第30話 二竜戦①

昨夜から降り始めた雨はだいぶ小降りになったとはいえ今朝も降り続いていた。


食堂棟で小隊の皆と朝食を取った時に、昨日の呼び出しについての結果だけを伝えて、心配をかけてしまった事をお詫びした。


「そう、なら良かった」


そう言っていつものようにニヤリと笑うニナにはお礼も伝える。


「まあ、これからは戦いに向けてしっかり集中しろよ!フィンにしっかりしてもらわないと俺達も生きて帰れるか分からないんだからよ」

「今日からの作戦と聖女との連携テスト。第二中隊はフィン次第ですからね」


ジャックとマルコも心配してくれてたようで申し訳なかった。

まだ終わっていないヨルマの事やセシルの事もあるけど、将兵合わせて500名近い人達の命を預かる立場として、今は二竜戦に向けて集中しないといけない。


今回の作戦でエレナとの連携テストを行う為に、僕達第一小隊はニナの代わりにエレナを防御・回復役として組み込み、ニナにはエレナのサポートをして貰う事になっていたため、朝食後の最終打ち合わせを行った時にエレナと顔を合わせた。


エレナは少し疲れている様子だったけど、それでも昨晩までのような虚ろな目はしてなくてしっかりした顔つきになっていた。

昨日のこともあり声は掛けづらいし、エレナも僕とは話したくないかも知れないが、今日は同じ小隊で一緒に戦わなきゃいけない。

僕はエレナに近づき挨拶をすると、彼女もしっかりとした声で挨拶を返してくれた。

そんなエレナの様子に僕は少しほっとした。


そして、作戦開始予定時刻になり、僕たちは大回廊に侵入した。



作戦開始後、大回廊に侵入して1km程進んだ所でエレナとの連携テストとしてちょうど良い規模の敵、大型二足竜1匹、中型二足竜5匹の群れに出くわしたので、第一小隊だけで敵に当ったのだが、結果は散々たるものだった。


たしかに聖女の魔法の威力は凄かった。

初級魔法でも平均的な聖者候補の中級魔法以上の威力があるし、魔法発動のスピードも平均以上だ。

だけど、実際に敵と戦ってみてそのメリットを生かしきれない彼女の戦い方が分かった。


まず、彼女は詠唱ミスが多い。

これは訓練生時代から僕も知っていて、当時も何回か注意したんだけど、まだ直っていないようだ。

多少詠唱速度が早くても肝心な所でミスしたら小隊全体に危険が及ぶ可能性がある。

詠唱速度は多少遅くても、マルコの様に確実に魔法を発動してくれたほうが助かる。


また、中型二足竜相手に上級防御魔法を使うなど、魔素の無駄遣いが多い。

連戦になった時、肝心な所で魔素切れになったら大変だ。


そして一番問題なのは彼女に戦闘勘が無いことだった。

ある程度の場数を踏んでいれば、今は守る時なのか、攻める時なのかといった戦場の空気感、戦闘の流れのような物を感じる事が出来るようになり、次の味方の動きや発動する魔法のタイミングが分かってくるはずなのに、彼女にはそれが全く無かった。

ただ、闇雲にその場の思い付きで魔法を発動しているようで、肝心な場面で魔法の効果が切れたりして、僕も何回か危ない場面があった。


昨夜の事が無ければ単にエレナを切り捨てていただろう。

この作戦が終われば彼女は自分の小隊に帰り、その後彼女がどうなろうとも僕には関係のない事だと思ったかもしれないけど、やっぱり邪竜と戦うには聖女の力が必要になるだろう。


戦闘後、申し訳なさそうな顔をして俯いているエレナに声を掛け、今までどうやって戦ってきたか聞いてみた。

彼女が言うには、いつも勇者が力ずくで魔物を倒してしまう為に防御魔法は殆ど使ったことがなく、戦闘には殆ど参加していなかったらしい。

そして勇者は怪我が多く、戦闘後に治癒魔法や回復魔法で勇者達を回復する事が主な役目だったと語った。


僕はエレナから事情を聞いた後、テストを見ていた各小隊長と相談して彼女の扱い方を決めた。


まず、回復魔法と治癒魔法はエレナの判断で中隊全員誰にでも使ってよい事。

回復魔法と治癒魔法だったら、かけられた人間も戦闘に支障は無いだろう。


防御魔法は余裕があるときに練習として、ニナの動きを見てニナと同じタイミングで僕だけに使う事。

他の人に使って肝心な所で魔法が切れたら大変な事になるかも知れないが、僕はニナの防御魔法だけを信じて動けばいい。


そして、戦闘中は自分自身に初級防御魔法を常にかけておく事。

エレナの話を聞いた限り、勇者小隊は連携なんて考えないで、それぞれが好き勝手に戦っているように感じた。

邪竜を倒すには彼女の力が必要になるだろうし、その時までエレナを守ってくれるのは、彼女自身の力だけかも知れないと思ったからだ。


こうして、エレナの扱いを決めた後、第三中隊と第四中隊には、作戦開始までの移動中に訓練していた種別ごとで戦うやり方を本番で試しながら大回廊を進んで行った。



大回廊は広い所で幅約3km、北の陸まで約25kmの長さがあり、両側は壁の様にそそり立つ岩壁がどこまで行っても続いていた。

奥に進むにつれて会敵する回数も徐々に増え、作戦開始から5時間後、大回廊の約半分、12km程まで進んだ所で第三、第四中隊長と今後の方針を相談した。


一旦敵の少ない所まで戻り大休止をするか、残り半分、このまま一気に突っ切るか。

幸いどの中隊にも行動できなくなるような大怪我を負った負傷者もおらず、部隊の士気も高いけど、連戦の後に二竜と当たるのはリスクが大きいので、一旦敵の少ない場所まで少し下がって大休止をしようと、そう決めた時だった。


「十二時の方向、距離約600!超大型の敵が・・・・・・通常の超大型竜の倍はあります!また、超大型竜10、大型竜......約30、飛竜約20、中型竜多数が突然現れました!」


敵が現れた事を告げる索敵兵の声が響いた。


(敵!? ついさっき3km先まで索敵した時にはそんな敵は見えなかったはず)


でも考えるのは後だ!

僕は突然現れたその敵、多分二竜のどちらか、に対応する為に素早く指示を出す。


「索敵兵!敵と接触するまでの時間は?」

「は、はい。約三分後には・・・・・・」


「よし、中央は第二中隊で二竜に対応する!左翼は第三中隊、右翼に第四中隊が展開して他の魔物に当れ!こちらからの合図で90秒間の一斉魔法攻撃を開始、その後は各個敵に当れ!」


僕の指示で両中隊長はすぐに走り出した。


すると、自分の中隊に戻るべく走り出した僕の前方に敵の姿が現れる。

確かに超大型竜の倍はあろうかという巨体は、まるで炎を竜の形にしたように全身が赤く輝いていた。


―――緋竜か!


すぐ中隊に戻って、数名の索敵、伝令以外の兵を僕達の後方五百メートルに待機している赤騎士団の所に退避させた後、戦闘態勢を整えるべく指示を出す。


「カミラちゃん!賢者部隊の指揮を任せる。攻撃開始の合図と共に90秒間の一斉攻撃!緋竜の周りの敵を排除。カミラちゃん自身は緋竜を狙って全力で攻撃してくれ!」


カミラちゃんはいつものように口元に薄っすら笑みを浮かべ、前方の緋竜を睨みつけたままだ。

そして早く攻撃させろと言うように、僕を一瞥して軽く頷いた。


「勇者隊は魔法攻撃後、僕に続いて敵に突入!目標は緋竜だ!緋竜以外は他の中隊に任せて全力で緋竜を仕留める!」


中隊全員の顔を見渡すと、全員いつものように落ち着いている。

ここまでやってこれた僕らなら大丈夫だ。


「全員、いつも通りに当れば大丈夫だ!誰一人欠ける事なく終わって祝杯を挙げるぞ!」

「オォォォォーーー」


すでに、400m程まで迫っている緋竜見つめながら、僕は戦闘開始の一声をあげる。


「全部隊、攻撃開始!」


すでに雨が上がりかけた鈍色の空に向かって、戦闘開始を告げる一条の狼煙が上がっていった。

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