第42話 帰還と解散式

邪竜を討伐した日から10日後、僕達第二中隊含む全部隊は無事に帝都に帰還した。


帰還後、一刻も早くセシルに会いたかったけど、邪竜を倒したのが僕だった事もあり、意識不明の勇者の代わりに皇帝への報告や各所への挨拶など、帰還直後から僕の予定は勝手に埋まっていた。


二日後にやっと三十分ほどの自由時間が取れた僕は、セシルが入院していた騎士団の治療院に向かい、そこでやっとセシルに会うことが出来たけど、セシルの顔を見てほんの挨拶程度の会話をしただけで時間切れとなってしまい、結局肝心な事は話せなかった。


病室を出た後、閉まる扉の向こうに消えて行くセシルは、昔よく見た、寂しそうな笑顔を僕に向けていた。


(セシルは何故あんな笑顔を僕に向けたのだろう)


その日、僕の頭からセシルのその笑顔が離れなかった。



次の日の午後、特別騎士団全員が集められ騎士団総長から特別戦闘騎士団の解散式が五日後に決まった事を伝えられた。

解散式が伝えられた瞬間、全員が水を打ったように静まり返り、暫くすると誰からともなく拍手が起こり、いつの間にかその拍手が全員の歓声に変わっていった。

気の早い子はもうすでに涙ぐんでいる。

入団式の時の200人の内、今ここにいるのは161人。

39人は戦死や戦闘不能などでこの場には居ない。


解散式と聞いて、ここにいる皆の胸に去来する思いは何だろう。


無事に生きて帰れる喜びだろうか。

これからの人生だろうか。

帰りを待つ家族や恋人のことだろうか。

一緒に戦った仲間の事だろうか。


みんなの思いがこもった歓声と一緒に僕の歓声も空に昇って行った。



解散式までの五日間は慌ただしく過ぎていった。

僕は迎えに行くことが出来なかったけど、セシルも無事退院できた。


そして特別戦闘騎士団全員での皇帝陛下への謁見。

謁見後、戦死した者も含めて全員に褒賞金が贈られる事も発表され、その額は一人当たり五年は遊んで暮らせる額だった。

また、騎士団に残りたい者は通常騎士団に編入させてもらえる事も発表された。


翌日、僕だけ大臣に呼ばれ、邪竜を倒した褒賞としてみんなとは別に、伯爵の爵位と皆の三倍の褒賞金がもらえる事が内示された。

褒賞金については正直言って嬉しかった。これで母さんに楽な生活を送ってもらうことが出来るから。


ただ問題は爵位だ。

赤騎士団と青騎士団では、帰還途中からすでに論功行賞についての争いが始まっていた。

彼らが出世に必死になってることは別に何とも思わない。

この二年半、騎士団の貴族を見てきたけど、個人個人ではいい人が多く、ライナスのように僕らを平民と見下す人は殆どいなかったし、彼らの事情を知った今では同情さえしてしまう。

家を継げない貴族の子弟である彼らは、貴族という身分に縛られて好きな仕事に就くこともできず、一生実家で飼い殺しにされるか、騎士団に入るかのほぼ二択の人生を選ばなくてはいけない。


僕は、そんな貴族の中に入ることは出来そうにないし、入りたくもない。


爵位だけは辞退したい事を大臣に伝えたけど、邪竜を倒した者が爵位を受けないと皇帝陛下の面子を潰すことになるので、爵位は必ず受けてもらう必要があるらしい。

そして二階層に用意する屋敷で生活さえしていれば貴族としての政務などは免除され、あとは自由にしていい事などを伝えてきた。


そんな生活、僕には無理だ。

お金もいらないから、爵位と共に本来の勇者であるヨルマに与えてくれるように言ったけど、大臣は首を縦に振らない。

その理由として、ヨルマが意識不明な事、邪竜を倒していない事、悪い噂が帝都中に広まっていて、偽勇者と呼ばれている事を上げた。


要は邪竜を倒した象徴として飾っておきたいだけなのだろう。


僕と大臣の話は平行線をたどったが、母さんの生活にも関わってくることなので、一度母さんと相談した上で、解散式後に回答することでその場は終わった。



セシルもことを除いて他に心残りがあるとすれば、あとはヨルマとの事だった。

ヨルマが意識を失ってから二週間経つが、軍医とすれ違った時に聞いた話では、ヨルマの意識は戻っていないそうだ。

回復魔法で命を繋いでいるが、食事ができない為に衰弱が激しく、このまま意識が戻らなければ、持っても二、三週間だろうとの事だった。

もしこのまま意識が戻らなかったらヨルマとの決着はつけられないのかも知れない。

いくら覚悟を決めても全てが僕の思い通りに進むとは限らない、とヨルマに言われている気がした。



その後も貴族の祝賀パーティだったり、パレードだったりと散々引きずり回された。

時々セシルにばったり会って短い会話を交わす事はあっても、纏まった時間を取ることが出来なくて、結局僕の思いを伝えることも出来ないまま解散式の日を迎えてしまった。


解散式の夜に食堂棟を借りて、ジャックが幹事の特別戦闘騎士団だけのお別れパーティーが開かれることになっているので当然セシルも来るだろう。

その時は二人で話が出来るだろうから、そこでセシルにちゃんと話そう。


そう考えて臨んだ解散式。

ヨルマの代わりに特別騎士団長代理として挨拶する役目は僕に回ってきた。

戦闘中は大勢の前で声を出して指示をしたりしてたけど、こういう改まった場所で話をするのはいつもより緊張して上手く喋れなかったが、最後だから許して欲しい。

その後も解散式は滞りなく進んだ。


そして、


「これにて特別戦闘騎士団の解散式を終了する。全員解散!」


最後の騎士団総長の掛け声と共に全員から大歓声が上がる。


みんなが僕を助けてくれて、僕もみんなを助けたからこうして最後まで四人一緒にこの日を迎えることが出来たんだ。


僕は真っ先にジャック、ニナ、マルコと共にお互い抱き合って喜びと寂しさを分かち合っていると、遠くから僕の方を見ているセシルを見つけた。


緩くウェーブが掛かったセミロングの銀の髪。

淡いグリーンの大きな瞳。

白く透き通るような肌。

初めて会った二年半前より少し伸びた身長と大人っぽくなった美しい顔立ち。


そして、二年半前と同じ少し寂しそうな笑顔―――


(セシル!)


すぐにセシルの元に向かおうとしたが、次々と僕の所にやって来る人に囲まれているうちにセシルを見失ってしまい、漸く解放された時にはセシルの姿が見えない。

暫く捜したけど、結局セシルの姿はどこにもなかった。


(宿舎にでも帰ったのかな・・・・・・)


殆どの人がこの後のお別れパーティーに出席するだろうから、今晩は多くの人が宿舎に泊まるだろう。

それに邪竜戦が終わってから解散式までの期間が短かった為、解散式後1か月は宿舎に居ても良い事になっている。


(女性士官用宿舎には入れないし・・・・・・仕方ない、パーティーまで待つか)


その時、ニナかカミラちゃんにでもお願いしてセシルの部屋を見に行ってもらえばよかったんだろう。


セシルは・・・・・・パーティーにも姿を現わさず、僕の前から姿を消してしまった。



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