第31話 二竜戦②

緋竜との戦闘を開始してから約四十分、フィン達と緋竜との闘いは続いていた。

第三、第四中隊の奮闘もあり、周りの魔物は殆ど倒れていたが、第二中隊の再三に渡る攻撃にも関わらず、大回廊の中央には傷つきながらも二本の足で大地を踏みしめ暴れ続ける緋竜が最後の抵抗をしていた。


全中隊の勇者候補と聖戦士候補は殆どの者が疲労や怪我で立ち上がれず、未だに立って戦える状態の者は、フィンも含めて5,6名程度しか残っていなかった。

賢者候補や聖者候補もほぼ全員魔素が尽きており、カミラやマルコ他数名しか魔法攻撃を行っていない。


「グォォォォォォーーーー」


マルコが放った氷の上級魔法が緋竜の頭部を直撃し、その巨体がぐらつく。


だが、これ以上戦闘を継続することは難しい状況に変わりはない。

すでに4本目となる大剣を手に、緋竜に向かって最後の攻撃を仕掛ける為に疾駆するフィンの横合いから、僅かに生き残っていた中型四足竜の一匹が襲い掛かるが、前線まで押し上げていたジャックが間に割って入りフィンを守る。


「フィン!!行けえぇぇーー」


ジャック!


フィンに先を促すジャックを後に、緋竜に向かってさらに加速するフィン。

フィンの目の前で緋竜の炎のブレスが防御魔法にぶつかり、相殺するようにはじけ飛んだ。


ニナ!


ニナの防御魔法が消失すると、彼女の魔素も尽きたのか、もうフィンの周りには防御魔法は展開されなくなる。


皆がくれた最後のチャンスだ!


「ウァァアアアアアーーーーー!!」


フィンは咆哮した。

その瞬間、フィンは自分の身体が軽くなった感覚を覚える。

限界を超え、一本の銀の矢となって緋竜の懐に飛び込む。遅れる緋竜の反応。

敵の腹部に嵐のような斬撃を加える。

踏みつぶそうと足を上げる緋竜を無視し、斬撃で裂けた傷口にゼロ距離から氷魔法を三連射。


「グオォォォォーーアァーーーー!」


よろめく緋竜。直後、カミラの強力な氷魔法が敵の背部にさく裂する。

頭を空に向け、ブレスを吐きだす緋竜の巨体がゆっくりと傾く。


「いけっーーーー!」

「フィンーーやっちまえ!」

「おおおおお!今だーー!意地を見せろーーー!」


立ち上がれず最後の攻撃を見守っている皆がその戦闘に絶叫する。

傾きつつもフィンに向かってブレスを放とうと、口を大きく開ける緋竜。

フィンは敵の頭部目がけて大きく跳躍する。

緋竜がフィンに向かって振り下ろした鋭い爪が左腕を掠め、血しぶきが舞う。


「ウアァァァァァーー」


フィンはそれでも敵の頭部に向け斬撃を繰り出し、最後に大剣を深く突き刺した。


ズズッーーーーン!!

その直後、目の光を失った緋竜の巨体がゆっくりと倒れこんでいく。


「ウオオオオオォォォーーーーーー!!」


その瞬間、全中隊から歓声が沸き上がる。


大剣を放したフィンは大きく白い息を吐き、力尽きたようにその場に倒れこんだ。

仰向けに寝転んだフィンの目には鈍色の空の切れ目から青空が顔を覗かせ、明るい日の光が差し込んでいる。

光の差す方向に顔を向けると、歓声を上げながら駆け寄ってくる仲間が見えた。


「やった・・・・・・僕たちの・・・・・・皆の力で緋竜を倒したんだ!」



勇者候補や聖戦士候補は全員大なり小なり傷を負っていたが、あれだけの戦闘にも関わらず、幸い戦死者や今後戦闘不能になるような大怪我を負った者は居なかった。


僕たちはその場で傷の手当をしたりして小休止をした後に、日暮れまでに戻れる所まで戻って野営を行う事にした。


野営の準備が終わり、雨上がりの澄んだ空気と大回廊の上に広がる星空の下で周囲の警戒を行う赤騎士団の一部部隊以外の全員、総勢約千名と共に簡単な祝勝会兼夕食を野外で行った。


全員が思い思いにそこかしこで輪を作り、談笑しながら大声で笑い合っていた。

ジャックなんて聖戦士候補の皆と大声で歌って騒いでいる。

未だ大回廊の中で作戦行動中ではあるけれど、お酒も飲んでいないし今日くらいは良いだろう。


僕の所にも色々な人が入れ替わり立ち代わり来ては声を掛けてくれた。


「やったなフィン!最後、お前の身体が少し光ったように見えたのは俺の気のせいか!?」


真っ先に僕の所に来て不思議な事を言うジャック。

戦いの中盤までは賢者隊、聖者隊をしっかり守り、終盤は僕ら勇者隊と最後まで一緒に前線で戦ってくれた。


「最後は魔素が尽きちゃったけど、フィンなら何とかしてくれると思ってたよ!」


そう言って僕の頭をいつものように撫でてきたニナ。

魔素量はそんなに多くないニナだけど、魔素を節約しつつ、最後まで僕を守ってくれた。


「フィン、さすがですね。僕も最後まで力になれて良かったです。」


普段と全く変わらない調子で僕を褒めてくれたマルコ。

詠唱速度は速くないけど、その魔素量と魔法の威力で最後まで緋竜にダメージを与え続けてくれた。


「フィン、おめでとうございます。最後は私が止めを刺したかったけど・・・・・・」


戦闘中とは打って変わり、ニコニコと話しかけてくれるカミラちゃん。

今回も彼女には本当に助けられた。

止めを刺したのは僕かもしれないけど、実際にはカミラちゃんの最後の魔法が決め手となったようなものだ。彼女が居なければ緋竜には勝てなかっただろう。


「いやぁ~、良くやったな!」


真面目で人は好いが普段滅多に笑わない赤騎士団長も、今日ばかりは相互を崩して僕の肩を叩いてくる。


第二中隊の皆も僕の頭を叩いたり抱き着いてきて喜びをぶつけてくる。

いつも通りに最後まで戦ってくれた中隊の皆がいたから僕も最後まで戦えたんだ。


第三、第四中隊の中隊長や各小隊長も声を掛けてくれた。

今回が初めての共同作戦だったけど、僕の指示をちゃんと聞いてくれて、ぶっつけ本番となった種別毎での戦い方も見事にこなしてくれた。

僕ら第二中隊が緋竜との戦いに集中できたのも彼らのお陰だ。


戦闘後に回復魔法を掛けてもらったとは言え、かなり疲労していた僕だけど、次々と来ては声を掛けてくれる人にお礼を言った。


ただ、エレナだけは野営後すぐに自分の宿所に戻ったようで、最後まで姿を見せなかった。

元々器用な彼女は戦闘を重ねるうちに戦い方にも大分コツを掴んでいて、緋竜との戦いで一人の戦死者も出さなかったのは、威力の大きい彼女の治癒魔法や回復魔法のお陰もあった。

もう一緒に戦う事は無いかも知れないけど、明日会った時にはお礼を伝えよう。


こうして盛り上がった夕食兼祝勝会も皆疲れていたのもあるのだろう、二時間程するとそれぞれが宿所に引き上げていき、お開きとなった。

宿所に戻った僕も直ぐにベッドに倒れこみ、あっという間に眠りに落ちていった。



ドン、ドン、ドン!ドン、ドン、ドン!


どれくらい眠ったのだろう。

宿所のドアを叩く音に目を覚ました僕は窓の外を見た。

空が少し白みかけているが外は真っ暗だ。

こんな時間に何事かと思いつつも、ここが戦場であることを思い出した僕は、すぐに起きて宿所のドアを開けると、ドアの外には赤騎士団の伝令兵が立っていて、敬礼をしてきた。


「フィン中隊長!赤騎士団長からの伝令です。「すぐに赤騎士団本部に来るように」と」

「分かった。すぐにお伺いするとお伝えしてくれ」


そう言ってからすぐに着替えを済ませ、5分後には赤騎士団本部に着き、赤騎士団長の部屋を訪れた。


「おぉ、早かったな!朝早くから済まない」


赤騎士団長も急に起こされたのだろう。

敬礼をする僕をみて眠そうな目をこする彼はまだ戦闘服にも着替えてなかった。


「先程右の部隊.....勇者から早馬で伝令が来てな・・・・・・」

「勇者から?」

「ああ、大至急援軍を送って来い、との事だ」


勇者からの援軍要請。

嫌な予感が僕の胸をかすめた。


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