第25話 軋む歯車

ベンチに座ってどの位経ったんだろう。

ここから見える食堂棟は今も人の出入りが多くて、腰を上げられないでいた。


今、食堂棟の方からこっちに向かって歩いてくる女の子二人。

あの二人は同じ聖者候補で、候補生の時によく一緒にお喋りした子達だ。

楽しそうに話をしていたけど、私の姿が目に入ったのだろう。

急に話を止めて、不自然に方向転換をして視界から去っていった。


(ここに居ても辛いだけだ。一旦部屋に戻ろう・・・・・・)


そう考えて立ち上がろうとしたその時、私の目に一人の女の子が映った。

食堂棟の横の大きな木の下に、セミロングの銀髪を靡かせて佇む子。


(セシル・・・・・・)


ヨルマの友達でいつも私達、ヨルマと一緒に居た子。


同じ女だから私は気づいていた。

彼女はいつもヨルマと一緒にいたけど、よくフィンの事を目で追っていたのを見て、本当はフィンの事が好きなんだと感じていた。

でもあの時の私はフィンの恋人だったし、少し優越感を感じただけでそんなことは口に出さなかった。


そんなことを思い出していたその時、セシルに向かって走り寄る人影。

セシルと同じ綺麗な銀髪の、その人は―――


「ッ・・・・・・」


その瞬間、私の中で何かが軋み始めた。

遠目に見えるその人はセシルに笑いかけ、セシルは少しはにかんだようにその人を見つめている。


「フィン・・・・・・」


いつの間にかベンチから立ち上がってフィンに声を掛けようとしている自分がいる。

当然声など掛けられるはずもなく、二人から目を離せずに立ち尽くす。


久しぶりに見たフィンの笑顔、私だけに向けられていた笑顔が他の娘に向けられている。


その笑顔は私だけのものだったのに!

(仕方ない。すべては自分のせいだもの・・・・・・)


何でフィンの隣にあの娘がいるのっ?そこは私だけの場所なのに!

(私が自分から離れていっただけ・・・・・・)


私の心の歯車がギシギシと鈍い音を立て始める。


あの場所は!あの木の下はフィンが私にプロポーズしてくれた場所なのに!

(そんなフィンを裏切ったのは私だ・・・・・・)


騎士団本部の正門に向かって並んで歩き始めた二人を見ながら、今の私と昔の私がせめぎ合う。


「何で・・・・・・」

(それは一番大切なものフィンの事だけを選べなかった私への罰)


「許せない・・・・・・」

(許せないのは逃げてしまった自分の心)


「フィンは私の・・・・・・婚約者なのに・・・・・・」


そう呟いた昔の自分に、私の心は鈍い音を立てて止まってしまった。



特別戦闘騎士団の団長でもある俺は、朝から書類の山を片付けていた。

もう昼を過ぎてから一時間位経っただろうか。

当番兵に昼食の用意をさせようか、などと考えつつ何気なく窓の外を見た。


100メートル程離れた食堂棟の横の木の下、銀髪の女が立っている。


「セシル・・・・・・」


そしてセシルに駆け寄る銀髪の男を見て、思わず握りこぶしに力が入る。


(まただ、また子供の頃と同じ光景だ)


本部の正門に向かって歩く二人の後ろ姿は、子供の頃に何度も何度も見せつけられた光景だ。


お前ら二人が手を繋いで歩く後ろ姿。

お前ら二人が寄り添って本を読む姿。

お前ら二人が並んで食事をする姿。


幾十、幾百の光景がフラッシュバックする。


そうだ、本当はあの頃から分かっていたんだ。

何をしても、どう足掻いても、セシルが俺のものにはならないことは。

だからあの夜、お前の全てを奪い、壊してやると決めた。

セシルの事より、お前の全てを奪うことを。


「・・・・・・いや、違うな」


今更ながら自分の本当の心の声が聞こえた。

本当は、セシルが連れ去られたあの日、時から決めていたんだ。


ただ認めたくないだけで、後悔した振りを自分に押し付けていただけだ。

俺はお前フィンを突き落としたあの日からお前フィンの全てを奪うと決めていたことを。



二人の姿が正門の向こうに姿を消した後、今更本当の自分に向き合えた事を笑っていると、部屋のドアが静かに開き、エレナが入ってきた。


俺の前まできたエレナは抑揚のない声で呟くように言う。


「ヨルマ、私、次の作戦はフィンの小隊に入るわ・・・・・・フィンは婚約者だし、私が同じ小隊にいないとダメだから・・・・・・」


イバンに抱かせたあの夜から一度も俺の所に呼んでいないエレナが、いきなり来て突拍子もない事を言い出した事に驚いた。


「特別騎士団長なんだからそのくらいできるよね」


淡々とそう話すエレナの目の焦点は定まっておらず、俺の方を向いてはいるが何を見ているのか分からない。


「そうか・・・・・・くっくっくっ」


大して恨みもないこの女に、フィンへの復讐心でここまでしてしまったことに、幼馴染として多少の申し訳なさと笑いが浮かんでくる。


「ああ、分かった。休暇明けの作戦会議でそう言ってやるよ」


俺は壊れたおもちゃの使い道が出来た事に喜ぶ。


どうせこいつは今までの戦いでも大して役に立っていない。

邪竜と戦うときに人数合わせにその場に立って居ればそれで良いだろう。


(こいつを奴のもとに送りつけてやろう)


あとは捨てるなり、壊すなり、フィンの好きにしろ。

そうして何も言わず、静かに部屋を出ていくエレナの背中に声を掛けた。


「どうなるかは俺にも分からんが、幸せにな」



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