第3話 入団

見渡す限り灰色で塗りつぶされた空間で僕は泣いていた。


目の前の白い影に手を伸ばして、つかまえようと走りだそうとしても、何かに押さえつけられているようで体が上手く動かない。


そうしているうちに白い影が僕の前から徐々に遠ざかっていく。


ただ、大人なのか子供なのか、男なのか女なのか、人間なのかも分からないその影が、僕と同じように泣いている事だけが分かった。

涙で歪む視界に映るその影は、まばたきをするたびに小さくなり、必死に伸ばした僕の手が届かないと分かった時、いら立ちの涙が悲しみの涙に変わっていく。


バタン!


突然耳に入ってきた音で急に現実に引き戻されていく。


(あぁ、また同じ夢だ・・・・・・)

時々見るこの夢。


夢から覚め、現実に引き戻されるこの瞬間だけ、僕はいつも同じ夢を見ていることを思い出す。


コツッ、コツッ


誰かが歩いてくる音を聞きながら、数分後には見たことも忘れてしまう夢を、僕は必死に思い返していた。



「フィン!起きてる?」


重い瞼を開くと、ベッドの横に立ったエレナが僕を見下ろしていた。


「休みだからってまだ寝てたのっ?」

「あぁエレナ・・・・・・おはよう」

「それよりさ、ニュース!ニュース! 合格だってさー! 町の掲示板に貼ってあったよ」


エレナはそう言うと、ベットから体を起こした僕にいきなり抱き着いてきた。

目が覚めた瞬間、恋人に抱き着かれる幸せを感じながら、僕はエレナが口にした”合格”の意味をボッーとした頭で考える。


「・・・・・・合格って? あれ?候補者試験のこと?」

「それしかないじゃない!私たち合格だって!」

「私たちって、僕も?」

「フィンもヨルマもよ! これからもまた三人一緒だね!」


そう言ってエレナは抱き着いたまま、僕の胸にひたすら頭突きを繰り返している。

嬉しいときのエレナの癖だ。


そっか、僕もエレナも合格したんだ。

喜ぶエレナを見ていると、本当は三人とも落ちていた方が良かったと思ってしまった事は口に出来なかった。


「エレナ、鎖骨は痛いよ・・・・・・」


エレナの頭突きを躱し、ベッドから抜け出した僕は、さっきまで鮮明に覚えていた夢の事を、すでに見たことさえ忘ていた。



付き合い始めた一か月前からエレナは、僕が休みの日には一緒に朝食を食べるために家に来てくれるようになった。

朝食が出来ると、二人並んでテーブルに座り、朝食を食べながら色々と話しをする。


「ヨルマはどうしてた?」

「なんかねー、一人で興奮してた!「うおぉー!俺が勇者かっ!!」って。まだ勇者候補かどうか分からないのにね。」

「もし聖者候補だったら怖いな。おっかない顔して法衣着て、救いの手を差し伸べてきたら」

「子供は確実に泣くわね!「うわぁぁー、聖者様の皮を被った悪魔だぁ~!」って」

「候補者試験でヨルマを合格させた人はクビかもね~。フフフッ」


そして話は候補者試験の事になる。


「そういえば、候補者試験って、あれ、何だったんだろうね」

「うん、僕もてっきり剣とか魔法の試験だと思ってたよ」

「たぶんすごい魔法だったのよ、なんか、バァーって光ってたし」


今思いだしても不思議な試験だった。

試験当日、僕らは大聖堂の一室に連れていかれて、腰辺りまで高さのある鉄とガラスを混ぜたような不思議な素材でできた黒い箱に一人づつ手を置くように言われた。

箱の上に手を置くと、手を置いた面が白く光りだして文字のようなものがすごい速度で浮かんでは消えていく。

そして数秒後に白い光は消えて元の状態になっていた。

それが試験のすべてで、それで合格か不合格か決まったのだ。


それからしばらくエレナは一人で色々と喋り続け、僕はひたすら相槌をうっていた。


仕事をやめなきゃいけないこと。

候補生でもお給料が出るらしいこと。

ヨルマの父さんや僕の母さんのこと。


とりとめのない話の最後にエレナが言う。


「私ね、本当は少し不安だったの。もし誰かひとりだけ落ちたら・・・・・・誰か一人だけ合格したら、って。合格でも不合格でも三人一緒にいられますように、ってお願いしてたんだ」


僕はエレナが口にしたその言葉を聞いて嬉しくなった。

合格とか、不合格とか、三人一緒とかじゃなく、エレナも僕と同じことを考えていたことが。


朝食を終えたエレナはそのまま仕事に行き、僕も今日は休みだったけど、働いてるお店に行って勇者候補に合格したことを伝え、お店を辞めることになった。


お昼前には家に戻り、すでに仕事から帰ってきていた母さんに合格したことを伝えたら、母さんはすでに知っていた。

なんでも、朝仕事に行くとき、町の掲示板に騎士団の兵士が合格者のリストを張り出していた所に出くわしたそうだ。


「おめでとう。頑張りなさい!エレナちゃんもヨルマくんも一緒なんだから」


そう言って少し寂しそうに笑った母さんを見て、僕が不合格を望んでいた理由の一つ、母さんを一人にしてしまう事にやっと気が付いた。

それでも、邪竜を討伐した後は騎士団にそのまま残ることが出来ると言う噂が本当だとすれば、毎日働き詰めの母さんに楽をさせることが出来だろう。

僕は涙を堪えながら絶対に帰ってくると、帰ってきたらエレナと母さんと三人で暮らそう。そう心に誓った。


そして三日後、僕たち三人は候補生として晴れて騎士団に入団した。



その時の僕は、僕たちは分かっていなかった。

戦うということ。

特別な力を持つということ。

そして、人は変わっていくことを。


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