第34話 邪竜

作戦開始からどれくらい経ったのだろう。

すでに野営地点から七キロ先まで進出していたヨルマたちは大規模な敵の襲撃を退けると一息ついた。


「おい!回復と治療を」


聖女の代わりに臨時で回復役を務める青騎士団の女騎士に命じつつ、時間を確認するために兵を呼んだ。


「時間は?」

「はっ!1055ヒトマルゴーゴーです」


1055ヒトマルゴーゴーか・・・・・・俺の予想ではフィンが来るまで後1時間程・・・・・・そろそろだな)

こうやって時間を確認するのは今日何度目だろう。

そして、どういう感情か分からないが、とうとうその時が来たことに少し身震いしてしまう。


「伝令!」


傍に控えていた伝令兵に声を掛け、第五中隊長を呼ぶように指示を出して暫くすると、第五中隊長がこちらにやってきた。


「命令だ。今から第五中隊が先鋒となり先を進め」


俺は簡潔に命令を伝える。俺が計画の最後にやるべきことはこれだけだ。


「は?今から私たちが先鋒を?」

「そうだ、第五中隊は昨日から殆ど戦闘をしていないから体力的にも問題ないだろう。第一中隊はしばらく後ろに回って回復に努める」


第五中隊長は暫く下を向いて何か考えていたが、


「・・・・・・分かりました。ただ、二竜が現れた場合は―――」

「心配するな。その場合は俺達が前に出てやる」


俺は、第一中隊を追い抜き先頭を進み始めた第五中隊の中にセシルの姿を見つけ、二度と目にすることのないその後ろ姿が見えなくなるまで目で追い続けた。


(さあフィン、舞台は整ったぜ!早く来い)





1055ヒトマルゴーゴーか。そろそろ追いつくはずだ)


足の遅い兵用馬車を置いてきたおかげで予想通り、かなり早く右の大回廊に到着した僕達第二中隊だが、勇者達の姿はまだ見えなかった。


右の大回廊に入って三キロ程進んだ所で、後方警戒の為に展開していた青騎士団の小隊に会った時に聞いた話では、昨夜は夜襲もなく、勇者達は0800マルハチマルマルに出立したとの事だった。

だとすればそろそろ追いつくはずだ。

僕の予想通り、ヨルマが援軍を要請したであろう時間に援軍が必要な事態は起こっていなかった。奴の目的は僕を呼び寄せることで間違いないだろう。


(セシル!どうか無事であってくれ!)


限界に近い速度で走る馬車に揺られつつ、僕はセシルの無事を祈った。





「フィン。やっぱり来たわね!」


右の大回廊に侵入したフィンを見て、とうとうその時が来たことに女神わたしは少し興奮してしまう。

フィンの速度と勇者の速度を考えると、フィンが追い付くのは下界の時間で十一時二十分くらい。場所はあのあたりかしら。

そこは右の大回廊でも一番幅が狭くて僅か500m程しかなく、しかも前後からは10m程低くなっていてすり鉢の底のような場所だ。


(勇者をすり潰すにはちょうどいい場所じゃない!)


勇者が殺され、帝都に向かって溢れ出した魔物たちに大勢の魂が絶望、悲しみ、憎しみ、そして恐怖を抱きながら死んでいくだろう。

そしてフィンはどのような感情を抱いて死んでいくのかしら。

死んで絶望を乗り越え、また一段と魂の輝きが増す事を想像するとますます興奮してしまう。


そうするうちに、すでにフィンは予定場所まであと二十分程の所まで来ている。

少し早いけど、待ちきれなくなった私は邪竜に配置に着くように場所と時間を指示をする。


「そうだ、セシルもいたわね!」


もう一つの輝く魂、セシルの事を思い出した私は、邪竜にもう一つ指示を出した。


「勇者と一緒に居る他の魂よりひと際明るく輝く魂。あの子は勇者が死ぬまで殺さないようにして、少し離れた場所で見物させてあげて」





セシルの所属する第五中隊が部隊の先頭に立って戦い始めどのくらい経っただろうか。

まだ10分くらいな気もするし、もう何時間も経った気もする。

私達が進むにつれて敵はどんどん増えて行き、大回廊のかなり狭い場所で敵に囲まれ、前にも後ろにも進めなくなっていた。

フィン達第二中隊と同じように種別毎で隊を作り、全員一か所に纏まっているので何とか持ちこたえているが、今までのように小隊単位で戦っていたら私達はもう全滅していたかもしれない。


勇者率いる第一中隊はいつの間にか離れ、私達の三百メートル程後方、ここより少し高くなっている場所で私達を見下ろすように展開しているが、こちらに向かって進んでくる様子はなかった。

もうすでに救援要請の狼煙を何度か上げているのに、ゆっくりとしか前進しない勇者達を見て、私は今更ながら嵌められた事に気づいた。


多分ヨルマは昨日からこの状況を作り出すために動いていたんだ。

敵が少ない場所では自分たちだけで戦って、疲れたふりをして私達を前に行かせて。

何でこんな事をするのか分からない、けどこのままでは第五中隊は長く持たない。


もう魔素を節約している余裕もない程の数の敵に対して、ひたすら防御魔法を使うしか私に出来ることは無かった。



勇者が見下ろす先には大量の敵に囲まれた第五中隊が懸命に戦っている。

途中からわざと距離をとったために、第五中隊は四方を敵に囲まれて進むことも退却することも出来ない状況に陥っていた。


見かねた第一中隊の他の小隊長が救援に向かうように進言してくるが、「第一中隊は二竜に対して戦力を温存しておく」との理由を口にした勇者は動かない。

せめて援護の魔法攻撃だけでもと、何人かの賢者候補が魔法を放つが、「第五中隊に当ったらどうする」と勇者に止められてしまう。


そんな状況を口元を少し上げて見つめる勇者に、第一中隊の皆が不信感を抱き始めた頃、何人かの小隊長が命令違反を覚悟で第五中隊の救援に向かおうとしたその時だった。


「あれは・・・・・・何?」


そう呟いた第五中隊長の前方100m程の位置で突然眩い光が弾け、霧のように広がったその光は徐々に形を作っていく。


「二竜が姿を現しやがったか!」


嬉しそうに呟くヨルマの目の前で、その光の霧は超巨大竜より一回り大きい位の塊となってその姿を徐々に現していった。


全身を純白の羽に覆われ、鋭い鉤爪を持つ二本の足で立ち、尖ったくちばしを空に向けて大きく開き、透き通るような青い瞳はが知性を持つかのように見える。


が白く透き通るような翼をゆっくりと広げ、大きくゆったりと羽ばたき始めると大きな風が巻き上がった。


その場の全員がその光景に、その神々しいまでの姿に微動だにせず立ち尽くしていた。

竜というよりは巨大な鳥にしか見えないその姿は。


「・・・・・・あれは」

「そうだ、たしか・・・・・・」

「ま、間違いない!」


全員が以前から何度も何度も文献で見て、目に焼き付けてきたその姿が今、目の前で大きく羽ばたいている。

名前とはかけ離れたその姿を見て誰かがポツリと呟いた。


「何で・・・・・・邪竜が・・・・・・」

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