第5話 選ばれたのは

炎魔法がさく裂し、僕の目の前で土煙が盛大に巻き上がる。

わざと左前に一歩踏み込んだ瞬間、土煙の中から剣を振り下ろした相手が飛び出して来た。


斜め前に踏み込んだ分だけ僕と相手の軸線がずれ、僕は振り下ろされた剣を左にかわしつつ半身をひねって相手の右腕を蹴り上げる。

バランスを崩して倒れこむ相手の斜め後ろから剣を突き付けると、相手......ヨルマは苦笑しつつ両腕を上げた。


「参った参った!まさかあそこから踏み込んで来るなんてな」

「いや、僕も危なかったよ。下がって受けてたらそのまま押し込まれてたかもしれなかったよ」


そう言って立ち上がろうとするヨルマに手を伸ばして起き上がらせる。

午後の戦闘訓練が終わった後、僕とヨルマは二人で格闘訓練を行っていた。

演習場では他にもいくつかのグループが自主的に訓練を行っている。


「しっかしフィンよぉ~、お前どんな反射神経してんだ?あの距離からの魔法を躱されるとは思わなかったぜ」

「でも僕もとっさに蹴りなんて使っちゃったし・・・・・・魔物相手だったら蹴りなんて通用するかもわからないよ」


入団式からもうすぐ二年が経とうとしていた。

初めは剣の持ち方や構え方も分からなかった僕たちだけど、1年もすると全員が剣術の指導教官より強くなっていた。

各種別ごとにいる指導教官たちは騎士団の中でもトップクラスの実力を持つ教導隊の騎士なのに、だ。

僕たちの成長が早いのか、騎士団の実力が低くすぎるのかは分からないが、あの訳の分からなかった入団試験も案外侮れないのかもしれない。



それから数日後の朝、候補生全員が演習場に整列させられ、普段滅多に顔を見せない騎士団総長が現れた。


「今朝早く女神様よりお告げがあった。本日これから勇者、聖戦士、賢者、聖者の印を下されるとのことだ。全員これより教官の指示に従い、速やかに大聖堂まで移動するように」


集められた時から何となく察しはついていたけど、遂にその時が来たんだとその場の全員に緊張が走る。

そしてそのまま全員が2階層にある大聖堂までつれていかれ、種別ごとに整列した。

道すがらヨルマとも少し話をしたけど彼もさすがに緊張しているようで言葉数が少ない。


僕は、勇者になれなくても正直仕方ないと思っている。

2年間の努力は勇者になる為だったけど、僕にとっては勇者になることよりも四人で過ごせることの方が大事だ。


だから僕は後悔することになる。

自分ではどうしようもなかった事だと分かっていても。



大聖堂の中で種別ごとに整列した僕たち。それぞれの列の一番前には透明感のある黒くて四角い箱が計4つ置かれている。


(あれは・・・・・・入団試験の時の?)


そう思う内、前方に10名ほどの聖職者が現れ、祈りを捧げ始めた。

僕たちがその様子を眺めているなか、5分程すると聖職者たちの5メートルほど上に眩しい光の粒が集まりだした。

その光景にみんなが呆気にとられていると、その光の粒は徐々に人の形を作り出した。


光の粒が白く輝く美しい女性を徐々に形作る。その女性は優しそうな笑みを浮かべながら、僕らを見下ろしつつ、見た目通りの優しく透き通った声で言葉を発した。


「皆、よく集まりました。皆の中から勇者、聖戦士、賢者、聖者として認めた者に印を授けます。印を授かったものは前に出てきて”聖なる武具”を手になさい」


すると、僕の列から一番離れた左端の聖戦士の列の中に白い光が立ち上る。

その光に包まれた男。何となく顔を知っているだけだが、小太りのその男はビックリした表情のまま、周りの皆にペコペコと頭を下げながら前に出ていく。


その様子を全員が眺めていると、賢者の列から同じように一人の少女が光に包まれた。彼女も驚いた様子だったが、覚悟を決めたのか、必死な形相で前に出た。


僕は急に、今まで考えなかった、考えることを意識的に避けていたことが現実になるかも知れないことに恐怖にも似た感情が芽生えてきて、無意識に聖者の列、斜め前方5メートルほどの位置に立つエレナを凝視していた。


そして、そんな僕を嘲笑うかのように、光に包まれている賢者を呆然とした顔で見ていた彼女の体が白く輝きだした。


(エレナっ!?)


自分が選ばれた事が分かったエレナはビックリした表情のまま後ろを振り返って僕と目を合わせ、数舜見つめると静かに前に歩き出す。


(エレナが・・・・・・聖者に選ばれた?)


僕の頭は混乱していた。

誰かが選ばれる。

頭では分かっていたはずだったけど、選ばれた他の誰かのサポートとしてこれまでの2年間のように4人で一緒に過ごせる。

そんな未来を当たり前のように想像してた。


そんな状況になっても僕は、僕自身が勇者に選ばれてエレナと共に戦って行く事なんて頭に思い浮かばずに、これからエレナと一緒にいられなくなるかもしれないと、そんな絶望感に沈んでいた。


そんな僕をさらに突き落とすかのように僕の前方、3人前の位置で次の光が輝きだす。

勇者の列、そこで光が包み込んだ男。


(ヨル・・・・・・マ)


彼は小さくガッツポーズをするとしっかりとした足取りで前に出てゆく。


僕は、ただ茫然と前に立つ二人を眺めているだけだった。



「さあ、”聖なる武具”を授けます。四人とも手に取りなさい」


女神様の言葉と共に、四人の前にある黒い箱の上に同じように眩い光が集まってきて何かを形作っていく。


勇者の前には”光り輝く剣”

聖戦士の前には”光り輝く鎧”

賢者の前には”光り輝く杖”

聖者の前には”光り輝く法衣”


四人は女神様の言葉に従い、恐る恐るそれらを手に取った。


「邪竜はもうすぐ大回廊の先、北の陸に復活します。あなたたちは”聖なる武具”を取り、邪竜を討伐して下さい。困難な戦いになりますが、私はいつもあなたたちを見守っていますから」


そして、女神様を形作っていた光の粒が徐々に拡散していき女神様の姿が虚空に消えていく。


僕は皆の、僕以外の喜びや驚きや落胆の声を聞きながら、何も考えられずにボッーとした目で消えてゆく女神様をただ見つめてることしかできない。


微笑んでいた女神様が、最後の瞬間に少し口端を上げたように見えたのを、ただ見つめていた。



見下ろした目の前には大勢の人が並んでいる。

私はあらかじめ決めていた4人に印を授ける。

噛んで含めるように邪竜の出現する場所まで伝えると、とうとう我慢できずに笑みを浮かべてしまいそうになる。

そして姿を消す際に、また悪い癖が出て、つい心の中で呟いてしまう。


(さぁ、新しい試みの始まりよ。頑張ってみせてね)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る