第32話 絡み合う思惑

勇者から援軍要請。


「”速やかに援軍を送れ”とだけで詳しいことは何も書いていない。ただ、フィン、お前をご指名らしいぞ!」

「僕を?」


そう言って赤騎士団長は伝令が持ってきた紙を僕に手渡してきた。


”第二中隊長以下、一個中隊を援軍としてこちらに送られたし”


ヨルマの署名が入ったその紙には、ただそれだけが書いてあった。


僕らと勇者達の距離は多く見積もっても70km程だろうから、早馬なら4時間もあれば到着できる距離だ。

ここに到着した時間から逆算したら、夜中の0時から1時の間に伝令が出発した事になる。

そんな時間に援軍を要請する状況になったとすれば夜襲くらいだけど、夜襲があったのだったら伝令兵もその位は口にするだろう。


僕がその疑問を口にすると、赤騎士団長も不思議に思ったようだが、伝令兵はそのようなことは一切口に出していなかったそうだ。

だけど考えていてもしょうがないだろう。


伝令の出た時間や様子からたぶん勇者の目的は兵力ではなく、ただ僕を呼び寄せたいだけだろう。そしてそれがセシルにも関係する事かもしれない気がする。

何もない事を祈るが、ヨルマの事だ、何か考えているのに違いない。


セシル!無事でいてくれ!


でも祈るだけじゃダメなんだ、自分で行動しないと何も始まらないし、何も終わらせることも出来ないのはこの半年で何回も経験したはずだ!


「分かりました。取りあえず僕たち第二中隊がすぐに向かいます。兵も置いて行きますので今から出れば11:00ヒトヒトマルマルには向こうに到着できるでしょう。団長は第三、第四中隊を指揮して後から続いて下さいますか」

「ああ、分かった。すまんが頼む」


騎士団司令部を出た僕は、各小隊長と今はまだ第二中隊に所属しているエレナを招集し援軍の件を伝えた。


「みんな、朝早くから済まないが05:30マルゴオサンマルに出発だ」


昨日とは打って変わって、雲一つない冬空に朝日が昇り始めた頃、少数の索敵兵と伝令兵だけを連れた第二中隊の五十名は足の速い馬車に分乗して出発した。



「よし、全員止まれ!今日はここで野営とする。準備急げ!」


作戦初日の夕方。

昨晩から降り続いていた冷たい雨も上がり、大回廊の上に広がる空が少しずつ茜色に染まり始める頃、勇者である俺は麾下の第一中隊と第五中隊に、今日の進軍の中止と野営の命令を出した。

部隊内、特に第五中隊から騒めきが起きるが、それを無視して兵に野営の準備に取り掛かるように指示を出した。


奴らが騒めく理由。もちろん分かっている。

何せ、二竜戦が発動された今朝から今までの8時間で、俺達は大回廊を3kmしか進んでいなかった。

昨日の作戦会議で決めた通り、第一中隊、厳密に言えば勇者小隊の俺達が先鋒となって、敵が出ればゆっくり時間を掛けて戦い、一時間毎に一回の休止を行ってきたからだ。


「勇者、少し話があるわ。」


予想通り、第五中隊長が俺に声を掛けてきた。


「何だ」

「時間的にそろそろ野営なのは分かるわ。でも、この進軍速度はどういう事なの?一体何を考えているのよ!」

「ハハッ!このペースじゃ不満か?」

「明らかにおかしいじゃない。敵だってあまり多くないのにわざと時間を掛けているとしか思えないわ!」


俺はその疑問に対して予め考えていた回答を口にする。


「考えてみろ。今作戦の目的は二竜を倒す事だ。早く進軍することじゃないし時間の制約も無い。しかも俺達の部隊は人数も少ない。少しは慎重にもなるだろう?」

「・・・・・・それはそうだけど・・・・・・でも!」

「そのおかげで俺達勇者小隊以外はかすり傷どころか、一切戦うことなくここまでこれたんじゃないか」

「・・・・・・」

「まあいい、明日は少し考えてみよう。分かったら早く野営の準備でも進めるんだな」

「・・・・・・分かったわ」


口ではそう言いつつも、納得できない顔を隠そうともしないで戻っていく第二中隊長の背中に俺は心の中で声を掛けた。


(明日を楽しみにしておくんだな)


そして野営の準備も完了し、夕食を取った後に、俺はある連絡を待ち続けていた。


(早ければそろそろ連絡があっても良い時間だが・・・・・・)


時計を見ると18時過ぎを指していた。

時間にはまだ余裕があるとはいえ、妙に焦ってしまう気持ちを抑えながらも、ひたすら連絡を待つが、こんな時は時間がたつのが妙に遅く感じる。


そうして三十分程過ぎた時、副官が寝室のドアをノックして声を掛けてきた。


「勇者様、只今早馬が到着して伝令が応接室に控えています」

「来たか!」


俺がわざとゆっくり進んだ理由はこの連絡を待つ為だった!

赤騎士団に派遣してあった連絡官に、向こうフィンが二竜を倒したらすぐに伝令を寄こすように伝えていた。

急いで応接室に入ると、疲れた表情の伝令が控えている。


「ご苦労だった。向こうの様子はどうだ!」

「はっ、こちらを」


伝令兵が差し出した書類を受け取り、素早く目を通す。

そこには、フィン達の部隊が本日14:00頃に緋竜を倒した事が簡潔に記載されていた。

作戦開始から半日ほどで二竜の内の一匹を倒してしまった事に少し驚くが、俺にとっては好都合だ。


「よし。下がって休め」


伝令兵を下がらせると、予め用意しておいた救援要請を副官に渡して命令を伝える。


「伝令を出して、赤騎士団長にこれを渡すように言え。ただし、伝令を出発させる時刻は0時ちょうどだ」


この伝令のやり取りの意味が分からない副官は不思議そうな顔をしていたが、命令を復唱すると実行すべく宿所を出ていった。

副官が出ていくのを見届けた俺は、寝室に戻りタイミング的に間違いがないか、もう一度考えてみる。


明日の昼にフィンを到着させるには、向こうを午前5時位に出発させる必要がある。

午前5時に出発させるには、午前0時に伝令を出せばいいはずだ。

大丈夫だ、この計算で大きく狂うことはないはずだ。


ただ、この計算通りにフィンが到着しても、問題はまだあった。


フィンが到着する時間までに蒼竜を見つけだせるか?

(大丈夫だ。もし見つけ出せなくても昼までに魔物が多くいる場所まで移動すればいい)


フィンが到着する時まで第五中隊、セシルが無事に生きているか?

(フィンの到着前にセシルが死んでしまってもしょうがない。その場合はあいつにセシルの死体を突き付けてやろう)


元々、タイミングが合わなければそうする予定だったしな。


最悪なのは、蒼竜を見つけ出す前で大量の魔物もいない時にフィンが到着してしまうことだが、明日は第二中隊長のお望み通り、魔物の多い所まで一気に進んでやる。


この計画はタイミングが全てだ。それでもここまでは俺の予想通りに進んでいる。

そして、全てのタイミングが合った時の事を想像するとにやけてしまう。


(クックックッ!フィン、楽しみにしてろよ!上手くいけばお前が到着したタイミングで、お前の目の前でセシルが魔物に食われていく姿を見せてやるぜ!)


セシルがフィンの物になるくらいなら殺してしまえばいい。

しかもあいつの目の前で。絶望するあいつの顔も見れて一石二鳥だ!





「まさか・・・・・・緋竜に勝ってしまうなんて・・・・・・」


眼下で繰り広げられる緋竜と人間たちとの戦いを見ていた女神は思わず独り言を呟いてしまっていた。


邪竜ではないけど、それでも只の人間が、あれだけの少数で緋竜を倒してしまった事に少し驚いてしまう。

それもこれも全てあの魂、眩しく輝くあの魂のせいだろう。

あの魂の周りにいる魂も、心なしかいつもより少し強く輝いていたのは気のせいではないかもしれない。

それでも、今回はあの魂に勇者の力は与えていないのだから邪竜に勝つことは不可能だ。計画に問題はない。


逆に問題なのは、勇者の印だけを、聖剣だけを渡した男の方だった。

あの男は今日は殆ど進んでこなかったが、何を考えているのだろうか?

もしかして自分の底を知り、既に臆して進めないのかも知れない。

聖剣を持っているとは言え、その力を使いこなせないあの男の力では蒼竜に勝つことも難しいかも知れない。


あの男が蒼竜にやられてしまっても良いのだけれど、でも邪竜どころか蒼竜も倒せないかも知れない男が勇者ってどうなのかしら。


少しの間、今後の計画に修正が必要か考えていると、あの輝く魂が動き出すのが見える。

かなり急いでいるようで、左の大回廊を出ると右の大回廊の方向に真っすぐ進みだした。


もしかして、あの男の、蒼竜の元に向かっているのかしら。

だとしたら良い機会かもしれない。


(そうだ!蒼竜を引っ込めて、変わりに邪竜を出すのが良いかも知れない!)


輝く魂、今回はフィンとか言う名前だったかしら。フィンが勇者の所に来たらその時は邪竜を出しましょう。

そうすれば、あの男も”蒼竜さえも倒せなかった勇者”という烙印を押されず死んでいけるし、フィンにも間近で絶望を味合わせてあげられるから一石二鳥だわ!

今回は勇者がやられちゃうんだから、わざわざ今迄と同じ手順を踏む必要も無いわね。


ただ、一つ懸念点があるとしたら、もう一つの輝く魂、セシルという名前の魂だ。

今、勇者と一緒に居るあの魂は今日もこのまま一緒だろう。

そうすると、二つの輝く魂が一緒に居合わせてしまう事になる。


多分何の問題も無いはず・・・・・・だけど嫌な予感が胸を離れないのは何故だろうか。

場合によってはあの子セシルには勇者が倒されるまで少し離れていてもらおうかしら。


勇者が倒された後は好きなだけ二人一緒に絶望を味わってちょうだい。


それぞれの思惑が絡み合う中、その運命の時に向かってフィンは馬車を走らせていた。



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