第6話◎嫌いじゃない?
「ねー、ねー、信ちゃん。教えてぇ~」
真奈美は俺に甘えるような声で聞いてくる。
「えっ……、ちょっと…なんでそんなこと…聞いてくるんだよぉ…」
「だってぇ…信ちゃん。さっき言ってたでしょ?やめろって……」
「痛いとか苦しいからやめてとかじゃないんだって……」
「じゃー、なんで?だめなの?お・し・え・てぇ~、ねっ!」
真奈美は可愛らしくウインクをしながら俺に言ってくるのだが……
「えっ…だってさぁー、俺、今日、真奈美にこんなことされたくて今日、呼び出したわけじゃないんだよ」
「それって事は、信ちゃんの都合でしょ?」
「えっ?今日呼び出したのは俺なわけだし……」
「でも、信ちゃんの呼び出しに私がのったということは、私の都合もあると言うことじゃないの?」
真奈美が何やら意味不明なことをいっている気がするのは俺だけなのだろうか……
とは言え、今の現段階では彼女は俺の権力を握っている立場な訳で……
あまり刺激などをしてしまうと、とんでもない状況を招く可能性が考えられるだろう。
と言うことで、俺は慎重に事を運ぶ必要があるのだ。
「それじゃー、聞くんだけど……真奈美は何で俺の誘いに今日のったの?」
「えっ……聞きたい?」
一瞬、彼女の目が鋭く光った気がする……
ヤバイ……
恐らくここは勝負どころなはずだ!
頑張れ俺!
負けるな俺!
慎重に全神経を集中させて確実な正解を導き出していかねば、とんでもないことになる気がする……
どう言った形にしろ彼女に会話の主導権を握られるのは避けたい。
もう既に俺を握られているわけなのだから……
と言うことなので、ここは敢えて危険な橋を選択して……
「いや、聞きたくない……」
恐らく会話の内容としては悪くないチョイスだったはずだ。
そう!チョイスは悪くなかったのだが……
彼女の顔を見ながら答える自信がない俺は、目を瞑りながら答えたのだが……
そんな俺を彼女は許すはずもなく……
「ねー。なんで目を瞑ってるの!こっちは真剣なんだよ!」
という言葉と共に彼女は右手の力を強めた。
「うぅっ……あっ……」
「あー、ごめん。つい……って、言っても…今のは信ちゃんが悪いんだからね……私が真剣に喋ってるのに、目なんか瞑っちゃって……」
彼女は、そう言いながら軽く俺の方を見ながら可愛らしくアピールしてくるのだが……
俺の方が何とも言えない状態となっているのであって……
「あー、悪かった。分かった目はつぶらないよ」
「うん。でも今のは痛かった?」
「痛くないよ」
「そっかー、なら良かった。後ね……、これって信ちゃん嫌いなの?」
「えっ……これって、どれ?」
「これって言うのは……これね!」
彼女は、そう言いながら右手を動かすのだが……
その動かし方は今までと違うものだった。
右手の基本的な位置と言うのは今までと変わらないのだが、今までのように握り混むような感じではなく、優しく細かく動かしてきたのだ。
くすぐったいような気持ちいいような何とも言えない感覚に襲われてしまう……
「ちょ…ちょっと…まな……あぁ…ちょ……ま……」
「んー?どうしたの?」
彼女は余裕の表情で、俺を見てくる。
全くさっきまでの約束は、どうなったのだろうかと突っ込みを入れたかったのだが……
不思議な感覚に襲われている俺には、そんな突っ込みをいれる余裕など無かった。
やがて……
「ダメっ……」
俺が思わず声を漏らした時に、彼女は指の動きをピタリと止める!
とりあえず九死に一生という形で、なんとかファイナルアンサーを迎えずにすんだ!
今のところまだ床下浸水状態なので、多少の洪水問題には目を瞑ろうとは思う。
「そう、これね。これ!今、信ちゃん。ダメって言ったでしょ?何でダメなの?」
「えっ……だって、それは……」
「痛くない。苦しくないのにダメだって言うのって変じゃない?それに嫌いかって言う質問にも答えてくれないし……それに、今のされているときの顔って、超嬉しそうだったよ!ねー、なんで?」
俺にはこの時の彼女の質問が、この世の真理を導き出すのと同じくらい難しい質問に聞こえてしまった。
「えっ……それは……」
嫌いなもんは嫌いなんだよと、一事言ってバッサリと切り捨て去ってしまえばいいのだろうが……
残念ながら今の俺には、その一事と言うのがどうしても絞り出すことができないのだ。
そして、そんな俺の気持ちを分かっているだろうに、彼女は更なる追い討ちをかけてくる。
「じゃー、質問変えてあげる。今の答えは嫌いじゃないってことにしといてあげるねー。それで、信ちゃん。さっき私の事、好きって言ってくれたよね?」
とりあえず、彼女の質問を一つクリアしたのかと俺はホッと胸を撫で下ろしながら首を縦に振る。
とは言っても、それほど長い休憩を俺に与えるつもりもないようで、彼女は顔を俺の鼻先ギリギリの距離まで近づけながら次なる質問を被せてきた。
恐らくわざと自分の吐息を俺の鼻先に当てるように喋ったのだろう。
かなりむず痒いような感覚に襲われる。
そして、若干クラクラと頭が揺れる感覚に襲われた。
不味い……
意識が混濁し始めた……
よくRPGゲームとかで主人公などを眠らせる効果を持つと言われる【甘い息】。
あれはゲームの世界だからと流していたのだが……
まさか現実世界でその使い手がいるというのは夢にも思わなかった。
「言ったかもしれない……」
意識が半分なくなりかけながら、俺は彼女の問いに必死に答える。
「かもしれない?噛むよ!」
だが、俺の答えは彼女にとって納得いくものではなかったようで、彼女は俺の答えの後すぐさま追い討ちをかけてくる。
この時の後ろの言葉が、憎悪に満ちていれば、俺の方としても太刀打ちはできたのかもしれない。
だが、そんな俺の考えなどは見越しているよと言わんばかりに、彼女の後ろの一言は慈愛に満ちたもので、俺はなす統べなく吸い込まれそうになっていた。
もはやここまで来ると掟破りの連続攻撃と言った方がいいのかもしれない。
わざと吐息を当てながら、俺に甘い口調で強く同意を求めてくる。
一瞬、自分の脳裏に噛まれたらどうなるんだろう?
何て言う考えも浮かんだように思えたのだが……
実際に噛まれて、そのまま泳げずに溺れてしまったということになれば洒落にもならない。
そもそも、俺は彼女と縁を切るために今ここにいるわけなので、そんな選択はできないだろう!
「えっ…言った」
噛まれるのはごめんと思った俺は、彼女に思わずそう言ってしまった……
「だよね?それなら、なんで別れるとか言うの?」
彼女は俺に目線を合わせながら言ってくる。
もちろん、右手の指を細かく優しく動かしながら……
「いや……ちょっと……、それはだって……ん……あぁ……」
「なーにー?ちゃんと答えてくれるまで止めないよ!だって嫌いじゃないんでしょ?さっき言ったよね?そしたら首縦に振ったじゃん」
そして、この時俺はまたしても彼女の策略に嵌まっていたということを改めて自覚してしまう。
彼女は先程言った。
彼女の右手に対する俺の答えは嫌いではないと……
だから彼女は質問の内容を途中で好きかどうかに変更したのだが……
あの時はハッキリ言って、自分の答えが上手い具合に流れたと思っていたのだが……
とんでもなかった!
あれも彼女の策略だったのだ。
彼女に言わせるとどうやら嫌いでないのであれば、やめる必要ないだろ?
という事らしい……
動き事態は強いものではないないので、すぐにどうこうということはないのだが…
とは言っても、いつまでもこうしていてはファイナルアンサーというものが俺にも訪れてしまう。
その前に何とかしなければ……
荒波の中に飲み込まれた俺。
自分が溺れないようにと必死に何か捕まるものを探し始めた。
何でもいい、すがるものがないか?
こんなところで俺は負けるわけにはいかない。
そう思い必死に夢中でもがき続ける中で一本の丸太を見つけた俺は、その丸太を絶対に離さないようにしっかりと抱え込んだ!
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