第33話 ヨルマとセシル
「いいお天気」
二竜戦二日目の朝、宿所の扉を開けた
まだ半分眠っている意識を覚醒させるように、昨日までの雨で湿気を多く含んだ冷たい空気を大きく吸い込み深呼吸をしてから、朝食を取るために食堂棟に向かって歩き出そうとしたその時だった。
「ようセシル、久しぶりだな!」
初めての出撃に出てから一度も直接顔を合わせた事がなかったヨルマが、五メートル程先の宿所の横からスッと現れた。
「ヨルマ・・・・・・」
出撃前のフィンの話、”ヨルマに気を付けて”という言葉を思い出した私は、咄嗟に回りを見渡したけど、あいにく周りに他の人影は見当たらない。
「まあ待てよ。朝っぱらからお前をどうこうしようとは思ってねぇ。ただでさえ俺の評判は最悪だしな。まあ、今更そんな評判は気にしないが」
ヨルマがそんな事を言ってきたため、食堂棟―――人が居そうな所に向かって走り出そうとした私はつい足を止め、ヨルマを睨みつける。
「そんなおっかない顔しなくても俺はここから一歩もお前には近づかないさ」
聖剣を持っていない両手のひらを上に向け、首を
「私に・・・・・・何か用?」
「用は・・・・・・用は特に無いな。ただ久しぶりに少し話がしたいと思ってな。そういえば最近フィンと良く一緒に居るらしいじゃないか」
ヨルマは近くにある岩に腰を下ろし、
「お前らは子供の頃もそうだったな。飯を食うのも、遊びに行くのも、
突然子供の頃の話をし始めたヨルマ。
まさか昔の話をするために朝からこんな所に来た訳ではないだろう。
警戒しつつも、ヨルマの目的を知るために口を挟まずに聞き続ける。
「俺は初めてお前に会った時からお前の事が好きだった。でも始めから心の何処かでは分かってたんだ。お前とフィンの間に俺が割って入れない事は。だから始めはフィンの事は好きじゃなかった。フィンが・・・・・・奴さえいなければお前が俺の事を好きになってくれるかも知れない。だけど、心の何処かで無意識に奴を憎む自分から目を逸らす為、そしてお前と一緒に居たいために奴と仲良くしていた」
「・・・・・・」
婚約パーティの晩にヨルマが見せたフィンに対する憎しみ。
分かってはいたけど、ヨルマ本人の口からそれが事実だと聞かされてしまう。
「・・・・・・じゃあ、フィンからエレナを奪ったのはやっぱりそれが理由なの?婚約パーティーの夜、私がフィンの事を好きだって分かったから?」
「ああ、俺も最近までそう思ってた。だけどこの前お前たちが昔の頃の様に二人で仲良く歩いている所を偶然見かけて気づいた。フィンが頭に大怪我をした時の話は覚えているか?」
覚えている。当のヨルマから聞いた話だ。
私がフィンと離れ離れになった日に、私を捜してたフィンが雨に足を滑らせて階段から落ちた話。
私がフィンに大怪我をさせて、フィンから記憶を奪ってしまったんだ。
「あの時俺もフィンを捜して五階層まで行ったが見つからなくてな。雨も降ってきたから帰ろうとした時だった。階段を下りていくフィンをたまたま見つけて・・・・・・な」
「・・・・・・」
「辺りも大分暗かったし、周りには誰も居なかった。奴さえいなければ、セシルが去っていったのも、俺からセシルを奪ったのも奴のせいだ、あの時そう思った俺は後先考えず奴の後ろからそっと近づき・・・・・・奴の背中を押してやったんだよ」
「えっ?」
「そう・・・・・・俺が奴の全てを奪ってやると決めたのはその時からだ。最高だったぜ!落ちる瞬間に振り向いて俺を見た奴の顔は」
今目の前で起きた事のように楽しそうに笑いながら話すヨルマ。
フィンが怪我をしたのも記憶を失くしたのもヨルマが?
私はフィンに起きた事実に一瞬理解が追い付かなくなる。
「その後、俺は急に怖くなって、フィンが倒れている所を見つけたと言って皆に知らせた。俺とフィンが仲良かったのは皆知っていたから疑われることもなかった。しぶとく死ななかった奴の記憶が無くなっていた事は正直助かったし、大人たちも奴の事を考えて
「そんな・・・・・・そんな嘘、信じられないわ」
思わずそう口にしたけど、多分ヨルマの話は本当だろう。
今までの彼の言動から考えて頭の中では嘘じゃないと思ってしまうのに、否定せずにはいられない。
「俺は今まで色々な人間を騙してきたが、セシル。お前にだけは一回も嘘を付いたことはない。まぁ、別に信じなくても構わないがな」
そう言って、そんなことはどうでも良いといった風にヨルマは話を続ける。
「それでも、まだ子供だった俺は暫く時間が経つと自分のした事、奴を突き落とした時の気持ちに悩むようになっていった。そんな気持ちをごまかすように今まで以上に奴と仲良くして奴の面倒もみてやった。そんな時、奴が怪我をして1ヶ月ぐらい後だったかな?お前が住んでいた家、あそこにエレナが母親と引っ越してきたのは」
ヨルマは相変わらず明後日の方向を見つめながら、私に聞かせるというよりも、自分自身の記憶を確認するように楽しそうに話しを続けた。
「その頃はそれでも上手くいっていた。奴を弟の様に連れまわし、そんな俺達にエレナも付いて来て、そしていつかこの町を出てお前を探し出し、お前を俺の物にするんだと考える事で、俺もいつしか奴に対する憎しみが一時の気のせいだったと思い込むようになっていた。だが、成長するにつれていつの間にか奴は、運動も頭も全て俺を超えて行くようになり、その度に俺の中で奴に対する憎しみがいつの間にかまた膨らんでいった」
「・・・・・・」
「奴とエレナが引っ付くように色々としたりもしたさ。俺もどこ迄本気で考えていたか分からないが、もし
「・・・・・・」
「全てが俺の思い通りに進み、俺は勇者にもなれた。だが、結果はお前が知っている通りだ」
「だからエレナを・・・・・・」
「まあ、そうだな」
「そんな事の為に・・・・・・」
「そんな事?俺がフィンの立場だったらあれくらいじゃ諦めなかった。それにエレナがフィンを捨て、一時的だとは言え俺に惚れたのは事実だ。そんな事だというなら奴らの気持ちこそそんな事だったんだろうさ」
欲しいものが手に入らない辛さと手に入れた物を失う悲しみ。
どっちがより悔しいかなんて分からない、けど。
「それでも私は・・・・・・欲しいものが手に入らない事を誰かのせいにしたりするのは間違っていると思う」
「そうだな・・・・・・確かにお前は強いな。奴とエレナが付き合っていると知った後のお前の態度を見ていれば分かるさ。だが、あいにく俺はお前みたいに強くなれなかった。だから俺はこれからも俺のやり方でやるだけだ!」
「・・・・・・フィンに対してまた何かする気なの?」
「さあな」
「・・・・・・もし、もし今から私があなたの気持ちを受け入れると言ったら・・・・・・フィンには―――」
「は?お前はバカか?俺は別にお前の身体が目当てじゃない。お前は今、「奴の為に俺の物になる」って言ってるんだぞ」
フィンの為なら何でもすると誓った決意もヨルマにあっさり拒否されてしまう。
ヨルマの言うとおりだ。
多分あの婚約パーティーの晩にヨルマの告白を受け入れたとしても、私がフィンへの気持ちを忘れない限り、遅かれ早かれ今日のような結果を迎えていたかもしれない。
一体どうしたら良かったのか、どうすれば良いのか、そんな事を考えていたその時だった。
「セシル!どうしたの!」
突然声を掛けられた方に向くと、第五中隊長がこっちに向かって駆け寄って来る。
ヨルマとどれくらい話をしていたのだろう。
改めて辺りを見回すと、朝食の為に宿所から出てきている人も多くなり、遠巻きにこちらの様子を伺っている。
「ちょっと、ヨルマ!あんたセシルに何かしたの!」
中隊長は駆け寄るなり、私とヨルマの間に割って入る。
「別に何もしちゃいねぇよ。昔の友達と楽しく思い出話をしてただけだ。なぁセシル?」
「セシル、本当?」
「あ、うん・・・・・・少し話をしてただけだから。ごめんね、心配かけて」
「そう・・・・・・だったらいいけど。」
「ということだ。邪魔も入ったことだし、俺も朝飯を食いに戻るか・・・・・・じゃあな、セシル。久しぶりに話せて楽しかったぜ!」
そう言って私をジッと見つめた後、立ち上がるヨルマ。
結局ヨルマは何の為に私を待っていたのかは分からなかった。
そしてフィンが怪我をして記憶を失った真相を何故今私に話したのだろう。
ただ、”フィンの為に何でもする”という私の決意は一体誰の為の決意なのか、本当にフィンの為になる事なのか、そんな疑問に囚われてしまった私は、去ってゆくヨルマの背中を見ながらその事ばかりを考えていた。
♢
野営を撤収した後、二竜戦の二日目に出撃した俺は、今朝セシルと会った時の事を思い返していた。
何故セシルに会いに行ったのか初めは自分でも良く分からなかった。
最後に顔を見て話したいという未練でもあったのだろうか。
もし、万が一でもセシルがフィンの事を好きじゃなくなっていたら。
そんな言葉がセシルから聞けたなら俺はどうしていただろう。
だが、セシルが言った言葉、
「もし、今から私があなたの気持ちを受け入れると言ったら」
そこまで思い返して考えるのを止める。
何も変わっていない現実。当然だろう。
今日の感じから、たぶんセシルはフィンに過去の事について話はしていなさそうだ。
まだ運は俺を見放してはいない。
セシルが目の前で殺された時、奴はどんな顔をするだろうか。
そして、その後に置き土産としてお前らの子供の頃の話をたっぷり聞かせてやろう。
そして、いつか記憶を取り戻した時に、改めてセシルの死に打ちひしがれろ!
最後、セシルに会った事で、俺の中に残っていた僅かな
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