第28話 終わりの始まり②
食堂棟のドアを開けると、ザァーという雨音と共に大粒の雨と横殴りに吹き付ける風に襲われる。
聖女の宿所まではここから百メートル程離れているため、この雨では多少急ごうがずぶ濡れになるのは一緒だと思い、泥で足元を取られないように気を付けながらゆっくりと歩き出した。
「明日は雨中戦になりそうだな」
そんなことを呟きつつ、ずぶ濡れになりながらも目的の建物にたどり着く。
上級士官用の宿所は普通士官用の宿所と同じ木造だが、木材の厚さやしっかりとした作り、そして大きさも二回り程大きい。
上級士官1人につき1棟、周りには同じ宿所が全部で3棟立っていた。
一番近くの宿所の入り口の前に一人、警備兵が立っている。
ドアの前には大きなヒサシがあるのだが、この横殴りの雨ではあまり意味がないようで、ずぶ濡れになりながらも前を向いて直立不動で立っていた。
近づいていくと、こちらに気が付いた警備兵が一瞬緊張した様子をみせたが、僕の顔を見ると改めて敬礼をした。
僕が来ることを知っていたからだろう。ここが聖女の宿所で当たりみたいだ。
「フィン・エルスハイマーだ。聖女様のお呼びで伺った」
警備兵がドアを開けると暖かな空気が外にあふれ出してくる。
建物内部に入ると、目の前は五メートル四方の応接室となっており、部屋中央には立派なテーブルと四脚の椅子がおいてある。
応接室の奥には寝室の扉があり、扉の横で簡素なイスに座っていた男が立ち上がった。
オールバックにした金髪に線の細い端正な顔立ち、襟の徽章は帝国の四つの常備騎士団の一つ、青騎士団の二等士官であることを示していた。
聖女付の副官であろうと思われる彼は、ほぼ初対面の僕をなぜか敵意のある目で一瞥してきた。
「特別戦闘騎士団 第二中隊長、フィン・エルスハイマー特別一等士官だ。聖女様のお呼びで
どこかの貴族の子弟らしい優雅な動作で敬礼を行った彼に、その敵意の籠った視線に気づかない振りをして答礼を返すと、目線を外して踵を返した彼が寝室のドアをノックする、と、聞き覚えのある聖女の声が返ってきた。
久しぶりに耳にしたその声を聞いても僕は不思議なほど落ち着いていた。
雨に濡れて冷えた体が早く帰りたいと訴えている事ばかりが気になっていることに気づき、自分の薄情さに内心苦笑いを浮べていると、寝室の奥から聖女の声が響いてくる。
「あぁ!フィンが来たのね。こちらに入るように伝えて。あと、ミューラー、あなたはもう自分の宿所に下がって良いわ。ご苦労様でした」
「・・・・・・聖女様、お言葉ですが特別一等士官殿はかなりお濡れになっております。お話しは・・・・・・応接室がよろしいのではないかと・・・・・・」
ミューラーと呼ばれた彼は、僕がずぶ濡れであることを理由に応接室で話をした方がよいのでは、と聖女に持ち掛けるが、彼の声がそれだけが理由でないことを感じさせた。
「濡れていても大丈夫よ。二人きりで話がしたいし・・・・・・それに風邪でも引かれたら困るわ。早くお呼びして!」
聖女の強い語気に彼は一瞬戸惑った表情を浮かべ何か言い返そうとするが、これ以上の抗議は上官に対しての礼を失すると思ったのか、ドアを開けて目で僕を促した。
僕を見るミューラーのその目は最早仇敵を見るように鋭かった。
彼も当然僕と聖女の関係を知っているだろう。睨まれる理由も何となく察しがついたが何食わぬ顔で彼の横を通る。
多分彼は自分の宿所には戻らずに僕が出てくるまでドアの前で待つつもりだろう。
そんな心配はしなくても君の思うようなことにはならないから。と、心の中で彼に声を掛け寝室へ足を入れる。
♢
下を見たまま寝室へと入り、背後のドアが閉まったと同時に、僕は素早く片膝をつき、剣を床に置く。
左手を胸の前に、右手は床におきつつ深々と頭を下げ、騎士としての礼をした。
「特別戦闘騎士団 第二中隊長、フィン・エルスハイマー特別一等士官。参りました。お呼びでしょうか」
「フィン!久しぶりね。そんな話し方は止めて顔を上げて」
顔を上げろとの言葉に一瞬躊躇するが、少しだけ頭を上げると、イスに座った聖女の腰から下が視界に入る。
浅くイスに腰掛け、足を軽くこちらに投げ出すような行儀の悪い座り方は昔の彼女の座り方そのままだったが、足元まで伸びる高級そうな寝室着は下着が薄く透けて見えている。
彼女がどんな格好で寝ているかは昔も今も知らないが、たぶん今、目の前で見せているその姿は最近覚えた格好だろう。
「フィン、ちゃんと顔を上げて。久しぶりにちゃんと顔を見せてよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「ほら立って!こっちのイスに座って」
聖女はイスから立ち上がり、彼女の斜め前においてあるイスへ座るように僕に手を伸す。
ただ早く済ませて帰りたい僕はすぐに本題に入る。
「聖女様、本日はどのようなご用件で小官をお呼びになられたのでしょう?」
自分でもゾッとするような低く冷たい声、彼女はそんな僕の声に一瞬戸惑った雰囲気を感じさせたが、質問には答えず話し続ける。
「フィン・・・・・・そんな堅苦しい口調で話すのはやめてよ・・・・・・」
そして、その直後に彼女の口から吐き出された言葉に僕は一瞬戸惑ってしまう。
「だって私とあなたは・・・・・・恋人・・・・・・婚約者じゃない」
彼女がヌルっと吐いたその言葉を聞いて、僕はニナが食堂で言った言葉を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます