第19話 ライナス・バークリー

僕とセシルの休暇最終日、いつものようにセシルと二人で夕食を取るために僕らは騎士団本部の正門を出た。

もうすぐ冬が来ようかという季節の風は冷たく、わずかな温かさで僕らを照らしてくれていた太陽も地平線の向こうに沈もうとしていた。


騎士団本部のある3階層は男爵といった下級貴族や一部の豪商が住む階層となっていて、歩く人も殆ど見かけないし、飲食店もあまりない。

僅かにある店も僕らではとても入れないような高級店ばかりで、ただ通過するだけの町だ。

二人だけで街中を歩いていても、初めの頃のように緊張しなくなっていた僕らは、自然に話をしながら騎士団本部の一番近くの4階層に降りる階段に向かっていた。


もうすぐ4階層に降りる階段が見えてくるという時、向こう側から走ってきた馬車が僕たちの横まで来たときに急に止まった。

彫刻が施され、ぴかぴかに磨かれた車体にはどこかの家の紋章が刻まれている。

多分この階層に住むどこかの貴族の馬車だろう。


その馬車をチラッと見て横を通り過ぎようとした時、セシルの足が一瞬止まった。

その時、馬車のドアが勢いよく開き一人の男が降りてくると、セシルは急に下を向き、足早に歩き出した。


「セシル!セシルじゃないか!」


その男、年齢は僕らよりも少し上、二十歳位で、腰までありそうな髪の毛を後ろで束ね、貴族らしい高級な衣装を身に纏った中肉中背の男が、足早に通り過ぎようとするセシルの背後から声を掛けた。

その男の呼びかけに、足を止めたセシルはゆっくりとその男に振り向き、深々とお辞儀をしたあと、少し青ざめて無表情となった顔を上げた。


「ご無沙汰しております。ライナス様」


一体どういう事なのか分からない僕はそのやり取りを見ているしかない。


「セシル!元気そうで何よりだ!君が騎士団に入ってしまってから僕は何回も君に手紙を書いたんだが、返信が無いから心配していたんだよ」

「申し訳ありません」

「まあいい、色々僕と話したいこともあるだろう。これから一緒に屋敷に戻って久しぶりに一緒に食事でもしようじゃないか」

「申し訳ありませんが、私はこれから友人と約束がありますので」

「ん?友人?」


そして、その男、セシルがライナスと呼んだ男は、初めて僕の存在に気が付いたようにこちらに目を向ける。


「初めまして。特別戦闘騎士団のフィン・エルスハイマーと申します」


事情が分からないなりにも、冷静を装って挨拶をする。


「あぁ......特別戦闘騎士団の人間か。バークリー男爵家の当主、ライナス・バークリーだ」


特別戦闘騎士団と言ったことで平民だと見下したのか、ライナスと名乗るその男は尊大な態度で挨拶を返してきた。


「てっきり従者か護衛かと思ったが、こんな平民がセシルの友人とはな」

「お言葉ですが、私も平民でございます」

「ま、まぁ、今はそうだが......それより早く馬車に乗りたまえ」

「ですから、私は―――」


「申し訳ありません。バークリー男爵様。本日は私が彼女と先に約束をしておりますので」


僕は二人の会話に割って入り、ライナスという男に一礼すると、セシルの元へ歩き出す。

詳しい事情は分からないが、セシルの態度を見ているとさっさとこの場を離れた方がよさそうだ。


その場を離れようと歩き出した僕たちの背後から、ライナスという男が声を掛けてくる。


「フィン、とか言ったか。怪物を倒すまで僕のセシルに傷一つ付けないようにしっかり頑張ってくれたまえ」


そして最後にひときわ大きな声で僕たちに告げる。

「邪竜とか言う怪物が倒れたら・・・・・・彼女は僕の妻になるのだからな!」


ライナスと言う男爵が最後に言い放った言葉を何度も思い出しながら、僕はセシルの口から冗談だよという言葉を期待して黙って歩き続けたけど、横を歩くセシルは真剣な顔で俯いたまま何も言わなかった。



これは自分との約束を破った私への罰なのだろう。

ライナスに会わないように騎士団に入ってからは外出しないようにしていたのに、よりにもよってフィンと一緒の時に見つかってしまうなんて。


ライナスから最後に投げかけられた言葉に私は何も反論できなかった。


私はフィンに話しかけることが出来ず、フィンも何も話しかけてこないまま、結局いつものお店まで黙って歩き続けた。

席に着き、向かい側に座ったフィンの顔を恐る恐る見ると、彼はどこか寂しそうな顔をしてぼんやりと窓の外を見ている。


フィンと毎日一緒に居て、浮かれて、調子に乗って、ルールを破ったバカな私がまたフィンを傷つけてしまったのだろう。

ライナスの言ったことは全て事実だけれど、今までフィンに言わなかったのは、邪竜を倒した後はフィンの前から消えようと決めていたから。

消えた人間のその後の事までフィンが知る必要がないと思っていたから。


もし、フィンとエレナがあんな事にならなければ、フィンがライナスと私の事を聞いても何とも思わなかっただろうし、私がフィンの前から消えてもフィンには何の関係もないはずだった。


でも、私がフィンに近づきすぎたせいで、私が消えたらフィンは悲しんでしまうかもしれない。

フィンの為にできることは何でもすると決めた私が、今、目の前で悲しそうな顔を見せているフィンにできることは何だろうか。


分からない。けど、黙っていたことはフィンにちゃんと謝ろう。

そして、私がどういう人間で、どうして騎士団に入ったか、そして、私の中では答えが出ているライナスとの事を正直に話そう。

過去のフィンに関連する事については、彼が混乱するといけないので私の一存では話せないけど、それ以外の事を正直に話すことが、今の私が出来る精一杯だ。


注文した料理が来たが、フィンも私も手を付けない。


「フィン・・・・・・ごめんなさい。さっきの、ライナスの言ったことは・・・・・・事実です」

「そう、なんだ・・・・・・」


私が意を決してそう口を開くと、フィンは寂しそうな顔を強張らせて見つめてくる。


「大した話ではないのだけれど・・・・・・私の事、ライナスとのことを聞いて貰えますか?」

「・・・・・・僕に聞く権利があるのかは分からないけれど、でも、セシルが話せるのであれば聞かせて欲しい」


そして、私のありふれた、フィンに関係する部分以外は、人が聞いても面白くないこれまでの人生をフィンに語るべく記憶の糸を手繰り寄せていった。


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