第17話 休暇① 近づく距離

僕達第二中隊はセシル達の第五中隊と共に無事に帝都に帰着し、僕は前回と同じく一週間の休暇と、戦闘経過報告書提出という宿題を頂いた。

今回も夜遅くまで掛かり戦闘経過報告書を書き上げ、次の日起きたのは、もうすぐお昼になろうかという時間だった。

昨夜書き上げた戦闘経過報告書を提出した後、今日はどう過ごすか考えつつ本部の建物を出る。


(とりあえず腹ごしらえかな)


昨日の夕食を食べてないせいで、空腹に気づいた僕は食堂棟に足を向ける。

食堂棟が見えてくると、食堂棟の入り口から少し離れた場所でセシルがウロウロしているのが見えた。


(ん?・・・・・・セシル、一体何をしてるんだろう?)


僕は近くの建物の影に隠れセシルの様子を観察してみた。

こんなことをしてしまうのも、休暇になって心に余裕が出てきているからかもしれない。


彼女は周りを見廻しながら食堂棟の前を10メートル程行ったり来たりしている。

通る人に見られる度に俯いて動きを止め、暫くするとまたウロウロ歩き出す。

誰かを待っている様子に、僕は彼女が誰を待っているのか少し気になってきた。


5分程だろうか、そうしてウロウロしているセシルを観察していたが一向に相手が現れない。そこで僕は気がついた。


(もしかして僕を待っている?)


昨日までの帰還途中、毎日セシルが食堂棟の前に居たことを思い出して、そんな気がしてくる。

でも何でわざわざ待ってるのだろう。連絡さえくれれば良いだけなのに。

僕の勘違いかもしれないけど、もしそうだったら早く行かないとセシルに悪い。

建物の影から出ると、足早にセシルに近づき声を掛ける。


「セシル!」

「フィ、フィン。こんにちは・・・・・・」

「セシルはお昼終わった所?」

「ううん、・・・・・・私もちょうど今来た所で」


僕はさっきまでずっとウロウロしていたセシルを思い出し、少し笑ってしまいそうになるが、もしかしたら本当に僕を待っていてくれたのかもしれない。

少し意地が悪いかな、と思いつつも疑問を確かめるために聞いてみる。


「そうなんだ。セシルも一人?もし良かったら一緒にお昼にいかない?」

「う、うん。私も一人だから・・・・・・」

セシルが誰かを待っていた訳でもないことが分かって、何故か少し安心した僕がいる。



一緒にお昼をすることになった僕たちは食堂棟へ入る。

結構込み合っているが、僕が二人分注文して料理を受け取っている間、第三小隊のカミラちゃん達が座っている二つ隣にセシルが席を取っておいてくれたみたいだ。

カミラちゃん達に挨拶してから、セシルと向い合せに席に着く。


「「いただきます!」」


そう言えばセシルと二人だけで食事をするのは初めてかもしれない。

そう思ったら少し緊張してきた。

そんなセシルの食事する姿は相変わらず気品が感じられる。

背筋をピンと伸ばし、スプーンを静かに口元に運ぶ様はまるで貴族のお嬢様のようで、パンも小さく千切ってから口にしている。

そんなセシルに感心しながら食事をとりつつ、さっきのセシルの行動を考えてお願いをしてみる。


「セシル、一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「お願い?」


セシルはそう言って食事の手を止めて小首をかしげる。


「うん。僕は最近一人で食事することが多いんだけど、次の出撃まで僕と一緒に食事をしてくれないかな?もちろんセシルさえ良ければだけど」

「・・・・・・え、えっと」

「ダメかな・・・・・・」

「・・・・・・フィン・・・・・・さえ、私で良ければ」

「やった!ありがとう。じゃあ明日からは時間を決めて待ち合わせようか」

「う、うん」

「それじゃあ、明日からは12:30ヒトフタサンマルに食堂棟の前でいい?」

「分かった。12:30ヒトフタサンマルに食堂棟の前で・・・・・・」


良かった!もしセシルが僕を待っていてくれたのなら、明日からは寒い中を待たせたりしないで済みそうだ。

一安心した僕はまた会話を続ける。


「セシルは休暇中何をして過ごす予定?」

「特には無いかな・・・・・・部屋で本を読んだり、魔法の勉強をしたり、とか。かな」

「そうなんだ。出かけたりとかしないの?家に帰るとか」

「う、うん、家は・・・・・・もう・・・・・・」


そこで僕は失敗した事に気づいた。

候補生は、ほぼ全員が5階層か6階層の出身者だ。

人に言えない事情を抱えている者も多いと分かっていたのに、余計なことを聞いてしまったと後悔する。


そして今更ながら僕はセシルの事を何も知らないことに気づく。

普段僕と話しているときを思い返しても、彼女自身の事は殆ど聞いたことがない。

初めて会った時、彼女はたしかこう言ったはずだ、「ヨルマの友達」だと。

ヨルマも、仕事関係の知り合いだとか言っていた気がする。


セシルはどういった所で育ち、どんな生活を送ってきたのだろう。

家族は、友達はいたのだろうか。好きな事は何だろうか。

そして好きな人は―――付き合っている人がいたりするのだろうか。

急にセシルの事をもっと知りたいと思ったけど、あまりプライベートな事に立ち入ってまた失敗すると思うとあまり聞けない。


そんなことを考えているとセシルが話を続ける。


「だから、入団してからは出撃以外で騎士団本部から出たことはないかも・・・・・・」

「えっ?一回も外出してないの?」

「うん」


一回も外出していない事にビックリしながらも、もしかしたら何か事情があるかもしれないと思うと直接理由は聞けない。けど、今日は勇気を出して少し立ち入ってみる。


「だったらさ、今日の夜、一緒に食事をしない?5階層に美味しい鳥料理のお店があるんだ・・・・・・」

「でも・・・・・・」

「一度セシルと一緒に行きたいと思ってたんだけど・・・・・・もし迷惑じゃなかったら」

「め、迷惑なんかじゃない・・・・・・けど、・・・・・・うん、行ってみたい」


ちらっと僕を見てから慌てたように顔を伏せたセシルの頬が一瞬赤くなっているように見えたけど、思い切って誘ってよかった。

こうして初めて二人で外出することになった僕たちは、お互い少し照れながらも食事を続けた。


カミラちゃん達第三小隊の席から鋭い視線を感じたのは気のせいだろう。



フィンに外食に誘われた時、本当に嬉しくて、自分との約束を忘れて、心の中の私はぴょんぴょん飛び跳ねていた。

でもすぐに考えてしまって、返事が出てこない。

今日だってフィンを待って食堂棟の前をウロウロしてしまった。

”自分からフィンに近づかない”というルールはもうすでに何度も破ってしまっている。

結局、「迷惑じゃなきゃ」というフィンの言葉に、行きたいという本音を出してしまう。

ただフィンと一緒に居たいだけなのに、フィンが困っているから咄嗟に返事をしたなんて言うのは自分自身への言い訳だ。


(私が傍にいるとフィンがまた不幸になるなんて私の勝手な思い込みだ)


そんなことを考えだしている私の心は、すでに歯止めが効かなくなっているのかもしれない。

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