第35話 最後の戦い①

ひと際大きく羽ばたいた邪竜の翼が陽光を浴びて透き通るように煌めいてる。


「あれは・・・・・・何だ」


目の前に広がる光景を身動き一つできずに呆然と見つめていたヨルマは、邪竜の巻き起こした風に煽られてやっと我に返った。


「邪竜・・・・・・なのか?」


ここにいる誰もが目の前の光景が理解できず、時が止まったように立ち尽くしていたが、邪竜はそんな人間たちを嘲笑うかのように一段と強く翼を羽ばたかせる。

するとその翼から数枚の羽根が勢いよく飛び出した。

その純白の、一枚が人間の背丈程もある羽根は光の矢のように飛び、第五中隊の周りに突き刺さると、数匹の魔物と共に地面が大きく吹き飛んだ。


「ツッ――――」


直撃こそしなかったものの、爆風と共に大量の瓦礫が第五中隊を襲い陣形が乱れる。

すでに魔物に囲まれている第五中隊は退却もできず、このままでは全滅するしかない状況だった。


「何で邪竜が・・・・・・どうしてここに!?」


全滅の危機に陥っている第五中隊を前に、本来ならその様子を眺めながらフィンの到着を待っていればいいはずだったヨルマだが、頭では理解しようとしても体が動かない。


「勇者っ!邪竜だ!早く奴を!」


やっと事態が飲み込めた第一中隊の小隊長たちが声を荒げヨルマに詰め寄る。

小隊長たちが詰め寄らなくても、本来なら真っ先にヨルマが動かなければならないはずだった。

ヨルマの行動にこれまで周りが目を瞑ってきたのも、ヨルマが聖剣をもつ勇者だから。邪竜を倒すのは、倒せるのは勇者と聖剣だけだからだ。

目の前の邪竜の圧倒的な存在感に、本音では聖女が居ないことを理由にして退却したいと思ったヨルマだが、最後にプライドが邪魔をして、つい口に出したくない言葉を吐いてしまった。


「よ、よし・・・・・・俺は・・・・・・.俺達第一小隊はこれから邪竜を倒す」


その言葉を受けて各小隊は第五中隊を救出すべく敵に向かって走り出す。


(まだだ!まだ失敗じゃない。蒼竜が邪竜に変わっただけだ!)


聖剣を手に取り、邪竜と戦うための小隊、第一小隊を率いてゆっくりと進み始めたヨルマも、周りの勢いに呑まれいつの間にか敵に向かって走りだしていた。



「追いついた!」


激しく揺れる馬車の前方に青騎士団本隊が見えてきた。

事情を聞こうとして馬車の速度を落とすように指示を出そうとしたその時、青騎士団のさらに前方から眩しく輝く光が見えた。


(......あの光は何だ?蒼竜か?)


いや、僕達が戦った緋竜はあんな光を放っていなかった。

見覚えのない光に嫌な予感がする。


その時だった。

地響きのような音と共に、色とりどりの魔法が打ち上がるのが見えてきた。

戦闘が始まっている!だがあの光。一体ヨルマ達は何と戦っているんだ!

青騎士団本隊に寄って事情を聞いてる暇はないと判断し、馬車の速度を落とさずそのまま突っ切ると、さらに馬車の速度を上げた。


僕は後ろを振り向き小隊のみんなに声を掛けて、一人ひとりの顔を見る。


「みんな、多分すぐに戦闘になる」


全員が僕と同じ予感がしているのだろう。

緊張した面持ちのジャック、ニナ、マルコが前方を見つめたまま黙ってうなずいた。

青騎士団本隊からさらに500m程進んだ所で前方の様子が見渡せる高台に着いたので、馬車を止めてすぐに飛び降りた僕達は眼下に広がる光景を目にして誰もが絶句した。


眩い光を放つ純白の巨大な鳥。

その巨大な鳥が羽ばたくたびに、翼から放たれる羽が矢のように飛び散り、魔物ごと地面を吹き飛ばしていた。

それの姿は過去の文献で何度もみた姿だった。


「うそ・・・・・・」

「・・・・・・マジかよ」

「あれは・・・・・・邪竜」


みんなが驚きを口にする。


(嫌な予感の正体はこれだったのか。ヨルマが何かしたのか?それとも・・・・・・これが分かってたから僕達に援軍を?)


いや、多分そうじゃないだろう。邪竜が出ることが分かっていれば全中隊が揃うまで戦闘を開始しないはずだし、今朝の伝令にも援軍の理由を伝えていたはずだ。

だけど今はそんなことを考えている時じゃない。

邪竜の百メートル程手前には魔物の大群に囲まれた第五中隊が、中隊旗を囲むように一塊になって死闘を繰り広げている。

遠くからなのでセシルが無事かまでは分からないが、すでに陣形は乱れていて全滅までもう一刻の猶予も無いだろう。

そして、第五中隊からさらに百五十メートル程手前には第一中隊が展開しているが、小隊ごとに戦っているため魔物に分断されつつあり、こちらも時間の問題だろう。


「全小隊戦闘準備!準備完了後に集まってくれ!」


すぐに戦闘準備を終えて集合した中隊全員と共に眼下の状況を確認しつつ、これからの行動を伝える。


「第一目標は第五中隊を取り囲む敵だ。勇者隊全員と聖戦士隊の半数は第五中隊の救援に当たる。残りの聖戦士隊は聖者隊と賢者隊の護衛を!カミラちゃんは賢者隊を率いてくれ。攻撃は任せる。ただし、第五中隊の救援を優先して欲しい」


昨日の緋竜戦とは違い、全員が緊張した様子で黙って頷いた。

相手が邪竜となれば、勝っても負けてもこれが僕らの最後の戦いになるだろう。

これから目の前に渦巻く魔物の大群、そして邪竜へと飛び込んでいくのに、僕は何故かみんなと一緒に戦った今日までの色々な出来事を思い出していた。

辛い事ばかりで死を覚悟したことも一度や二度ではなかったけど。

だけど、辛さも、悲しみも、楽しさも、みんなで一緒に分かち合ったこの半年という時間は、僕の中に大きな何かを残してくれていた。


そんな事を思い出していた僕の胸にあふれてくるのは、この場に不釣り合いな、寂しいという感情。

多分、僕にとってはすでに家族になった中隊の仲間と過ごすことが何より幸せになっていたのだろう。


でも、どんなことにも終わりがあるように、この楽しかった時間にも終わりが近づいている。

唐突に訪れた最後の時。

たった半年、だけど僕の人生で一番濃密だった時間を共に過ごしてくれた中隊全員、四十人の顔を見て、一人一人と目を合わせていくと、みんなが僕と同じ気持ちなのが伝わってくる。


いつもはどんな時でも軽口を叩いて皆を笑わせてくれたジャックも、今日ばかりは真剣な眼差しで見つめ返してくる。

本当の姉の様にいつも僕を助けてくれたニナは、今にも泣き出しそうな笑顔を僕に向けている。

いつも飄々としているマルコ。彼はこんな時でもいつもと同じ苦笑いを浮かべて僕を見つめている。


カミラちゃんや各小隊長、中隊のみんなの顔も目で順に追っていく。

誰の顔をみても何かしらの思い出が昨日の事のように蘇ってくる。


そして、楽しい思い出も辛い思い出も一番僕に残していったエレナ。


全員を見渡した僕は、中隊長として最後になるであろう号令を掛ける。


「みんな、僕は頼りない中隊長だったけど・・・・・・今日まで一人の戦死者も出さずにやってこれたのも全部みんなのお陰だ。今まで本当にありがとう」


みんなに今までの感謝を伝えると、全員改めて直立不動の姿勢をとり、真剣な表情で僕を見つめてくる。


そして、僕は大きく息を吸うと最後の攻撃命令を下す。


「特別戦闘騎士団、第二中隊、行くぞ!」


踵を返し、意識を第五中隊、セシルの救援に切り替えた僕は、眼下で敵味方が入り乱れている光景に向かって全力で駆け出した。





邪竜は現れた場所から動こうとせずに羽を使ってときどき攻撃してくるが、その羽は幸いにもセシル達第五中隊に直撃することはなく、何とか持ちこたえている状態だった。

邪竜が現れてからやっと動き出した第一中隊も、セシル達の後方で身動きが取れなくなっていて、とても第五中隊と連携して戦える状況ではなく、倒しても倒しても次から次に襲ってくる魔物に第五中隊の陣形は崩れていき、戦死者こそ出ていないけど、すでに中隊の四分の一ほどは動けなくなっていた。


セシルは怪我を負って動けなくなった聖戦士候補の男の子に治癒魔法を掛け終わると、背後から中型竜に襲われそうな勇者候補の女の子に間一髪で防御魔法を掛ける。

もうすぐ魔素も尽きそうな状況だけど、それでも最後まで諦めない。


―――だってフィンと約束したから。必ず帰るって!

―――フィンに無事な姿を見せる為に・・・・・・最後の一人になっても絶対に諦めない!


その時だった。2時の方向から襲い掛かってきた大型竜を含む10匹ほどの群れに、どこからか飛んできた数十発の魔法が次々とさく裂し、あっという間に敵をせん滅した。


「!!――――」


魔法の飛んできた方向に目を向けると、さっきまで第一中隊が、勇者たちが居た後方の一段高い場所にどこかの部隊が姿を現した。


「まさか・・・・・・あれは・・・・・・」


何故だか私にはそれが誰だか分かった。


「フィン!!」


フィンが......フィンが来てくれた!

遠目ではその部隊がどの部隊かなんて、何でフィンがここに居るのかも分からないはずなのに、それでも私にはその部隊がフィンの第二中隊だって分かってしまう。


だって、私が辛い時、困っている時、悲しい時に助けてくれるのはいつだってフィンなのだから!


「みんな!フィンが・・・・・・第二中隊が来てくれたわ!」


私は思わず皆に向かって声に出していた。


「おぉ!援軍が・・・・・・」

「まさか。なんで?」

「本当に第二中隊なのか・・・・・・」


それを見た中隊長はすぐに作戦を切り替えるように指示をだす。


「全員怪我人を中心になるべく小さく纏まって!賢者候補は援軍の来る方向、5時の方向に向かって攻撃を集中!聖者候補は防御に徹して!」


フィン達と合流する為に完全に守りの陣形に切り替える指示に、私たちはにわかに勢いを取り戻し始めた。


―――フィンなら必ずここまで来てくれる!だからそれまでは絶対持ちこたえて見せる!


今朝ヨルマに一蹴された”フィンの為になんでもする覚悟”。

今の、”仲間の為、自分の為にフィンを危険に晒してしまう覚悟”。


やっぱり私にはどっちが正しいのかなんて分からない。

それでも今は私にできる事をやるしかない。

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