第16話 同じ星空の下で

私、セシル・ボードレールは逃げている。


駆逐戦に出撃した私たち第五中隊は、既にこの大森林の担当区域で二ヶ月近く戦っていた。

担当地区の魔物もこの二ヶ月でほぼ駆逐し、三日後には帝都へ帰還する予定だった。


最後に残った未踏破区域である東端の南側を、昨日の朝から中隊全員で調査していた時、魔物もほぼ駆逐したと油断していた所を超大型二足竜三体を含む敵の群れに突然襲われ、私たち第六小隊と第七小隊は本隊からはぐれてしまっていた。


それから一昼夜の間、戦って、逃げてを繰り返し、今朝方少しの仮眠を取って、何とか振り切ったと思った直後にまた襲われて逃げている。


背後から迫ってきた中型二足竜の炎のブレスを防御魔法でかろうじて防ぐと、私の後ろにいた小隊長が反転し、数合切り結んで何とか倒す。


その直後、横合いから襲い掛かる中型四足竜を聖戦士候補の男の子が二人がかりで体当たりをして弾き飛ばすと、また全員で走り出す。

しかし、そんな私たちを嘲笑うかのように超大型二足竜二匹が横合いから現れる。


「そんな・・・・・・」


全員絶望の淵に追い詰められ、逃げることもできずに立ち尽くしてしまう。


一匹がブレスを吐いた瞬間、私は辛うじて防御魔法を発動して防いだが、第七小隊の聖者候補の男の子は既に魔素が尽きたのか、防御魔法を発動していない。


もう誰も動けなかった。

私の魔素も完全に尽きて、もう魔法はつかえない。

もう一匹がブレスを吐こうと口を開くのを、私は死を覚悟して見つめていることしか出来なかった。


その瞬間。


私の目の前を銀の光が奔る。


その銀の光が、口を開いた超大型二足竜の懐に飛び込むと、巨体がゆっくりと倒れていく。

もう一匹の頭上に氷の上級魔法がさく裂し、その巨体が傾むくと、次の瞬間、銀の光がその巨大な魔物の首を引き裂いた。


まるで稲妻のようなその銀の光は―――

銀髪を陽光に煌めかせて私たちの前に立っていた。


「・・・・・・フィ・・・・・・ン?」


彼はチラッとこちらを見ると、再び魔物の群れに駆け込んで行った。



「セシル!、大丈夫か?」


魔物をすべて片づけた僕は、疲れ切った表情で座り込んだセシルに声を掛けた。

帰還前の最後の哨戒中に、僕達の担当区域内で魔物と戦っている第五中隊を発見して駆けつけたのだが、あと一歩遅ければ危なかっただろう。

地面にぺたんと座り込んで放心した顔で僕を見つめているセシルの目に、大粒の涙が溢れだした。


「フィン・・・・・・ありがとう。・・・・・・私・・・・・・フィン」


なぜフィンがここにいるのか。

私は目の前に立っている彼が幻ではないかと、私は本当は死んでしまっているのじゃないかと思い、何度も彼の名前を呼んでしまう。


フィンが私の手を取り立ち上がらせてくれる。


「セシル、もう大丈夫だから」


そしてフィンが私の頭を軽く触ったその瞬間、彼が実感できた瞬間、私は大泣きしてしまった。

ここが戦場で、今は戦闘中なことも忘れて、周りのことも気にせずに泣いてしまった。



とりあえず周囲の魔物をすべて排除した僕たちは、第五中隊の小隊長二人から詳しい話を聞いた。

当然、兵もつれておらず何も持たない彼らをほっておくわけには行かない。

今後の方針はすぐに決まり、第五中隊の本隊と合流して一緒に帝都に帰還することにした。

その日は見晴らしの良い丘に移動して野営を行い、翌日から第五中隊の本隊を探すことにする。


次の日、セシルたちが本隊とはぐれた方面へ3時間程移動していると、前方に狼煙が上がった。

はぐれた小隊を捜索に来た第五中隊の本隊だろう。

こちらも、狼煙を上げて応答し、無事に合流できた。

僕たちが出てきたので第五中隊長はビックリしていたが、事の経緯を説明し、一緒に帝都まで帰還することを提案すると快諾してくれた。


他の中隊と行動するのは初めてで色々と新鮮だった。

僕たち第二中隊はこの戦いから小隊単位でなく、種別、勇者だけ、賢者だけというような部隊分けで戦うテストをしていたので、第五中隊と模擬戦をしたときに彼らはビックリしていた。

敵の規模にもよるが、この戦い方のが効率が良いことを説明すると、今度第五中隊でも取り入れてみると言っていた。



帝都まであと一日で到着する所まで戻ってきた夕方、僕は士官用食堂棟での夕食を終えて外に出る。

晩秋の日暮れは早く、辺りは暗くなりかけている。


「セシルー!」


20メートル程離れた場所にある、第五中隊の士官用食堂棟の前を歩いているセシルを見つけたので手を振って声を掛ける。

一緒に帰還しているこの10日間、僕は毎日セシルと会っていた。

僕が食堂棟から出ると、毎日必ずセシルも食堂棟の前を歩いているので、迷惑かなと思いつつも、つい声を掛けてしまう。

まさか、毎日僕を待っているなんてことは無いと思うけど、そんな偶然が続いていた。



「フィン・・・・・こんばんは」


私は毎日フィンと会っていた。

いつも早めに夕食を終えると、しばらく食堂棟の周りをウロウロする。

同じ中隊の人たちからはニヤニヤした顔で見られ、第二中隊の食堂棟から出てくる人には不審な目で見られたりするので恥ずかしい。


フィンとお話ししたい。

だけど、自分から近づかないルールを守るために考えた作戦。

でも、これでは自分から声を掛けているのも同じだろう。

彼に近づきたい気持ちと、離れなければと決めた覚悟。

そんなジレンマに悩んだ結果出した答えが、こんな中途半端な行動になってしまっていた。



「今日は少し寒いね」

「うん・・・・・・少し」


そう言って僕たちは二人で歩き出す。

見渡す限りの草原の真ん中を10分程歩いたところで腰を下ろすと、一人分離れた場所にセシルも腰を下ろす。

少し夜風が冷たいけど、その分空気が澄んで地平線まで続く星空が広がっていた。


何か特別な事を話すわけでもない。

普段と同じ他愛のない話。


ジャックのバカ話。セシルの友達の事。子供の頃に遊んだ話。

そして子供の頃の思い出を話している最中に、どうしてもエレナとヨルマの事が出てきてしまうが、今はあまり何とも思えなくなっている。

子供の頃からの全ての想いも愛情も二ヶ月という時間、そして中隊の皆やセシルが確実に風化させてくれている。


「ハハッ・・・・・・」


そんな薄情な自分が可笑しくて、つい声に出して笑ってしまった。

セシルがキョトンとした顔で僕を見ている。

そんなセシルの顔を見て、突然思った。


この二人だけでいる時間がずっと続けば、と。


そんなことを考えてる時点で、僕はセシルに惹かれ始めているのかもしれない。



フィンと二人でいる時間はいつもあっという間に過ぎてしまう。

彼の子供の頃の話や、私の友達の話。


突然フィンが笑ったので、フィンの顔を覗き込む。

少し笑顔を浮かべて私を見つめるフィンと目が合うと胸が苦しくなってくる。


明日は帝都についてしまう。

帝都に戻ってからもこんな風に二人で話すことがあるかもしれないけど、世界に二人だけしかいないように感じるこの空間で一緒にいたことは、私にとってこの先も特別な思い出として残る気がする。


(この旅が永遠に終わらなければいいのに・・・・・・)


フィンと一緒に居られる時間にもいつか終わりが来ると分かっていても。


地平線まで広がる星空を見上げながら、欲張りな私はそう思わずにはいられない。

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