第4話 ヨルマの友達
眼下には階段状につづく帝都の街並みが広がっていた。
目の前には大きな貴族のお屋敷がゆったりとした間隔で並び、遠くの、低い階層になるにしたがって小さな家がごちゃごちゃとひしめき合っている。
最下層のスラム街の向こうには平野と丘陵が地平線まで続き、小さい頃に魚をとって遊んだ川や、木の実を拾いに行った森が小さく見えている。
僕が、僕たちが生まれ育った帝都は、裾野の半径が五キロもある大きな丘に作られた町で、帝国の首都として栄えてきた。
丘の頂点が0階層で皇帝が住む宮殿が立ち、階層が下がるごとに地位や身分が低い者が生活する地区になっていき、7階層である最下層のスラム街は帝国民権を剥奪された人たちが高い塀で隔離された区域に住んでいる。
僕は今、帝都の3階層にある騎士団本部にいる。
入団式を終え案内されたのは、今回の女神様のお告げがあってから騎士団本部敷地内に急遽建てられた候補生用の宿舎だった。
そしてその宿舎で僕に割り当てられた個室の窓から、不安と期待を胸に外の風景を眺めていた。
♢
入団式には僕と同じように新品の騎士団候補生の制服を着た若者が、皆緊張した面持ちで整列する中、騎士団総長の訓辞と任官が行われ、僕ら全員、三等士官補という一番低い士官として騎士団の一員となった。
入団式の後に候補分けの発表があり、僕とヨルマは勇者候補でエレナは聖者候補となった。
勇者、聖戦士、賢者、聖者それぞれ50人づつ、合計で200人の候補生がこれから2年間の訓練を経て、邪竜との闘いに挑むことになる。
そのあと、候補種別ごとにそれぞれの講義室に案内され、指導教官の紹介と今後の行動予定についての説明が行われた。
候補生の間も給料が出るという話は本当で、騎士団の兵卒の給料の3倍もでること、休暇は週1回あり、休暇中は騎士団本部のある3階層内であれば外出できることや罰則の説明が行われ、宿舎に案内された後、その日は自由行動となった。
自由行動になった後、僕はエレナとヨルマと合流し、お互いの情報を交換しあった。
エレナはさっそく友達ができたらしく、その子から聞いた話によると候補生ほぼ全員が5階層か6階層の出身らしい。
貴族やお金持ちの平民の子弟は権力やお金の力で受験しなかったそうだ。
すでに権力もお金も持っている人たちからすれば、わざわざ危険な候補生にならずに、平和な時に通常の騎士団に入団すれば良いのだからだろうというのが、エレナが聞いてきた話だ。
これは後から聞いた話だけど、300年間争いが無かったおかげで騎士団の士官は家を継げない貴族のただの就職先となっており、入団すれば一生安泰に暮らせる。
副騎士団長になれば一代男爵、騎士団長では男爵、騎士団総長や参謀総長になれば子爵になれるため、実家の権力とお金の力で上の階級を目指すことが彼らの仕事らしい。
各騎士団で、貴族しかなれない正騎士団員と呼ばれる士官以上は200名ほど、白、黒、赤、青の4騎士団合計で800名が日夜しのぎを削っているそうだ。
当然、戦力と呼べるような実力もなく、中には剣の握り方も忘れた騎士もいるという噂を聞いたが、さすがに冗談だろう。
平民であっても騎士団に入団できるが、給料も安い上にどんなに頑張っても準士官までしか昇級できないので、大抵の人は騎士団でしか学べない特殊な魔法などを覚えたら退団してしまうらしい。
そんな平民出身の一般兵卒が各騎士団に800名ずつ、合計約3200名が貴族子弟である騎士団士官のお守に日夜奔走している。
僕たちのような平民の若者が騎士団の士官となれたのは300年ぶりに起きた奇跡といってもいいらしい。
♢
そして入団式から一週間、徐々に環境に慣れてきた僕は新しい友達も数人でき、苦労しつつも候補生という生活を何とかこなしていた。
「フィンー、飯に行こうぜ!」
午前中の講義が終わってヨルマがいつものように声を掛けてきた。
今日の講義の内容について話しつつ僕とヨルマが食堂棟に向かっていると、ちょうど同じタイミングで講義が終わったらしく、前方の聖者候補のクラスから候補生がぞろぞろ出てくるのが見えた。
「エレナー、お昼!一緒に行こう!」
出てくる候補生の中にエレナの姿を見つけた僕が声を掛けると、エレナが手を振りながらこっちへ小走りにやってきた。
僕たちの前まで来たエレナが何故か不思議そうな顔でヨルマを見ているので、僕もヨルマを横目で見ると、彼は前方をジッと見ていた。
ヨルマの視線の先を見ると、ちょうど聖者候補のクラスから出てきた一人の女の子が驚いたような表情でこっちを見てる。
すると、ヨルマはその子の前まで走っていくと、何か声を掛けている。
「あれ?ヨルマってセシルと知り合い?」
「セシル?」
「うん、セシル・ボードレール。候補生の中で一番かわいいって評判になってるの。ヨルマったら一体いつ知り合ったのかしら。手が早いというか、無謀というか・・・・・・」
そう言って呆れた表情を浮かべるエレナ。
ヨルマと何か話しているセシルという少女はたしかに美しかった。
僕は、エレナも負けてはいないと思うが、美しさの方向というか、種類が違う。
エレナは大人っぽい顔立ちで背も高く、スタイルもいい。普段は冷たい表情でとっつきにくい雰囲気だが、実際話すと人懐っこくて明るい性格もあって頼れるお姉さんという感じ。
対してセシルという子は背もあまり高くなく、かわいいお人形さんみたいに見えた。
ヨルマと話しながらもジッとこちらを見ていたセシルという少女に、僕とエレナはそんなことを話しながら近づいていくと、ヨルマが僕たちに振り返り、少し慌てたように口を開いた。
「あぁ、フィン、エレナ、紹介するよ。彼女はセシル。俺の友達だ。セシル、こっちの二人はフィンとエレナ、俺の幼馴染で奇跡的に一緒に合格したんだ」
ヨルマの紹介を引き継いで、何故か僕の顔を驚いたように見ているセシルと言う女の子に挨拶をする。
「初めまして。フィン・エルスハイマーです。ヨルマの幼馴染でヨルマと同じく勇者候補のクラスです。」
「私はエレナ。同じく二人の幼馴染よ。あなたと同じ聖者候補......って、それは知ってるかぁ~」
僕に続いてエレナが自己紹介をすると、その子はコクコクと頷いてから顔を伏せた。
「・・・・・・はっ、はじめ・・・・・・して、セシル・ボードレールです。・・・・・・ヨルマ君とは・・・・・・とっ、友達、です・・・・・・」
少し斜め下を向きながら小さな声でヨルマの友達、と自己紹介した彼女は近くでみるとさらに美しかった。
髪の色は僕と同じ銀色で、緩くウェーブが掛かった髪はエレナと同じくらいの長さのセミロング。
白く透き通るような肌に整った顔。宝石のような淡いグリーンの大きな瞳。彼女が女神様だと紹介されてもおかしくない程だ。
「ちょっと~、ヨルマ、あんたセシルといつ友達になったのよ~」
「あ、あぁ、えっと、仕事先の知り合いの関係で・・・・・・な」
エレナがニヤニヤしながら問いかけると、ヨルマは何故か歯切れ悪く答えた。
だけど、以前からほかに友達がいたなんて、僕の知らないヨルマが見れた気がして新鮮な感じがした。
「そうだ!もし良かったらセシルも一緒にお昼に行きましょうよ!」
そういうと、あっけにとられるセシルの手を握って、答えも聞かずに食堂棟に向かって歩き出したエレナに、僕とヨルマはお互い苦笑いを浮かべて後に続いた。
ちなみに、その晩の夕食の後、僕はエレナに有料のドーナツを奢らされた。
理由は何となく分かったので素直に奢ることにした。
♢
それから僕たち三人は、僕たち四人になった。
ヨルマの隣にはいつもセシルがいて、時々クスクスと笑う彼女がいることは僕にはなぜかごく自然に受け入れられた。
ただ、ときどきジッーっとセシルからの視線を感じることがあるのは気のせいだろうか。
ある日の夜、たまたま僕とセシルの二人が先に食堂棟についてしまい、残りの二人を待っていた時だった。
僕とセシルはあまり二人きりになったことがないので、二言三言言葉を交わしたあとは何を話していいか分からず黙って外を見ていると、斜め向かいに座っているセシルから何となく視線を感じた。
「ん?何?何かついてる?」
僕はこの機会に思い切って聞いてみた。
「べっ・・・・・・別に、あの・・・・・・髪の毛・・・・・・が」
「髪の毛?僕の髪に何か付いてる?」
「えっと・・・・・・違くて、あの、そう、色が同じだなって・・・・・・」
「あぁ、色?そうだね。銀色はあまりいないからね。セシルもたまに人から見られたりするの?」
「あ・・・・・・う、うん。ときどき・・・・・・は」
セシルは僕の方を一切見ずに、俯いたままでしどろもどろに理由を口にした。
確かに銀髪はあまり見ない、が、他人からジロジロ見られるほど珍しいほどではなく、6階層の町の人波を半日も眺めていれば2~3人は見つかるくらいにはいる。
何となくなくしっくりこない気がしたが、理由が分かったので少しはすっきりした。
それからも時々視線を感じることはあったけど、理由も分かったので徐々に気にならなくなった。
そんな風に僕らは毎日を過ごしつつ、あっという間に2年という月日が流れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます