第18話 休暇② 満ち足りた時間

僕とセシルは夕方に改めて待ち合わせをしてから、5階層のお店に向かう。

改めて二人で人目に付く街中を歩いているとデートをしているようで、意識すればするほど緊張してしまって喋れなくなってしまう。

横を歩くセシルも殆ど喋らず、まあ、彼女は普段からそうなのだけれど、それでもセシルも緊張しているのが伝わってきて、ますます緊張しつつも何とかお店に着いた。


「いらっしゃいませー」


若いウェイトレスのお姉さんが、店の扉を開けた僕らに気づいて元気に声を掛けてくる。

夕食の時間にはまだ少し早かったお陰か、いつも混んでいる店内は比較的空いていて、僕たちは窓側の席に案内される。

いつも混んでいる、とは言っても、僕も前回の休暇の時にジャック達小隊の皆に連れられて数回しか来たことはないんだけど、それでも毎回混雑していたから、早めに来て正解だったみたいだ。

席に着き、先に飲み物を注文しようとセシルに確認する。


「セシルはお酒飲める?」

「ううん、実はまだ飲んだことなくて」

「へー。実は僕も前の休暇の時に初めて飲んだんだ。半分無理やりだったけど」

「そうなんだ。どう?美味しかった?」

「うーん、泡酒を飲んだんだけど、最初は苦くてダメだった。けど、飲んでいるうちに何かふわふわした感じになって気持ちよくなる。みたいな感じだったよ」

「じゃあ、私も挑戦してみようかな・・・・・・」

「それじゃあ駆逐戦の帰還祝いってことで、少しだけ飲んでみる?」

「うん!挑戦してみたい」


店員さんを呼んで泡酒2つと鶏料理数品を注文すると、すぐに運ばれてきた泡酒で、改めて無事に帰還できた事を祝う。


「「かんぱーい!!」」


セシルは泡酒に恐る恐る口を付けた後、眉間に皺をよせる。


「ちょっと苦いね」

「はは、無理だったら他の飲み物にする?」

「ううん、大丈夫!」


初めは舐めるようにチビチビ飲んでいたセシルは、料理が来る頃にはゴクゴク飲みはじめ、あっという間にジョッキを空にしてしまった。


「もう一杯だけ飲んでみようかな?」

彼女の、初めてのお酒を心配していた僕は別の意味で心配になってきた。


最近、セシルは良く笑うようになった。

お酒でほんのりと赤くなったセシルがジョッキを両手で持ながら、小首をかしげ「ふにゃっ」と笑うのを見ていると、お酒のせいではなくドキドキしてしまい、それだけで僕は幸せな気分になる。

今まで見ていた、少し寂しそうに笑うセシルより、今見せている屈託のない笑顔のセシルはとてもかわいい。

そんなセシルの笑顔と美味しい料理とお酒で楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


結局セシルは泡酒をジョッキ6杯も飲んだにも関わらずケロッとしていて、3杯しか飲めなかった僕のほうがふらふらになってしまった。

そして、休暇中は夕食も毎日一緒に食べる事と、また外食に行くことを約束する事ができた。



翌日は午前中に母さんに会いに行き、元気な母さんの顔を見れた。

僕は候補生になってから毎月の給料の殆どを母さんに送っているため、母さんの生活も大分楽になり、週に二日は休みを取れていると言っていたのでこちらも一安心だ。


その翌日の午前中、第三小隊のカミラちゃんとすれ違った時に彼女に声を掛けられた。


「フィン、お早うございます」

「あぁ、カミラちゃん、お早う!」

「あの.....そういえば.....今日の夜、第三小隊で帰還祝いとして外に食事に行くんですけど、お時間があれば一緒に行きませんか?」


戦闘ではいつもカミラちゃんや第三小隊の皆には助けてもらっているから、お礼も兼ねて参加したいけど、セシルとの約束がある。


「誘ってくれて嬉しいけど、夜はセシルと約束があって―――」

「チッ!」

「えっ?」

何か舌打ちのようなものが聞こえたけど気のせいかな?


「じゃあ、明日以降で大丈夫な日ってありますか?」

「でも、第三小隊の帰還祝いは今日なんでしょ?さすがに部外者の僕の都合に合わせちゃったら申し訳ないよ。それにセシルとは休暇中は毎日一緒に夕食を取る約束をしてるから・・・・・・」

「え、えっと、立ち入った事をお尋ねしますが、フィンはセシル・・・・・・さんとは、どういった関係で?」

「う、うん。友達・・・・・・だよ。友達と毎日一緒に居るのはおかしいかな?」

「友達なんですね。分かりました。じゃあ、セシルさんも一緒に三人・・・・・・ゴホン!セシルさんも一緒に皆で行きませんか。」

「それだったら。一応セシルにも確認するけど大丈夫だと思う。どうせならうちの小隊も一緒に良いかな。とはいってもニナもマルコも家に帰って居ないから、ジャックだけになっちゃうけど」

「ロバ―――ジャックさんもですね。分かりました。じゃあ、時間はまた後で連絡します」

「うん、分かった。僕もセシルとジャックに伝えておくよ」


何度もお辞儀をしながら去っていくカミラちゃんを見送ったあと、ジャックのところへ行き話を伝える。


「まじか!あんなかわいい子達と飲みに行けるなんて。フィン!やっぱりお前は最高だな!」


ジャックはたまたま今夜の予定がなく、僕を誘って飲みに行こうとしていたみたいで、二つ返事でOKしてくれた。

セシルには昼食の時伝えたら、魔法のことでカミラちゃんと話をしてみたかったらしく、快諾してくれた。



「ハハッ・・・・・・」

何でこうなったのだろう。

僕は前回セシルと来た5階層のお店で席についていた。

そして正面にはジャックが一人で座っていて、僕の右隣りにはセシル、左隣にはカミラちゃんが座っている。


初めに席に着いたセシルの隣に僕が座ったのがいけなかったのだろう。

何となく奥から詰めて座っただけなのだけれど、その後何故かカミラちゃんが僕の隣に座ってきて、最後に席に着いたジャックが悲しそうな顔で一人で正面に座っていて、目で何かを訴えかけてきている。


「ゴメン、これじゃ変だね」

僕はジャックの隣に移動しようとしたが、「全然変じゃないですよ。座りたいところに座るのが一番です」と、そう言ってカミラちゃんが動かないので移動できない。

二人掛けの席に三人で座っているので、カミラちゃんが僕に密着していて困ってしまう。

なにより、真っ赤になっているセシルとも密着してしまっているので、緊張して食事どころではないだろう。


そもそも、初めから何かがおかしかった。

カミラちゃんに言われた時間に待ち合わせ場所に行ったら、第三小隊はカミラちゃん以外は来ていなかった。

「私以外は、その、急用ができてしまって・・・・・・」

もし、セシルと約束してなくて、ジャックもたまたま空いていなかったら、僕とカミラちゃんだけで第三小隊の帰還祝いをすることになっていただろう。

結果、第三小隊とはあまり関係のないただの飲み会となってしまっていた。


「やっぱり狭いし、そっちに移動するよ」


行儀が悪いと思いながらも、テーブルの下からジャックの隣に移動し、改めて席につく。


「クソッ!」


何か聞こえたが気のせいだろう。


「・・・・・・フィン、やっぱりお前は最低だな」


そんなことを呟くジャックを宥め、何とか気を取り直して謎の飲み会は始まった。

飲み始めて暫くするとジャックもいつもの調子に戻り、賑やかな時間が過ぎていく。


「カミラさん、脳内詠唱と口頭詠唱を同時に行うコツはあるの?」

「えーっとですねー。なんていうか、頭の中では好きって思ってても、口では嫌いって言ってるような感じ。ですかねー」


僕には全く分からないけど、何故か感心したようにコクコクと何度も頷くセシルはもう8杯目のジョッキを空けている。見た目は変わらないが、かなり酔っぱらっているみたいだ。

ジャックはすでに呂律が回らなくなってきていて、カミラちゃんもセシル程ではないが、すごいペースでジョッキを空にしていた。


セシルと二人きりも良いけど、たまにはこうして皆で騒ぐのも悪くない。


酔っぱらったカミラちゃんはジャックの事を何故か”ロバ”と呼び始め、ジャックもロバと呼ばれる度に席を立ちあがって直立不動で敬礼をしている。


そしていつの間にかジャックと席を変え、僕の隣に座ったカミラちゃんが必要以上に密着してきて、困った顔をする僕に、正面からニコニコした顔でジィーっと見つめてくるセシルが、テーブルの下で僕の足を軽く蹴って来たりする。

皆を無事に宿舎まで送り届けるために正気を保とうとする僕だけを残して夜は更けていった。



それからも、午前中は訓練をして、午後からはセシルと一緒に外でお昼を食べたり、一緒に買い物をするために出かけたりして、充実した休暇を過ごした。


そして、僕たちの休暇の最終日、いつものようにセシルと一緒に夕飯を食べようと外出した時に、今まで気になっていても聞けなかったセシルの過去に触れることになってしまった。


それは、僕にとって今後の事を初めて真剣に考えるきっかけとなった、嫌な出来事だった。

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