第41話 戦いの後

ガタン!という音と共に馬車が大きく揺れて、うたた寝をしていた僕は目を覚ました。


「んっ、ふぁあーー」


大きく伸びをして、ぼんやりした頭に酸素を送る。


「あっ!フィン中隊長、起きられましたか」


僕が目を覚ましたことに気づいてそう声を掛けてきたのは、ずっと僕達小隊、中隊の索敵を務めてくれていた女性索敵兵だ。


「ああ、ごめん。君たちに索敵をさせておきながらつい寝てしまって」

「いっ、いえ、全っっつ然平気です!中隊長もお疲れでしょうし、皆さんもまだ寝てられますから」


彼女はそう言うと、口元に手を当てて笑いながら僕の向かい側を指で指す。

彼女のジェスチャーに釣られて向かい側を見ると、大口を開けたジャックが涎を垂らしながら幸せそうな顔をして寝ている。

いつもの光景とは言え、僕も思わず笑ってしまう。


そんなジャックにもたれ掛かる様にして寝ているニナ。

良い夢でもみているのか、口元が少しニヤついている。

そして僕の左隣ではいつもと変わらない様子で目を瞑っているマルコ。

寝ているようには感じないけど、これがいつものマルコの寝顔だ。


「異常は?」

「はい。五分程前に索敵しましたが、半径十キロ以内には敵影はありませんでした」


もしかしたら追手があるかもしれないと警戒していたが、その心配も無さそうだ。

馬車の幌を少し捲って外の様子を眺めると、冬の冷たい空気と共に、弱々しい太陽が西の空から足早に姿を消そうとしている姿が目に入ってくる。


「あと二キロ程で野営予定ポイントに到着します」


次に僕が質問する内容が分かっていたのか、彼女は先に回答をくれた。

今日の野営ポイントは大回廊に一番近い村、大回廊の南五十キロにあるフロス村の近郊で、全部隊の後方支援として出張ってきている黒騎士団が野営準備を整えているはずだ。


「了解。それじゃあ―――」


いつもの様に皆を起こそうとして声を掛けようとしたけど、目の前にある今まで普通に過ごしてきた何気ない日常の光景を改めて眺めてみると、少しでも長くこの時間を感じていたいと感じた僕は皆を起こすのを止めた。

結局、野営ポイントに到着して最後にジャックが起きるまで、昨日の戦いが嘘のような、そんな何気ない日常に僕は浸っていた。



昨日、邪竜を倒した僕たちは直ぐに撤退を開始して、その日のうちに大回廊の外に出ると、ちょうど移動してきた赤騎士団以下、第三、第四中隊と合流し、その場で野営をすることになった。


直ぐに被害状況の確認を行ったが、幸い僕ら第二中隊は負傷者こそ多数出たが、戦死者は一人も出すことなく、全員と無事再会できた事が何より嬉しかった。

第五中隊は戦死者二名を出してしまったが、あの状況で良く持ちこたえてくれた。

第一中隊は戦死者十二名、今後の戦闘が不能になった負傷者は七名。

今回の作戦までに少なくない死傷者を出してきた第一中隊は、作戦開始前に八個小隊だったので、中隊の約2/3が死傷するという全滅状態だった。


そして、勇者であり特別戦闘騎士団の団長でもあるヨルマは、戦闘不能の負傷者として数えられていた。


昨夜、僕が聞いたヨルマ達についての話はこうだった。


第二、第五中隊は途中で第一中隊の幾つかの小隊を収容しつつ、僕を救出しようと邪

竜に向かって前進していた。

その時、前方から一人の女性がこちらに向かって必死に走ってきたので収容すると、彼女はエレナの代わりに勇者小隊に臨時で配属された青騎士団の騎士だった。


彼女の話では、勇者が一人で魔物の群れに突っ込んでいき、手足を吹き飛ばされてしまったらしい。彼女は唯一使える治癒魔法で必死に止血をしていたが、最後にブレスの直撃を受けた勇者が倒れ、彼女を守っていた聖戦士も立ったまま何の反応も示さなくなり、怖くなって逃げてきたそうだ。


そのまま前進を続けた第二、第五中隊はヨルマより先に僕と合流して、僕の戦闘を見ていたが、その時に周囲の警戒に当たっていた小隊が、魔物の死体に交じって倒れているヨルマを発見したらしい。

顔は焼けただれていたが、止血のお陰で辛うじて息があったヨルマに治癒魔法を施し、後方の青騎士団本隊に搬送したそうだ。

ただ、いつ死んでもおかしくない状態らしく、今朝帝都に後送されていった。


また、勇者小隊の聖戦士は僕が合流する前に、一人で立ち尽くしている所を発見されて収容された。聖なる鎧のお陰で怪我は大した事は無かったが、何を聞いても返事をしなかったそうだ。彼も戦闘不能として数えられてた。


賢者はそれよりも前に、後方にいた青騎士団本隊が収容していた。

戦闘開始後、上級魔法を連発していた彼女は早い段階で魔素切れを起こし、怖くなった彼女は途中で勝手に逃げて、一人で青騎士団本隊までたどり着いたらしい。


それが、僕が聞いた勇者小隊の戦闘経過だった。



あと、僕はエレナの事が頭からすっぽりと抜けていて、彼女には何の指示も出していなかったけど、エレナは今回の戦闘でもずっと第二中隊と行動を共にしてくれていたそうだ。

僕は大回廊から出た後にエレナに声を掛けた。


「エレナ、今日も第二中隊と一緒に戦ってくれたんだってね」

「・・・・・・うん、一応、今回の作戦期間中は第二中隊の所属だったし」


俯きながらも、しっかりとした口調で答えるエレナ。


「昨日の緋竜戦も今日の邪竜戦も第二中隊に戦死者が出なかったことは、君の力も大きかったと思う。助けてくれてありがとう」

「あまり役には立たなかったかも知れないけど・・・・・・少しは皆の力になれたんだったら良かった」


少し顔を上げ、寂しそうに笑った彼女は「じゃあ・・・・・・」とだけ言い残し、僕に背中を見せて歩き出した。

僕もエレナも、無理やり塞いだ傷口をようやくちゃんと塞ぐことが出来たのは、つい先日の事だ。

お互い顔を合わせてしまえば、まだ心の何処かで何かしら思う事もあるだろう。

すぐには前に進めないかもしれない。

それでも、”前に進む決心はついた”と伝える声が、遠ざかって行くエレナの背中から聞こえた気がした。



そして僕にとって一番大事な事。

セシルは今、僕達と一緒には居ない。


ニナ達のお陰で一命を取り留め、怪我は治ったセシルだけど、結局一晩経っても意識が戻らなかった。

これは、命に係わる大怪我した時に、治癒魔法で急激に傷を治された人に時々ある症状で、身体だけ急激に回復した事で心と体の状態の乖離が大きくなるせいでは、と言われているが詳しい原因は分かっていない。

ただこうなった場合でも普通は3、4日もすると意識が戻る。

それでも念のためにヨルマや他の重傷者と共に、今朝、帝都に向かって後送されていった。



その晩、いつものように小隊の皆と夕食を取った後、僕は逃げるように自分の宿所に戻った。

昨日の戦闘の事、特に僕の身体が過去の勇者のように光っていた事について、会う人合う人みんなに聞かれるから。

僕自身も理由は分からないし、あれが本当に勇者の力だっかも分からない。

僕が分かるのは、あの力で邪竜を倒せる気がして実際に倒せたこと。それだけだ。


女神様の間違いでフィンに力を与えちゃったんじゃない?

たぶん本当の勇者はフィンだったのよ。

聖剣もフィンが持った途端光り出したし。


そんな会話も僕が居る周りから常に聞こえてくる。

ちなみに聖剣は戦闘後すぐに青騎士団長に渡してあった。


皆が喜ぶ気持ちも良く分かるし、僕だって正直嬉しかった事は事実だけど、それでも緋竜と戦って勝った時のような気分にはどうしてもなれなかった。

その理由も分かっている。


ヨルマと向き合って決着を付けていない事。

中隊のみんなと一緒に居られる時間が終わってしまう事。


そして―――


僕はベッドに寝転がり、見慣れた宿所の屋根裏をぼんやりと見つめながら、昨日の戦闘......邪竜に吹き飛ばされて動けなくなった時の事を考えていた。


あの時感じた感覚。

セシルも僕と同じ気持ちでいるであろうことを根拠もなく、はっきりとそう感じた感覚。

皆はセシルの怪我について大型竜に噛まれたと思っているし、僕もあの時感じた感覚が無ければそう思っていたかもしれない。

でも僕には分かった。もしあの時、僕がセシルの立場だったら。

セシルの為に何でもしたいと思っていた僕だったらどうしていたか。


(僕も・・・・・・きっとセシルと同じ事をしていただろう)


もし、セシルの望んだ世界が実現していたら今僕はどうしていただろうか。

そう考えただけで、いつの間にか握っていた拳に力が入る。


セシルが元気になったら僕は彼女に全部話そう。

あの瞬間までの間違った決意と、今の思い。

そして、僕がこれからどうしたいのかを聞いて欲しい。

例えその答えが僕の望まないものだったとしても。


僕の一方的な思いを伝えるのは迷惑だろうか。

でも、僕の命を救ってくれた彼女にはそれくらいの迷惑は受けてもらおう。

そう考えながら宿所の屋根裏を見つめる。


候補生だった頃の、少し寂しそうに微笑むセシル。

そんなセシルの顔が、見慣れた屋根裏に浮かんで―――消えていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る