第43話 セシル

「ここは・・・・・・どこだろう?」


ガタガタと体に伝わってくる振動で目を覚ました私は少しずつ目を開ける。

目に入ってきたのは何故か馬車の幌だった。


(ああ、馬車の幌ってこういう作りになっているんだ)


幌なんてじっくり観察したことが無かった私は、そんなことに感心しながらぼーっと幌の作りを眺めていた。


「あ、気が付きましたか?」


そんな時、横から私の顔を覗き込むように一人の女性が声を掛けてきた。


「ご気分はどうですか?」


気分は―――馬車の振動が響いてあまり良くはない。けど、私が軽く頷くとその女性は笑みを浮かべた後に私の視界から外れていった。

そこで私は自分が生きている事に初めて気が付いた。


(なんで助かったのだろう?)


あの時、朦朧とする意識の中で最後に私が見たのは、白く揺らめく炎と立ち上がろうとするフィンの姿。

(そうだ・・・・・・あれからどうなったんだろう。確か大型竜の牙を首に押し当てて・・・・・・)


―――フィン、逃げて!


心の中でそう願った後の事は覚えていない。

私はなんで馬車に乗っているんだろう?

フィンは無事に逃げられたのだろうか?



私が目を覚ましたのは、帝都まであと一日という所まで馬車が来た時だったそうだ。

意識を完全に取り戻した私は、看護兵さん達を質問攻めにしてあれからの事を聞いた。


私がフィンに助けられた事。

フィンが邪竜を倒した事。

意識が戻らなくて帝都に後送されている途中である事。


そしてフィンが無事だった事。


それは私にとって一番嬉しくて、一番聞きたくて、一番大事な事だった。


帝都に着いた私はそのまま騎士団治療院に連れていかれた。

五日も寝ていたせいで、身体が少し怠い以外はどこも悪くないと思うのだけれど、念のためという事で有無を言わせずといったように入院させられてしまった。


それから数日はフィンも中隊のみんなもまだ戻ってきていない為、本を読む事くらいしかすることが無く退屈だったけど、こういう生活にはずっと慣れている。

ただ、気が付くといつもあの時の事、最後にフィンに向けて放った魔法の事を考えてしまう。


もうこれ以上フィンが辛い目に合わないよう、もう静かに終われるようにと防御魔法を詠唱したのに、最後の最後で治癒魔法に切り替えてしまったこと。

フィンなら、私の知っているフィンなら、治癒魔法を掛けたらどんなにボロボロでもまた邪竜に立ち向かっていってしまうだろう。

治癒魔法はフィンの苦しみをただ引き延ばすだけ。

そうなることは分かっていた。


それでも、やっぱり私にはできなかった。

目の前でフィンが死んでいくことに。そんな選択はどうしてもできなかった。

フィンが逃げてくれることに一縷の望みを込めて放ったのは治癒魔法だった。



今ここでこうしている事、フィンが無事な事。

結果だけを見れば治癒魔法で良かったのかも知れない。

ううん、私がどんな魔法を選んでいても何も変わらなかったかも知れない。


だけど私の心は暗く沈んで行ってしまう。

やっぱりフィンが逃げずに邪竜に立ち向かっていた事、もしフィンに不思議な力が無かったらどうなっていたかを。


フィンに近づかないルールを散々破った結果、今までどれ程フィンを苦しめて来ただろうか。

フィンの為に何でもするって決めても、結局何も出来なかった私が最後に出来る事は、フィンに再会した時に自分に課した二つのルールの内のもう一つを守ること。


”邪竜を倒したらフィンの前から姿を消す”ことだけ。


これ以上、私が傍にいてまたフィンを傷つけてしまう事だけはしたくない。

今すぐフィンに会いたい気持ちを押し殺して、私は毎日そればかりを考えていた。



それから数日後、邪竜討伐からみんなが帰ってきた。

小隊や中隊のみんな、そしてフィンの小隊のみんなやカミラちゃんも次々とお見舞いに来てくれて、私の無事を祝ってくれた。


「セシルちゃんが寂しくないように、今日から俺もここに泊まるよ!」

格好つけた声でそんなことを言ってニナさんに叩かれるジャックさんと呆れたような顔で見守るマルコさん。

こんな素敵な仲間がいるフィンはこれからも幸せに暮らしていけるだろう。


フィンが忙しくてここに来れない事は、お見舞いに来てくれた人みんながフィンの代わりになったように言ってたけど、私には都合が良かった。

本当は今すぐに会いたい。

けど、会ってしまったら弱い私の最後の決意が揺らぐかも知れないと思うと、会うのが怖くなってしまう。

そんな事ばかり考えながら過ごしていた二日後のことだった。


―――コン!コン!


「はい・・・・・・どうぞ」


ノックの音にその日も小隊のみんなが来てくれたと思い、読んでいた本を閉じて顔を上げた先にはフィンが立っていた。


「フィン・・・・・・」


驚きの後には、やっとフィンに会えた喜びで涙が出そうになってしまう。

無事な事は分かっていたけど、それでもやっぱり直接会たことでやっと安心することが出来た。


お見舞いの言葉を口にするフィンに私が言えたのは、助けてくれた事へのお礼とお詫びだけ。

私の治癒魔法のお陰で命が助かったとフィンは言ってくれたけど、あれが正しい選択だったのか今でも分からない私は素直に喜べなかった。


そうする内に忙しいフィンはすぐに呼び戻され、部屋を出て行ってしまう。


(本当は話したい事がいっぱいあるのに・・・・・・ずっとここにいて欲しいのに・・・・・・)


それでも、もうこれ以上フィンの迷惑にならないように、あと数えるほどしかないであろう、もしかしたらこれが最後かもしれない二人だけの時間を笑って過ごせるように、挫けそうになる心を押し殺して、私は扉の向こうに去ってゆくフィンに向かって笑顔を作った。



フィンが来てくれた次の日、私は無事に退院できた。

フィンはあれからも忙しいらしく、ときどきすれ違う時に挨拶をするだけで、ちゃんとお話しすることはなかった。

私ももう食堂棟の前でフィンを待ったりするようなことはしていない。

特別戦闘騎士団の解散式が行われるまでそんなに時間がなかった事も、私には良いことだったのかもしれない。

これ以上フィンに会える場所に居たら、私の決心が揺らぎそうだったから。


そして、早く来て欲しいと思いつつ、永遠に来ない事を願っていた解散式当日。

特別騎士団代表として挨拶をするフィンを見上げながら色々な思い出が胸をよぎる。


二年半前、フィンに会えることに淡い期待を抱いて迎えた入団式。

その夢がすぐに叶ってしまった時の喜び。

フィンが私の事を覚えていなかった時の驚き。

中隊や小隊の仲間が出来たことや戦死した仲間との別れ。

フィンと一緒にいることができて、いっぱいお話しできたこと。

ヨルマやエレナのこと。

そして・・・・・・フィンをいっぱい傷つけてしまったこと。


たった二年半だけど全てがずっと昔の出来事の様に感じる。

そんな私の気持ちを振り払うように、最後の騎士団総長の号令で全員の歓声があがる。


中隊や小隊の皆と最後のお別れをした後、すぐにこの場を去ろうとした。

たった一つ心残りがあるとすれば、みんなに、フィンにちゃんとお別れの挨拶が出来ない事だった。

だけど、最後に一目だけ・・・・・・と、フィンの姿を捜してしまう。


するとすぐに、同じ小隊の仲間と抱き合って喜んでいるフィンが目に入る。


私の大好きな少し癖のある綺麗な銀の髪。

二年半前よりさらに高くなった身長と逞しくなった体。

辛い戦いを経験して精悍になった整った顔。

そして、子供の頃と変わらない優しい目元。


最後は泣かないって、笑っていようって決めたのに、私の意志とは関係なく涙があふれそうになってくる。


ちょうどその瞬間、こっちを向いたフィンと目が合ってしまう。

今の私はどんな風にフィンに見えているだろうか。

ちゃんと笑っていられてるだろうか。


みんなの輪の中に見えなくなっていくフィンに背を向けて私は歩き出す。


(さようなら、フィン。今までありがとう・・・・・・そして・・・・・・ごめんね)



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