして何よりも……

 何故、俺が彼女に対してそう強く言えなかったのか。

 その本当の理由と言うのは、彼女の次の言葉を聞いてしまったからに他ならない。


 一体どこまでアイツは自分勝手なのかと思いながら、俺は彼女を見下ろしたのだが……


 その直後!

 俺の耳に突如甲高い彼女の声が鳴り響く!


「パンパカパーーーーン!!!!チャ~~ンスタイム!!」


 唐揚げを持ち上げながら俺に目線を合わせて喋りだす彼女。

 この瞬間、俺の脳は思考を停止してしまう。


 魔王が再びチートアイテムを片手に俺に対して時空魔法を使った瞬間だった!

 

 おい!

 お前、ここでそれをだすと言うのか?

 お前はどこまでも卑劣なやつなんだ!

 それを俺が交わすとでも思っていたのか?

 俺はそう思ってしまったのだが……


 時間を止められながらでは、俺の方も思うように行動ができない。

 そんな俺に、お前はどうしろと言うのか? 


 そう思った直後。


「やる?」

 

 と聞いてくる彼女に対して、一秒前に思ったことは記憶の彼方と言う具合に俺は彼女に対して

無言で何度も首を振っていた。

 

 プライド?

 そんな者は後ろを向いた瞬間に金属バットで首筋に一撃入れて、よろめいたところをローキックで転ばせて縄でしばっちまいましたからね、暫くは身動きとれないはずですよ!

 自分で言いますけど、もうその様子は本当に見事でしたよ!

 多分、監督によっては【君の縄】なんて言う感動映画作れるほどの手際のよさだったと思います。

 もちろんヤツも一瞬の出来事で何が起きたのか分かっていないようでしたからね。

 証拠なんて残してありませんので、その辺は心配しなくて大丈夫ですよ!


 『これでは魔王の手先と一緒じゃないか!』と言う声が聞こえてきそうですが……


 いいえ!

 魔王の手先ではありません!

 私は、唐揚げ様の手先と言うだけの話ですから勘違いなどしないでいただきたい!


 唐揚げ様の為であれば、『伏せ!』なんて言われてたら喜んで伏せていたでしょうし、『おまわり!』何て言ってたら急いでディスカウントショップで制服買ってきてコスプレするのも躊躇なくやってやりますよ。


 笑うなら笑うがいい!

 

 所詮、空腹などには勝てません。


 そうです!

 俺はこのチャンスをそこまでしてモノにしたかったのですから!  


 最後に笑うものが勝者と言うわけです!


 だって、仕方がないじゃないですか……

 やっと来たんですよ!

 待ちに待った人生で三回あると言われるモテ期が……


 そんな今の俺の気持ちがわかりますか?


 一回目は幼稚園年長組。

 二回目は小学校二年生の時。

 もちろん、両方とも無駄に過ごしちまいましたよ。

 後から大きくなって気がついてはいたんですけどね、その時には後の祭りと言うヤツですよ。


 三回中二回を無駄に過ごした俺ですからね。

 残りの一回に関しては、かなり慎重に待ってましたよ!


 それこそ毎日毎日、今日か?今日か?

 何て思いながら、絶対に逃さないという気持ちの中でドキドキ過ごしていましたからね。


 ここまでくるのも長い道のりでしたよ!


 なにか兆候等があれば24時間を問わず敏感に、そして柔軟に対応はしていくのですが、いつもいつも良いところで邪魔が入りましてね。


 毎回毎回「ちょっと待ったぁーー!!」の連続で、悔しくて地面を蹴ったことが何度あることやら……


 あげくの果てには魔王なんて言われるヤツにまで絡まれて脱出不可能って言うんですから、三度目のチャンスはもはや夢の後かと思っていたのですけどね。


 諦めなくてよかったぁー! 

 

 俺が

 【信じる者は救われる】

 この言葉を心底実感した瞬間でした。

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