第24話 一人になった日
女性士官宿舎を出て食堂棟に向かおうとしていた私は、食堂棟が見えた辺りで足を止めた。
(そういえばさっきお昼の鐘が鳴っていたっけ・・・・・・)
タイミング悪くお昼時となった食堂棟には多くの人が来ていた。
人に会いたくない私は方向を変えると、食堂棟が空くまでの時間を潰すために人気のない講義棟の横にあるベンチに座った。
「エレナには友達がいっぱいいて良いな。」
候補生だった頃、誰かに言われた言葉を思い出すが、気が付けば私の周りには一人の友達もいなくなっていた。
私とヨルマのことは騎士団のほぼ全員が知っているのだろう。
周りからの好奇の視線や私をみてヒソヒソと話す人たち。
以前は気にもならなかった人の視線が急に怖くなっていた。
私たち第一中隊が駆逐戦から帰って休暇となり今日で五日目。
食事以外は部屋に籠り、なぜこんなことになってしまったのだろうとずっと考えていた。
答えは初めから分かっていたのに・・・・・・
♢
二か月前、迎撃戦から帰ってきてからも、毎日ヨルマと一緒に過ごしていた。
ただただフィンに会うのが怖くて、私はいつの間にかフィンが帰ってきたらどう逃げるかばかり考えて、朝も、昼も、夜も、毎日ヨルマの部屋に逃げ込んでいた。
あの日、全てが終わったあの日、ヨルマに焦らされ、意識が朦朧とする私の耳元でヨルマはこう囁いた。
「俺とフィン、どっちを愛してるか言ってみろ」
それはヨルマが今まで一度も口にしなかった問いかけ。
私も今までそれだけは言えなかった言葉。
もう遅いと分かっていた、戻れないと何処かで気づいていても言わなかった言葉。
私はフィンから逃げるように、ヨルマの影に隠れるように、とうとうその言葉―――
ヨルマへの愛を口にしてしまっていた。
目隠しを外され、髪の毛を掴まれ、今にも意識をなくしそうな私が顔を上げさせられた先に見た光景。
ずっと逢いくて、ずっと逢えなかったフィンと目があった瞬間。
意識を手放す瞬間に感じたのは、二か月間近くの恐怖から解放された安堵感だった。
♢
その後もフィンに会わないよう、話しかけられないようにヨルマに縋って纏わりついて逃げていた。
作戦会議の日も斜め前に座っているフィンを見ないよう、ヨルマの顔を見ていながら、フィンの視線だけが怖くてずっと震えていた。
その夜、ヨルマは作戦会議の後でフィンと話した内容を私に聞かせてきた。
「えっ?」
ヨルマがにやけつつ話始めたその内容を聞いてすぐに言葉が出てこなかった。
私とヨルマが一緒に暮らし始めてからこういう関係だった?
私がフィンと付き合ったのもヨルマの指示だった?
フィンを侮辱することを私が言ったことになっている?
「そんな嘘を・・・・・・なんで?」
「作戦会議で平然としている奴を見たら、お前を抱いている所を見せた時の奴の顔、あの絶望した顔がもう一度見たくなってな」
「・・・・・・」
「真っ青な顔して拳をブルブルと握り締めてたのは最高だったぜ!」
「・・・・・・」
「あのまま殴り掛かってくればもっと面白い事になってたのに、まあ、奴のお前への想いなんてその程度だったってことだな」
「な・・・・・・」
そんな嘘をフィンは信じただろうか?
全部自分で選んで、自分が招いた結果なのも、今更フィンに言い訳をしてもどうしようもない事も分かっている。
フィンをそんな目にあわせたのも私。
フィンとの思い出さえ汚され、無くした私は、あの日以来初めてヨルマへの憎しみを感じた。それでも、私にはもうヨルマしか残っていなかった。
でも・・・・・・何でヨルマはフィンに対してそこまでするのだろうか?
私への愛情だけではない、何か別の理由があるような気がした。
♢
それからの私は、さらにヨルマに依存していった。
駆逐戦に出撃してからもずっとヨルマと一緒に居て、自分の宿所なんて殆ど使わなかった。
しかし、そんな私とは反対に、少しずつヨルマは私から離れていった。
会っても抱いてくれない日が増え、理由をつけて会おうともしない日が週の大半を占めるようになっていくまでさほど時間は掛からなかった。
ヨルマが私へ愛の言葉を囁かなくなったのはいつからだろう。
それでも私はヨルマから離れられなかった。
ヨルマを失ったら私には何も残らない。ただただそれだけが怖かった。
そんなある日、ヨルマは久しぶりに「二十時に俺の宿所に来い」と言ってきた。
言われた通り、二十時きっかりにヨルマの寝室に入るとイスに座るヨルマが目に入る。
そして何故かヨルマと一緒に聖戦士の男がいた。
いつもビクビクしていて、戦闘でもただひたすら魔物に攻撃されるのを耐えているだけの小太りな男、イバンがオドオドした様子でベッドに腰掛けていた。
「・・・・・・何?これ」
「イバンがよ、女を抱いたことないっていうからよ」
それだけでヨルマの言いたいことが全て分かった私は、それでも聞いてしまう。
「どういう事?だから何なの?」
「だから、お前を抱かせてやろうと思ってな」
「・・・・・・」
そんなセリフを口に出したヨルマの顔は酷く歪んでいた。
咄嗟に寝室を出ようと、踵を返す私はヨルマと目が合う。
この期に及んでも縋るように目を合わせてしまった。
そしてその瞬間、あの時のように足が止まってしまう。
(いつもだ!いつも私はこうだ!)
こんな男に惹かれ、こんな男にさえも捨てられたくないと思ってしまう私は。
イバンの前に行き、ドンッ、っと肩を押してイバンをベッドに倒す。
驚き、怯えているイバンの太った体に跨ると、私は服を脱ぐ。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、イスに座ったまま最後まで私達の様子を眺めていたヨルマが呟く。
「もうお前はいらないな・・・・・・」
全てを失った瞬間。この時、私は何を考えていたのか、私自身にも分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます