第27話 終わりの始まり①

降り始めた雨が窓を濡らしている。

人気のない移動式野戦用兵舎の士官用食堂棟で遅い夕食を取っているのは、特別戦闘騎士団、通称、勇者部隊と呼ばれる部隊の第二中隊第一小隊である僕たち4人だけだ。

明日からの二竜戦を前にしても小隊全員が気負った様子もなく、他愛のない雑談に花を咲かせている。


「第三小隊のカミラちゃんにも「お互い頑張りましょう!」って声をかけられたぜ!! ありゃー俺に惚れてるな!」


ジャックの多分に勘違いした恋愛話が熱を帯びてくると、給仕係としてテーブルから少し離れた場所に控えている女性兵が苦笑いをしつつ顔を伏せるのが視界にはいる。


「ジャック、その程度で勘違いできるあんたの頭は幸せだね」


給仕兵の心の声を代弁するするようにニナが口を開く。


「いやいや、俺くらいになると表情や仕草、声なんかではっきり分かっちゃうんだな!」

「ふ~ん。私、他の中隊も含めていっぱい友達いるけど、恋愛話でジャックのジャの字も聞いたことないけどね」


スープを飲みつつ、ジャックを見つめるニナの顔がニヤリと笑う。

ジャックが、咥えている干し肉を千切った勢いで反論しようとしたが、マルコが会話に割って入る。


「まあまあ、ニナさん、良いじゃないですか。ジャックがその程度の事で幸せなら」


わざと火に油を注ぐようなマルコの発言に、ジャックが勢いよく席を立ちかけたその時、入り口のドアが勢いよく開かれ、外の冷たい空気と共にずぶ濡れの兵士が1名入ってきた。

そのまま足早に僕たちの座るテーブルまで来ると、直立不動の姿勢をとり敬礼をする。


「第二中隊長、フィン・エルスハイマー特別一等士官殿でありますか?」


中隊全兵士の顔をはっきり覚えているわけでもないが、目の前に立つまったく見覚えのない兵士に嫌な予感を感じつつ、席を立ち答礼を返す。


「ああ、僕だ」


「聖女様より伝令です。本日22:00フタフタマルマルに聖女様の宿所までご足労頂きたいとのことです。」


嫌な予感が当たってしまったと思いつつ、上官からの呼び出しならば否応はない。


「承知しました。と、お伝えしてくれ」


その兵士が復唱し、再度敬礼をしてすぐに復命をすべく出ていくのを見届けると、今日1日の疲れがどっと押し寄せて来て、倒れるように椅子に座る。

伝令の内容を聞いていた三人は心配そうな視線を僕に向けて来るが、大丈夫だ、と目で答えて食事を続けるように促すと、さっきとは打って変わり全員無言で食事を続ける。


「明日っから本番だってのに、いったい今更何の用かねぇ~」


しばらくして、真っ先に食事を終えたジャックが誰に言うともなくポツリと呟きつつ席を立ち、ふざけた感じで軽く敬礼をすると食堂を後にする。

同時に食事を終えたマルコが僕を見つめ、苦笑いを浮かべた後に続いて出て行くのを見届けると、すでに時計の針は聖女との約束の10分前を指していた。


「はぁ・・・・・・」


僕はとっくに冷め切ったスープを前に一つため息をつくと、一気に胃袋に流し込む。

すでに食事を終えたニナが隣の席からジッーとこちらを見つめていることに気づくと、彼女に対して作り笑いをうかべる。


「・・・・・・まあ、あれかな。ただ面倒くさいだけ・・・・・・かな。今更どうも思ってないしね」


正直な気持ちだった。

セシルや中隊の仲間に支えられた三ヶ月近くの時間は、僕の中の色々な感情を少しずつ溶かし、均し、流していき、聖女の呼び出しを受けても心にはさざ波も立たなかった。


「面倒くさい・・・・・・か。面倒くさそうな事を言われる気はしてるんだ?」

「・・・・・・そうだな。実際、明日からの作戦で聖女が何かしら口を挟む事はないだろうしな」


三ヶ月前、僕と聖女の間にあったことは勇者部隊のみならず、帝国の騎士団の大部分が知っている事だ。

ニナに指摘され、いや、指摘されなくても、事情を知っている者が聞けば、この呼び出しが面倒事だと思うだろう。


「まあでも、顔をみるかぎり大丈夫そうだね。あの女に惚れたフィンのせいでもあるから、きっちり終わらせてきなよ!」


そう言って席を立ち、僕の頭を軽く撫でた後、笑顔を浮かべながらひらひらと手を振り出てゆくニナ。

(僕の中ではとっくに終わった話なのに、何を終わらせるのだろう?)

ニナの言葉に疑問を覚えつつ、苦笑いを返して彼女を見送った。


いつの間にか本降りになってきた雨が食堂棟の薄い屋根を叩く音だけが大きく響くなか、予定時間の5分前となった時計を見やり、僕は重い腰を上げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る